簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノルドグレーン分断

政略結婚 8

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 決闘とはあくまで、勝敗によって紛争を解決する目的で行う式事であり、命をやり取りするものではない。
 だが、建前はそうであっても、どんな事故が起こるかは誰も予測できない。
「不測の事態というのはその字義どおり、不測だからこそ予見不可能です。それは、あの時点でオットソンが正気なのか、誰も読みきれなかったことも含めてね」
 この不確定性はラーゲルフェルトの言う通りで、オットソンが決闘を申し出た真意がベアトリスへの復讐でないとは断定できず、アルバレスも細心の注意を払って警護に当たっていた。ラーゲルフェルトが彼の師であり高名な哲学者であるノルシュトレームを立会人に引っ張り出したことも、オットソンの激発を抑止するという目的あってのことだった。
 ベアトリス個人への崇拝によって求心力を保っているグラディス・ローセンダール家は、彼女が消えれば瞬く間に瓦解がかいする――これはラーゲルフェルトたちにとって最大の懸案事項であり、ヴァルデマルら敵対者たちにしてみれば格好の標的である。
 個人への崇拝というものは幻想にるところが大きく、ラーゲルフェルトの仕事はその幻想を構築する性質のものが多かった。そのため、オットソン本人に薬を盛るような、発覚すればたちまちベアトリスの評価が地に落ちるであろう手段は取らず、もっと込み入った策を講じたのだった。
「この件では調整役として、アリサちゃんにも一役買ってもらいました」
「そうなのですか、アリサ?」
「はい……」
 アリサは両手を膝の上に置いてうつむいている。
 ベアトリスはあることを思い出し、無言でうなずいた。
 アリサは決闘の開始直前、ベアトリスとオットソンが対峙する方角に関して調整を申し出た。それ自体は合理的な提案であったためオットソンにも立会人にも認められ、ベアトリスは南側、フィスカルボの町に続く道を背負う位置に立った。
 そして、ノルシュトレームによる決闘開始の号令直後、その背後からエクレフがあわてて姿を現したのだ。
「あの時エクレフは、あなたの背中側からやってきました。つまり、オットソンが狙いを外せば、弾丸はエクレフが乗る馬車の御者や馬に当たる。あの従兄弟いとこ殿は下手をすると、銃で撃たれる以上の大怪我をしたことでしょう」
「なるほどね……」
「直前にまで、そんな地道な謀略をめぐらせていたのですか……呆れるのを通り越して感心しましたよ」
「それで五分の天秤がわずかでもこちらに傾くなら、小麦の粒だってすべて数えてこっそり載せ替えますよ。……もっとも、あれでオットソンが心を乱したかどうかは、正直わかりませんけどね」
 決闘時、戦場に出た経験のあるベアトリスと言えども緊張の極にあり、オットソンの顔も周囲の状況もほとんど覚えていなかった。だがここに至ってようやく、ギルヤの森で対峙したオットソンの、ひどく落ち着いた目を思い出せていた。そこに覚悟や理性の輝きは見えなかったが、だが迷いもまたなかった。もしかしたら、ラーゲルフェルトの“小細工”に助けられた面もあったかもしれない。
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