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簒奪女王
憎悪の向こう 8
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「他にもいろいろあったみたいだけど……具体的なことはあまり知らない。あたしたちみんな、昔話なんて嫌いだったから」
「……わかったわ。ありがとう」
「話の出処はエステルか?」
「そうよ。リースベット、エステルさんとはけっこう話してたみたい」
「……その方は?」
「料理人よ。今はヘルストランドで働いてる」
アウロラと副長のバックマンが、何気ない様子でそんなことを言っていた。
名前と場所、職業までもエステル・マルムストレムと合致している。同名の女性はリードホルムに何人かいるかもしれないが、彼女がヘルストランド城に雇い入れられた時期と、エル・シールケルがスタインフィエレットに現れた時期まで同じである。
そして、ベアトリスが念のため調査を依頼していたのが、エステルが連れていた――あまり外見的特徴が共通しない――子どもたちについてだった。
ノルドグレーンの首都ベステルオースには、浮浪児は存在しない――という体裁になっている。何らかの理由で親を失った孤児はみな国によって保護され、ソレンスタム教団が運営する孤児院に送られることになっているのだ。
数年前までは遠くリードホルムの孤児さえも受け入れていたその孤児院は、だが先覚的な福祉思想などから子どもを保護していたのではなかった。それどころか人身売買の温床であるという噂さえあり、それを裏付けるように悪評は高く、脱走者が跡を絶たない。孤児院にしてみれば子どもは商品なのだから、ベステルオース以外から受け入れようとしていたことも、経済的合理性に則った運営方針だったといえるだろう。
その孤児を送り出す諸手続きはノルドグレーン産業省の管轄下にある。つまりノーラント半島で発生した孤児の大半について、産業省には記録が残っているのだ。ベアトリスはそこに目をつけ、エディットに調査を依頼した。
果たして予想どおり、エステルの子と同じ名のミカル、アニタ、アルフォンスという三人の子どもが、四年ほど前の同時期に孤児院から姿を消していた。エディットはこれをベアトリスに報告するにあたって、なにも調査することはなかったという。三人の子どもの名をあらかじめ知っていたのだ。
エディットからは、その三人と時を同じくして行方をくらませた、すこし年長の子どもの名も伝えられた。その名はアウロラ・シェルヴェンだった。
現在エル・シールケルを率いる立場にあるアウロラは、かつてノルドグレーン外務省によってリースベット暗殺の刺客として仕向けられた、という過去を持っている。エディットは前職のリンデスゴートン治安維持局副総監時代に、その謀略に準備段階で協力していたのだ。
アウロラに不本意な仕事を強要するため、外務省は彼女が孤児院から連れ出して保護していたミカル、アニタ、アルフォンスを人質にしたのだという。三人は、孤児院ではアウロラと同室だった。
リードホルム王妃になってから、ノルドグレーン外務省の非道がひときわ目につくようになった気がするわ――エディットの報告書を読み終え、ベアトリスはそうつぶやいた。
ノアという人の実像を見ようとするとき、かならずその背中越しに姿が見え隠れしていた、彼の実妹リースベット――ノアやフリーダ以外で、リースベットにまつわる奥行きのある話を今のベアトリスにしてくれそうな人物は、おそらくエステルだけだろう。
ベアトリスは、バックマンとアウロラの会話にエステルの名が出たことだけを話した。
「まったく、アウロラもバックマンも口が軽いんだから……」
「……大変だったでしょうけど、子どもたちにとっては良いことだったのではなくて?」
「もともとあの子たちの保護者だったアウロラが、そう望んだんです。いくらエル・シールケルが他より多少ましだからって、やっぱり山賊であることに変わりはありません。ノア様も快く受け入れてくれましたし」
ベアトリスと話すにつれ、エステルは徐々に様子が変わっていった。いかにも使用人らしいかしこまった態度から、おおらかで落ち着いたたたずまいになった。おそらくこれが身構えない、彼女のありのままの接し方なのだろう。
「とはいえ、隠していたわけではないのでしょう? 子どもたちもあなたも、名を偽ったりは……」
「……王妃様」
エステルが神妙な面持ちで、ベアトリスの話を遮った。
「私にエル・シールケルの話をする以上、聞きたいのは子どもたちのことなんかじゃないでしょう?」
「……わかったわ。ありがとう」
「話の出処はエステルか?」
「そうよ。リースベット、エステルさんとはけっこう話してたみたい」
「……その方は?」
「料理人よ。今はヘルストランドで働いてる」
アウロラと副長のバックマンが、何気ない様子でそんなことを言っていた。
名前と場所、職業までもエステル・マルムストレムと合致している。同名の女性はリードホルムに何人かいるかもしれないが、彼女がヘルストランド城に雇い入れられた時期と、エル・シールケルがスタインフィエレットに現れた時期まで同じである。
そして、ベアトリスが念のため調査を依頼していたのが、エステルが連れていた――あまり外見的特徴が共通しない――子どもたちについてだった。
ノルドグレーンの首都ベステルオースには、浮浪児は存在しない――という体裁になっている。何らかの理由で親を失った孤児はみな国によって保護され、ソレンスタム教団が運営する孤児院に送られることになっているのだ。
数年前までは遠くリードホルムの孤児さえも受け入れていたその孤児院は、だが先覚的な福祉思想などから子どもを保護していたのではなかった。それどころか人身売買の温床であるという噂さえあり、それを裏付けるように悪評は高く、脱走者が跡を絶たない。孤児院にしてみれば子どもは商品なのだから、ベステルオース以外から受け入れようとしていたことも、経済的合理性に則った運営方針だったといえるだろう。
その孤児を送り出す諸手続きはノルドグレーン産業省の管轄下にある。つまりノーラント半島で発生した孤児の大半について、産業省には記録が残っているのだ。ベアトリスはそこに目をつけ、エディットに調査を依頼した。
果たして予想どおり、エステルの子と同じ名のミカル、アニタ、アルフォンスという三人の子どもが、四年ほど前の同時期に孤児院から姿を消していた。エディットはこれをベアトリスに報告するにあたって、なにも調査することはなかったという。三人の子どもの名をあらかじめ知っていたのだ。
エディットからは、その三人と時を同じくして行方をくらませた、すこし年長の子どもの名も伝えられた。その名はアウロラ・シェルヴェンだった。
現在エル・シールケルを率いる立場にあるアウロラは、かつてノルドグレーン外務省によってリースベット暗殺の刺客として仕向けられた、という過去を持っている。エディットは前職のリンデスゴートン治安維持局副総監時代に、その謀略に準備段階で協力していたのだ。
アウロラに不本意な仕事を強要するため、外務省は彼女が孤児院から連れ出して保護していたミカル、アニタ、アルフォンスを人質にしたのだという。三人は、孤児院ではアウロラと同室だった。
リードホルム王妃になってから、ノルドグレーン外務省の非道がひときわ目につくようになった気がするわ――エディットの報告書を読み終え、ベアトリスはそうつぶやいた。
ノアという人の実像を見ようとするとき、かならずその背中越しに姿が見え隠れしていた、彼の実妹リースベット――ノアやフリーダ以外で、リースベットにまつわる奥行きのある話を今のベアトリスにしてくれそうな人物は、おそらくエステルだけだろう。
ベアトリスは、バックマンとアウロラの会話にエステルの名が出たことだけを話した。
「まったく、アウロラもバックマンも口が軽いんだから……」
「……大変だったでしょうけど、子どもたちにとっては良いことだったのではなくて?」
「もともとあの子たちの保護者だったアウロラが、そう望んだんです。いくらエル・シールケルが他より多少ましだからって、やっぱり山賊であることに変わりはありません。ノア様も快く受け入れてくれましたし」
ベアトリスと話すにつれ、エステルは徐々に様子が変わっていった。いかにも使用人らしいかしこまった態度から、おおらかで落ち着いたたたずまいになった。おそらくこれが身構えない、彼女のありのままの接し方なのだろう。
「とはいえ、隠していたわけではないのでしょう? 子どもたちもあなたも、名を偽ったりは……」
「……王妃様」
エステルが神妙な面持ちで、ベアトリスの話を遮った。
「私にエル・シールケルの話をする以上、聞きたいのは子どもたちのことなんかじゃないでしょう?」
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