199 / 281
ノルドグレーン分断
政略結婚 9
しおりを挟む
決闘時、戦場に出た経験のあるベアトリスと言えども緊張の極にあり、オットソンの顔も周囲の状況もほとんど覚えていなかった。だがここに至ってようやく、ギルヤの森で対峙したオットソンの、ひどく落ち着いた目を思い出せていた。そこに覚悟や理性の輝きは見えなかったが、だが迷いもまたなかった。もしかしたら、ラーゲルフェルトの“小細工”に助けられた面もあったかもしれない。
「すいません……どうしても勝ってほしくて……」
「いいのよ」
「でも……これで主公様の面目が潰れたら……」
「そうなったら……そうね、またラーゲルフェルトに世論を作らせるわ」
「当然ですね。この男が原因なのだから」
「じゃあそん時には、女装した隊長さんに戦場を駆け回ってもらいましょうかね。戦女神ローセンダールの伝説を新たに創造するために」
「そしてこの男の謀略によって、ノア王は同性と結婚したノーラントで最初の王となるのですか? なかなか先駆的ですね」
「えっ!?」
「したけりゃどうぞ、僕は止めませんよ」
まったく悪びれた様子もなく、ラーゲルフェルトはアルバレスに軽口をたたく。
もともとベアトリスは、オットソンとの決闘に際して、銃の技能について正々堂々と競い合う――などという男性的な気概で臨んではいなかった。むろん勝ちを欲してはいたが、実のところ、負けた場合の情勢についてはさほど悲観していたわけでもない。これはベアトリスが楽天的だったわけではなく、決闘という式事そのものの性質に由来する。
この、紳士協定によって執り行われる私闘には、法的根拠など存在しない。つまり勝とうが負けようが、国家という上位権力によってなにかを奪われたり与えられたりすることも一切ない。
その半面、勝敗にかかわらず声望が失墜することがある。それは決まって、正統な理由なく断った場合と、あらかじめ取り交わした契約の不履行を含む不正が発覚した場合である。実際、負けたオットソンも、その結果がもとで所領の運営に支障をきたしたり、社交界で孤立したりはしていないのだ。
ベアトリス自身はこの風潮を嫌っていた。これは野蛮さの異称・美名という一面を持つ“騎士道”という、ノルドグレーン上層に蔓延する社会規範に裏打ちされた悪習だからである。嫌ってはいたが、それを公言したときの反発の苛烈さは容易に想像できた。そのため、なるべく迂遠な言い回しで、問題意識を共有する者にだけ伝わるよう発言するに留めている。
ベアトリス・ローセンダールはこうした点から、自身が勝負できる、すべき領域を過たず選択し続けたと言える。剣で決闘を行えば腕力に勝るオットソンに分があったであろうし、政治勢力としては単独でヴァルデマルに伍するほどの力はなかった。それでも機に臨み変に応じ、ノルドグレーンの命運を左右する存在にまで上りつめたのだ。
だがベアトリスは、ただ小胆に危機回避に専心していたわけではない。勝てるという確信があれば、たとえその判断が多数意見と違っていても果敢に挑戦している。その適例が、ベアトリスの名をリードホルムに知らしめ、ノアとの出会いの契機となったジュニエス河谷の戦いだ。
「すいません……どうしても勝ってほしくて……」
「いいのよ」
「でも……これで主公様の面目が潰れたら……」
「そうなったら……そうね、またラーゲルフェルトに世論を作らせるわ」
「当然ですね。この男が原因なのだから」
「じゃあそん時には、女装した隊長さんに戦場を駆け回ってもらいましょうかね。戦女神ローセンダールの伝説を新たに創造するために」
「そしてこの男の謀略によって、ノア王は同性と結婚したノーラントで最初の王となるのですか? なかなか先駆的ですね」
「えっ!?」
「したけりゃどうぞ、僕は止めませんよ」
まったく悪びれた様子もなく、ラーゲルフェルトはアルバレスに軽口をたたく。
もともとベアトリスは、オットソンとの決闘に際して、銃の技能について正々堂々と競い合う――などという男性的な気概で臨んではいなかった。むろん勝ちを欲してはいたが、実のところ、負けた場合の情勢についてはさほど悲観していたわけでもない。これはベアトリスが楽天的だったわけではなく、決闘という式事そのものの性質に由来する。
この、紳士協定によって執り行われる私闘には、法的根拠など存在しない。つまり勝とうが負けようが、国家という上位権力によってなにかを奪われたり与えられたりすることも一切ない。
その半面、勝敗にかかわらず声望が失墜することがある。それは決まって、正統な理由なく断った場合と、あらかじめ取り交わした契約の不履行を含む不正が発覚した場合である。実際、負けたオットソンも、その結果がもとで所領の運営に支障をきたしたり、社交界で孤立したりはしていないのだ。
ベアトリス自身はこの風潮を嫌っていた。これは野蛮さの異称・美名という一面を持つ“騎士道”という、ノルドグレーン上層に蔓延する社会規範に裏打ちされた悪習だからである。嫌ってはいたが、それを公言したときの反発の苛烈さは容易に想像できた。そのため、なるべく迂遠な言い回しで、問題意識を共有する者にだけ伝わるよう発言するに留めている。
ベアトリス・ローセンダールはこうした点から、自身が勝負できる、すべき領域を過たず選択し続けたと言える。剣で決闘を行えば腕力に勝るオットソンに分があったであろうし、政治勢力としては単独でヴァルデマルに伍するほどの力はなかった。それでも機に臨み変に応じ、ノルドグレーンの命運を左右する存在にまで上りつめたのだ。
だがベアトリスは、ただ小胆に危機回避に専心していたわけではない。勝てるという確信があれば、たとえその判断が多数意見と違っていても果敢に挑戦している。その適例が、ベアトリスの名をリードホルムに知らしめ、ノアとの出会いの契機となったジュニエス河谷の戦いだ。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
コガレル
タダノオーコ
恋愛
道に落ちてた(誰かのせい)、賢いように見えてちょっとマヌケの弥生。24歳。
ドSのように見えてちょっとS、人気急上昇中俳優 圭。25歳。
もう少し出逢うのが早ければ、なんとかなったのかな…
こんな想いは
焦げ尽かして、灰になったらいい
こが・れる【焦がれる】
1 いちずに、激しく恋い慕う。切ないまでに思いを寄せる。
2 そうなりたいと強く望む。
3 動詞の連用形に付いて、望むことが早く実現しないかと居ても立ってもいられないほどである意を表す。
*本編完結しました。拙い作品をご覧下さり本当にありがとうございました。
3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~
放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」
最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!?
ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!
【完結】公爵令嬢は勇者への恩返しを試みる〜サブヒロインとして頑張ります〜
マロン株式
恋愛
公爵令嬢ユウフェには、ひとつだけ秘密がある。
――この世界が“小説の中”だと知っていること。
ユウフェはただの“サブヒロイン”で、物語の結末では魔王のもとへ嫁ぐ運命にある……はずだった。
けれどーー
勇者の仲間、聖女、そして魔王が現れ、〝物語どおり〟には進まない恋の三角関係(いや、四角関係?)が動き出す。
サブヒロインの恩返しから始まる、ほのぼの甘くて、少し切ない恋愛ファンタジー。
◇◇◇
※注意事項※
・序盤ほのぼのめ
・勇者 ✖ サブヒロイン ✖ 魔王 ✖ 巫女(?)の恋愛模様
・基本はザマァなし
・過去作のため、気になる部分あればすみません
・他サイトと並行改稿中のため、内容に差異が出る可能性があります
・設定ゆるめ
・恋愛 × ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる