簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

文字の大きさ
152 / 281
ノルドグレーン分断

心の枷 9

しおりを挟む
「なんと、領主様でありましたか!」
 守衛はようやくタペストリーの家紋に気づき、あわててひざまずいた。たが、なんだか様子がおかしい。二人のうち背が高く比較的若い守衛はともかく、顔の下半分が髭に覆われた守衛は、どうにも足取りがおぼつかない。あきらかに酩酊めいてい状態だ。
「……口やかましい苦言は申さんが、警備に支障をきたさんようにな」
「も、申し訳ございません!」
「じつは今日は、村の公会堂の落成式でございまして……」
「昼間から飲めや歌えの大騒ぎでございます」
「それで酔っているのか……なんとも平和なものだな」
「……公会堂? そんな話があったかしら?」
 ルーデルスが馬車の扉を開け、怪訝けげんな顔のベアトリスが姿を現した。
「は! かねてより建設を進めていたのですが……ちょうど、以前お越しになられた頃などは、予算不足で作業が滞っていたのです」
「それが、先頃から鉱山の方々との取引によって村に金が落ちるようになりまして。晴れて完成にぎつけられましたわけです」
「なるほど、それは言祝ことほぐべきことね。……知っていれば、なにか祝いの品くらい持ってきたのだけれど」
「いやいや、恐れ多いことです!」
「お心遣いだけでも、過分な光栄にございます」
 どうやらこの二人は、昼間は落成式の祝宴しゅくえんに参加して思う存分酒を飲み、その後に夜番の守衛としてここに立ったのだろう。領主であるベアトリスにそんなていたらくを見せた負い目もあってか、機械仕掛けの人形のようにしきりに頭を下げている。
「と、ともあれ、まずは村長たちのいる公会堂までご案内いたします」
「いえ、結構よ。私が顔を出しては、せっかくの酒宴が堅苦しくなるでしょう」
 気を使って辞退したように見せたベアトリスだったが、実のところは村の男達と酒を飲んで騒ぐような席を避けたかったのだった。
「過分なお心遣い、重ねて感謝いたします。……ではまず宿に?」
「それでいいわ」
「ちょうどようございました。公会堂の完成にあわせて、宿には新たな客室を増設しております。これまての粗末な部屋よりは、領主様にふさわしいものになったかと……」
「最初に領主様にお泊まりいただけるとは光栄の至り」
「では、村長にはあとで挨拶に伺うよう申し伝えておきます」
「それも明日以降で構わないわ。今回わたしが用があるのはエル……鉱山開発の者たちなのだから」
「なんと。実は、その方々も公会堂の宴席に招いております」
「それを早く言いなさい」

 二人いた守衛のうち、背の高い、あまり酔っていないほうの守衛がベアトリスたちを宿に案内した。宿は外でもにぎやかな声が聞こえるほど騒がしい。どうやら公会堂以外でも、落成式を口実にした酒宴があちこちで催されているようだ。
「すぐに部屋を用意させます」
 守衛が誰かの名を呼びながら宿の扉を開け、すぐに宿の経営者らしき中年夫婦を連れて出てきた。この二人も酔っている。いまこの村では、酔っていない者を探すほうが難しいのではないだろうか。
 酔った中年夫婦がベアトリスを案内した部屋は離れの建物で、ベアトリスにとってありがたいことに母屋おもや喧騒けんそうはほとんど響いてこない。
 室内は、まだ黒く変色していない真新しい木材でできた壁や床はワニスが塗られ、光沢感が部屋全体を明るく見せる。グラディスのローセンダール邸や、フィスカルボのスヴァルトラスト・ヴァードシュースには及ぶべくもないが、調度品もそれなりのものを揃えている。辺境の宿としてはかなり上質な部屋と言えるだろう。

 ベアトリスが部屋でひと息つき、軽い食事を終えた頃、ドアがノックされた。
「エル・シールケルの者たちです」
「通しなさい」
 ベアトリスの声は届いたはずだが、アルバレスは眉間みけんにしわを寄せて外を見ている。部屋の前では何者かが言い争いをしているようだ。
「なんだぁ? 俺は行かなくていいのか?」
「いいから馬車で寝てなさいよ。その千鳥足ちどりあしじゃベアトリス・ローセンダール本人にも軽くあしらわれるわよ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

処理中です...