簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノルドグレーン分断

心の枷 10

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「エル・シールケルの者たちです」
「通しなさい」
 ベアトリスの声は届いたはずだが、アルバレスは眉間みけんにしわを寄せて外を見ている。部屋の前では何者かが言い争いをしているようだ。
「なんだぁ? 俺は行かなくていいのか?」
「いいから馬車で寝てなさいよ。その千鳥足ちどりあしじゃベアトリス・ローセンダール本人にも軽くあしらわれるわよ」
「そもそもお前は、ベアトリス・ローセンダールを見てえだけだろ」
「チッ、しょうがねえ、宿の酒場で飲み直すか」
「そうしてろ」
 ドアの外では、エル・シールケルの現首領アウロラ・シェルヴェンと副長テオドル・バックマンに同行してきたせた長髪の男が、酔って面倒を起こしているようだ。長髪の男はドアの隙間から顔をのぞかせたが、アウロラはそのドアを中から無理やり閉めた。だが長髪の男はりもせず、今度は戸外で騒ぎだした。
「おっ、あんた知ってるぜ、オラシオ・ロードストレームだろ?」
「ええ……まあ」
「こっちのかわいい姉ちゃんは付き人かなんかか?」
「やだ、酔っぱらい!」
「アリサ、下がっていなさい」
「おっ? やるか? このドアの鍵開けでなら勝負してやるぜ」
 あいつはもう……アウロラはつぶやきながら勢いよくドアを開けた。
「ドグラス! これ以上騒いだら酒が抜けるまで気絶させるわよ!?」
 アウロラが叫ぶと騒ぎはおさまった。
「まったく!」
「悪いね。会ってそうそう見苦しいもんを見せちまった」
「……まあいいでしょう。今日はどうやら村じゅうがこんな状態だわ。あなたたちにも、せっかくの楽しみを打ち切らせてしまったのではなくて?」
「そうでもないさ。酔いつぶれる前に切り上げるいい口実になったんで、感謝すらしてるよ」
「付き合いって面倒なことよね……」
 バックマンはかすかに酒精の匂いを発してはいるが、ひどく酩酊めいていしているというほどではない。おそらく酔いつぶれる寸前なのは、さんざん吠えてアウロラに殴られかけた髪の長い男だろう。
 アウロラは酒精を帯びている様子さえなく、目つきも所作もそのものだ。彼女はショルダーベルトをたすき掛けにしてバッグを背負っており、そこからはリュートらしき弦楽器のネックが顔をのぞかせていた。
「さて、忙しいあんたが、こんな足繁あししげ僻地へきちの村に来るんだ。よほど耳が痛い話が俺たちを待ち受けてるんだろうな」
「あなたもずいぶん酔っているようね。前に会ったときよりも、不必要に口が滑っているわよ」
 バックマンの軽口が耳障りに感じ、ベアトリスは呆れたように首を横に振った。室内がしばし気まずい沈黙に包まれる。意外にもアウロラは、その空気に物怖ものおじしなかった。
「……あたしたちだって暇じゃないんだけど」
「そうね。率直に言うわ」
 ベアトリスはアウロラに向き直った。自身の癇性かんしょうを悔い、居住まいを正すように胸元に落ちた髪をなおす。
「あなたがたの先代首領、リースベットさんに会わせて」
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