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ノア王の心裏
氷解 1
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「……このように、たんに通行料を取るだけでなく、交易商たちにさまざまな情報も提供しています。内容は、各地の領主の動静から奸商の名まで、多種多様なものですが……それを手持ちの情報と組み合わせて活かすのも、商人の腕の見せ所というもの」
「なるほど。ランバンデッドを通る価値はある、と商人たちには知れ渡っていような」
「もちろん街道の整備なども行いますし、いずれはランバンデッドじたいが新たな市場ともなれるでしょう」
交易都市ランバンデッドのほぼ中央に建つ取引所で、ベアトリスは自ら、その成り立ちや特色をノアに説明していた。
利用に際して500クローナが必要な取引所内には、巨大な情報掲示板が設けられている。これには出所不明の雑多なうわさではなく、ローセンダール家が責任を持って集めた確度の高い情報が掲示されている。随所に工夫を取り入れたランバンデッドの各施設はいわばベアトリスの自信作であり、その新進性と利便性の高さに、ノアに付き従ってきた者たちも興味深げに耳を傾けていた。
ベアトリスたちは混乱を避けるため職員用の通用口から入り、幹から枝へ伝うように取引所内を見て回っていた。途中、ベアトリスの姿を認めた職員があわてて立ち上がって敬礼し、それをベアトリスが制する光景がしばしば見られた。
「現場で働く者たちの多くが、あなたの顔を知っているな。これも熱心さの証左だろう」
このノアの言葉はベアトリスにとって面映ゆくはありつつも、確かな事実を指摘しているものだった。
ひとしきり施設内の案内を終え、ベアトリスたちは玄関ロビーに戻ってきていた。
「正門から出ましょう。またひとつ、お見せしたいものがありますわ」
アリサとルーデルスが両開きの扉を開け、入り込んでくる外気や光と入れ替わるようにベアトリスたちは屋外に出た。
取引所前の広場に広がる光景に、ノアとその従者たちは思わず声を上げた。古代英雄譚に登場する織物や冶金の女神アティーネの見事な銅像が、右手に掲げた剣で天を差し、その足もとの台座からは澄んだ水が湧き出している。噴水だ。こんこんと溢れ出る水が、浅浮き彫りの唐草模様をあしらった台座を伝い落ちる霊妙な情景には、ノアのみならず付き従ってきたブリクストも興味を惹かれているようだ。女神アティーネの銅像は、その面差しがどことなくベアトリスに似ている。
「話には聞いたことがあったが……これを作る技術を持った建築家が、ノルドグレーンには存在するのか」
「ノルドグレーンに……と言ってしまうと、すこし語弊がありますわ」
「というと?」
「フロベールという名の高名な建築家が、大陸から渡ってきたのです。彼はノルドグレーン西岸の港町フィスカルボで仕事をしていました」
「なるほど。その者のもたらした技術による、というわけか」
「ええ。ランバンデッドの主な都市計画は彼に一任しています」
フロベールはもともと、その名を聞きつけたフィスカルボの領主に招かれて仕事をしていた人物だった。ただし、ほんらい彼の知見は建物のデザインのみに留まるものではなく、人が暮らす都市全体を包括するものであるという。フロベールに興味を持ったベアトリスは、フィスカルボでの邸宅建築が一段落したところに声をかけ、ランバンデッドに招いたのだった。
噴水はあくまで、町の各所に水源を確保するという社会基盤の整備に付随して作られたものだ。だがフロベールに言わせると、別の目的も兼ねているという。共同体をデザインする上で、たとえば人と人とが待ち合わせをする際の目印となる場所は必要であり、そのシンボルとしてベアトリスにも一役買ってもらう――噴水の図案を作る際、フロベールはそう力説していた。
「なるほど。ランバンデッドを通る価値はある、と商人たちには知れ渡っていような」
「もちろん街道の整備なども行いますし、いずれはランバンデッドじたいが新たな市場ともなれるでしょう」
交易都市ランバンデッドのほぼ中央に建つ取引所で、ベアトリスは自ら、その成り立ちや特色をノアに説明していた。
利用に際して500クローナが必要な取引所内には、巨大な情報掲示板が設けられている。これには出所不明の雑多なうわさではなく、ローセンダール家が責任を持って集めた確度の高い情報が掲示されている。随所に工夫を取り入れたランバンデッドの各施設はいわばベアトリスの自信作であり、その新進性と利便性の高さに、ノアに付き従ってきた者たちも興味深げに耳を傾けていた。
ベアトリスたちは混乱を避けるため職員用の通用口から入り、幹から枝へ伝うように取引所内を見て回っていた。途中、ベアトリスの姿を認めた職員があわてて立ち上がって敬礼し、それをベアトリスが制する光景がしばしば見られた。
「現場で働く者たちの多くが、あなたの顔を知っているな。これも熱心さの証左だろう」
このノアの言葉はベアトリスにとって面映ゆくはありつつも、確かな事実を指摘しているものだった。
ひとしきり施設内の案内を終え、ベアトリスたちは玄関ロビーに戻ってきていた。
「正門から出ましょう。またひとつ、お見せしたいものがありますわ」
アリサとルーデルスが両開きの扉を開け、入り込んでくる外気や光と入れ替わるようにベアトリスたちは屋外に出た。
取引所前の広場に広がる光景に、ノアとその従者たちは思わず声を上げた。古代英雄譚に登場する織物や冶金の女神アティーネの見事な銅像が、右手に掲げた剣で天を差し、その足もとの台座からは澄んだ水が湧き出している。噴水だ。こんこんと溢れ出る水が、浅浮き彫りの唐草模様をあしらった台座を伝い落ちる霊妙な情景には、ノアのみならず付き従ってきたブリクストも興味を惹かれているようだ。女神アティーネの銅像は、その面差しがどことなくベアトリスに似ている。
「話には聞いたことがあったが……これを作る技術を持った建築家が、ノルドグレーンには存在するのか」
「ノルドグレーンに……と言ってしまうと、すこし語弊がありますわ」
「というと?」
「フロベールという名の高名な建築家が、大陸から渡ってきたのです。彼はノルドグレーン西岸の港町フィスカルボで仕事をしていました」
「なるほど。その者のもたらした技術による、というわけか」
「ええ。ランバンデッドの主な都市計画は彼に一任しています」
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噴水はあくまで、町の各所に水源を確保するという社会基盤の整備に付随して作られたものだ。だがフロベールに言わせると、別の目的も兼ねているという。共同体をデザインする上で、たとえば人と人とが待ち合わせをする際の目印となる場所は必要であり、そのシンボルとしてベアトリスにも一役買ってもらう――噴水の図案を作る際、フロベールはそう力説していた。
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