簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノルドグレーン分断

訣別の朝 1

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 ベアトリスとヴァルデマル。旧貴族ローセンダール家内部の対立を、権門にはよくある軋轢あつれきだ、と軽視していたことが悲劇の呼び水となった――後にノルドグレーン開明派、共和派と呼ばれた議員や学者たちは、そう述懐じゅっかいした。
 彼らの言う「悲劇」とはベアトリスの父エーリク・ローセンダールが謀殺されたことではない。ノルドグレーンが二つに分かれたことである。あるいは、こう言い換える者もいる。もともと内包されていたノルドグレーンの分断が、ついに顕在けんざい化したに過ぎない、と。
 ――彼らが忘れていたのは、そもそも人が何ゆえに共和的な制度を求めたのか、ということだ。“共和制を求める”という態度の正しさに安住して、対立するベアトリスとヴァルデマルを共和させノルドグレーンという政体を存続させる努力をおこたった結果が、このである――自己批判を込めてそう後述したのは、哲学者のノルシュトレームだった。
 共和制は力ある者とそうでない者、双方の譲歩を必要とする。多くの場合、前者には財貨や権益の抑制を、後者にはその時点では解消しきれない不公正や格差の忍従にんじゅうを要求する。だがそうして政体を維持し続けることで、決定的な破局を回避し人権に基づいた社会制度の実現に近づけるのだ。
 これはノルシュトレームを始めとした開明派のみならず、ノルドグレーン公国創立の祖ジグフリードソン大公も夢見た理想だった。それがついに、建国から二百年の果てに瓦解がかいの時を迎えようとしている。

 エーリク処刑の報がもたらされた夜、ベアトリスが閉じこもった部屋のドアの前で、ひとりの従者が夜通し腕組みして肩を怒らせていた。
「……一体何をしているのです、アリサ」
「……シッ」
「は?」
 アリサはアルバレスをにらみ返す。
「見張ってるんです。とくに隊長みたいな人を!」
「……人は時に、刹那せつな的な慰めが必要なこともあるのですよ」
「う、うるさいあっち行けー!」
 アリサは野生動物を追い払うようにアルバレスを追い払った。以後ベアトリスがみずからその戸を開けるまで、昼はルーデルスが、夜はアリサが門番を続けていた。

 それから四日が過ぎ、例年ならこれから冬だという時期になって、降雪はようやく落ち着きを見せた。数日ぶりのあたたかな朝日とともにベアトリスも姿を現し、アルバレスら側近たちを安堵あんどさせた。
「……もう大丈夫よ」
 そう言ったベアトリスの顔色は決して良くはないが、だが自暴自棄といった様子もない。グラディス・ローセンダール家所領の民30万を彼女が投げ出すとは誰も考えていなかったが、悲しみをしずめるにはやはり時間が必要だったのだ。
 その日の夕方、人々が積み上げた雪の小山に囲まれたランバンデッドに、予想外な来訪者があった。毛皮を幾重にも着込んで背中にはニ枚の薄板、両手に雪道用の杖を持ち、雪靴を履いた熊のような姿の旅鴉たびがらすの名は、ステファン・ラーゲルフェルトだった。彼は、雪がない季節でも人の足では十日ほどもかかる西方の港湾都市フィスカルボから、一人で歩いてきたのだという。
「よく、この雪の中を……」
「僕の故郷のペブルダールは山中の寒村ですよ。フィスカルボやグラディスみたいな真っ平らな雪原など、飛び魚のように跳ねて歩けますね」
 相変わらずの軽口を叩くラーゲルフェルトだったが、その口調には息苦しさが見え隠れしている。
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