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ノルドグレーン分断
心の枷 9
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「なんと、領主様でありましたか!」
守衛はようやくタペストリーの家紋に気づき、あわててひざまずいた。たが、なんだか様子がおかしい。二人のうち背が高く比較的若い守衛はともかく、顔の下半分が髭に覆われた守衛は、どうにも足取りがおぼつかない。あきらかに酩酊状態だ。
「……口やかましい苦言は申さんが、警備に支障をきたさんようにな」
「も、申し訳ございません!」
「じつは今日は、村の公会堂の落成式でございまして……」
「昼間から飲めや歌えの大騒ぎでございます」
「それで酔っているのか……なんとも平和なものだな」
「……公会堂? そんな話があったかしら?」
ルーデルスが馬車の扉を開け、怪訝な顔のベアトリスが姿を現した。
「は! かねてより建設を進めていたのですが……ちょうど、以前お越しになられた頃などは、予算不足で作業が滞っていたのです」
「それが、先頃から鉱山の方々との取引によって村に金が落ちるようになりまして。晴れて完成に漕ぎつけられましたわけです」
「なるほど、それは言祝ぐべきことね。……知っていれば、なにか祝いの品くらい持ってきたのだけれど」
「いやいや、恐れ多いことです!」
「お心遣いだけでも、過分な光栄にございます」
どうやらこの二人は、昼間は落成式の祝宴に参加して思う存分酒を飲み、その後に夜番の守衛としてここに立ったのだろう。領主であるベアトリスにそんな体たらくを見せた負い目もあってか、機械仕掛けの人形のようにしきりに頭を下げている。
「と、ともあれ、まずは村長たちのいる公会堂までご案内いたします」
「いえ、結構よ。私が顔を出しては、せっかくの酒宴が堅苦しくなるでしょう」
気を使って辞退したように見せたベアトリスだったが、実のところは村の男達と酒を飲んで騒ぐような席を避けたかったのだった。
「過分なお心遣い、重ねて感謝いたします。……ではまず宿に?」
「それでいいわ」
「ちょうどようございました。公会堂の完成にあわせて、宿には新たな客室を増設しております。これまての粗末な部屋よりは、領主様にふさわしいものになったかと……」
「最初に領主様にお泊まりいただけるとは光栄の至り」
「では、村長にはあとで挨拶に伺うよう申し伝えておきます」
「それも明日以降で構わないわ。今回わたしが用があるのはエル……鉱山開発の者たちなのだから」
「なんと。実は、その方々も公会堂の宴席に招いております」
「それを早く言いなさい」
二人いた守衛のうち、背の高い、あまり酔っていないほうの守衛がベアトリスたちを宿に案内した。宿は外でも賑やかな声が聞こえるほど騒がしい。どうやら公会堂以外でも、落成式を口実にした酒宴があちこちで催されているようだ。
「すぐに部屋を用意させます」
守衛が誰かの名を呼びながら宿の扉を開け、すぐに宿の経営者らしき中年夫婦を連れて出てきた。この二人も酔っている。いまこの村では、酔っていない者を探すほうが難しいのではないだろうか。
酔った中年夫婦がベアトリスを案内した部屋は離れの建物で、ベアトリスにとってありがたいことに母屋の喧騒はほとんど響いてこない。
室内は、まだ黒く変色していない真新しい木材でできた壁や床はワニスが塗られ、光沢感が部屋全体を明るく見せる。グラディスのローセンダール邸や、フィスカルボのスヴァルトラスト・ヴァードシュースには及ぶべくもないが、調度品もそれなりのものを揃えている。辺境の宿としてはかなり上質な部屋と言えるだろう。
ベアトリスが部屋でひと息つき、軽い食事を終えた頃、ドアがノックされた。
「エル・シールケルの者たちです」
「通しなさい」
ベアトリスの声は届いたはずだが、アルバレスは眉間にしわを寄せて外を見ている。部屋の前では何者かが言い争いをしているようだ。
「なんだぁ? 俺は行かなくていいのか?」
「いいから馬車で寝てなさいよ。その千鳥足じゃベアトリス・ローセンダール本人にも軽くあしらわれるわよ」
守衛はようやくタペストリーの家紋に気づき、あわててひざまずいた。たが、なんだか様子がおかしい。二人のうち背が高く比較的若い守衛はともかく、顔の下半分が髭に覆われた守衛は、どうにも足取りがおぼつかない。あきらかに酩酊状態だ。
「……口やかましい苦言は申さんが、警備に支障をきたさんようにな」
「も、申し訳ございません!」
「じつは今日は、村の公会堂の落成式でございまして……」
「昼間から飲めや歌えの大騒ぎでございます」
「それで酔っているのか……なんとも平和なものだな」
「……公会堂? そんな話があったかしら?」
ルーデルスが馬車の扉を開け、怪訝な顔のベアトリスが姿を現した。
「は! かねてより建設を進めていたのですが……ちょうど、以前お越しになられた頃などは、予算不足で作業が滞っていたのです」
「それが、先頃から鉱山の方々との取引によって村に金が落ちるようになりまして。晴れて完成に漕ぎつけられましたわけです」
「なるほど、それは言祝ぐべきことね。……知っていれば、なにか祝いの品くらい持ってきたのだけれど」
「いやいや、恐れ多いことです!」
「お心遣いだけでも、過分な光栄にございます」
どうやらこの二人は、昼間は落成式の祝宴に参加して思う存分酒を飲み、その後に夜番の守衛としてここに立ったのだろう。領主であるベアトリスにそんな体たらくを見せた負い目もあってか、機械仕掛けの人形のようにしきりに頭を下げている。
「と、ともあれ、まずは村長たちのいる公会堂までご案内いたします」
「いえ、結構よ。私が顔を出しては、せっかくの酒宴が堅苦しくなるでしょう」
気を使って辞退したように見せたベアトリスだったが、実のところは村の男達と酒を飲んで騒ぐような席を避けたかったのだった。
「過分なお心遣い、重ねて感謝いたします。……ではまず宿に?」
「それでいいわ」
「ちょうどようございました。公会堂の完成にあわせて、宿には新たな客室を増設しております。これまての粗末な部屋よりは、領主様にふさわしいものになったかと……」
「最初に領主様にお泊まりいただけるとは光栄の至り」
「では、村長にはあとで挨拶に伺うよう申し伝えておきます」
「それも明日以降で構わないわ。今回わたしが用があるのはエル……鉱山開発の者たちなのだから」
「なんと。実は、その方々も公会堂の宴席に招いております」
「それを早く言いなさい」
二人いた守衛のうち、背の高い、あまり酔っていないほうの守衛がベアトリスたちを宿に案内した。宿は外でも賑やかな声が聞こえるほど騒がしい。どうやら公会堂以外でも、落成式を口実にした酒宴があちこちで催されているようだ。
「すぐに部屋を用意させます」
守衛が誰かの名を呼びながら宿の扉を開け、すぐに宿の経営者らしき中年夫婦を連れて出てきた。この二人も酔っている。いまこの村では、酔っていない者を探すほうが難しいのではないだろうか。
酔った中年夫婦がベアトリスを案内した部屋は離れの建物で、ベアトリスにとってありがたいことに母屋の喧騒はほとんど響いてこない。
室内は、まだ黒く変色していない真新しい木材でできた壁や床はワニスが塗られ、光沢感が部屋全体を明るく見せる。グラディスのローセンダール邸や、フィスカルボのスヴァルトラスト・ヴァードシュースには及ぶべくもないが、調度品もそれなりのものを揃えている。辺境の宿としてはかなり上質な部屋と言えるだろう。
ベアトリスが部屋でひと息つき、軽い食事を終えた頃、ドアがノックされた。
「エル・シールケルの者たちです」
「通しなさい」
ベアトリスの声は届いたはずだが、アルバレスは眉間にしわを寄せて外を見ている。部屋の前では何者かが言い争いをしているようだ。
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