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第三話・出発準備

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エシルが隣国へ旅立つと分かってから、屋敷にはひっきりなしにお菓子や花束が届くようになった。少ない人口の中でも更に数少ない男達が、隣国に旅立つ前にせめて印象に残ろうと必死にアピールをしているのだ。

この国では男性が顕著に少ないため、彼等はいるだけで重宝される。傲慢で我儘な性格の男たちが傅くのはエシルのような美しい女性のみだ。グレースを汚物として扱う傍で、エシルのことを持て囃す彼等を幾度見たことか。
あまりの数の少なさから、美醜の基準があやふやな男性ではあるが、その中でも女性の美の基準に近い男性は美しいとされている。
とはいっても、やはりこの小さな国で生まれる男性は希少なので、多少醜くても女性に必要とされるし、そもそも女性に比べて美醜の価値観がはっきりとしていないので、醜男だろうと美男だろうといるだけで女達からチヤホヤされるのだ。グレースが何度「男に生まれたなら」とありもしないたらればを夢に見たことか。

この国で一番美しいとされている貴族の子息からの懇願も無視して、エシルとグレースは旅立つ準備を刻々と始めていた。

「お姉ちゃーん!」

どすどすと大きな足音が聞こえてきたので、グレースはぎこちなく振り返った。美しい顔に喜色満面の笑みが浮かんでいるのを見て浮かぶのは喜びでも恍惚でもなく、辟易とした感情のみである。嫌な予感しかしなかった。

「隣国に行ったら、学園で歓迎パーティーがあるでしょう。そのドレスをパパとママが仕立ててくれるって!私たちはそこでお披露目だから、そのドレスをお揃いにしましょうっ」

嬉しくてたまらない、という表情の裏側には、醜いグレースと美しいエシルの対比が描かれているのだろう。グレースはいっそ丁寧なまでに傷ついて、それを表に出さないよう柔く微笑んだ。

「そうね…どんなドレスかしら」
「いつもはフリルのやつが好きだけどお、今回はお上品なのにしたいの!隣国の流行にも流されないような、シンプルで、洗練されたパーティドレス!体のラインが出るようなのにしたいわぁ」
「エシルはスタイルがいいから、きっとよく似合うわね」

エシルがふっと鼻で笑った。わかりきった褒め言葉だったのだろう。

「楽しみね、お姉ちゃん」






仕立て上げられたドレスは、正しく高価で美しい逸品だった。妹のエシルは鮮やかでセクシーなローズレッド、グレースは夜空のようなネイビーと色違いで、デザインはほとんど同じのドレスを身につけることになった。
普段のエシルの好みから少し外れたタイトなラインのドレスは露出部分が少なく清楚で、胸元に広がるパールと刺繍とレースが上品な仕上がりであった。しかしアクセントとして足元に入るスリットが上品ながら大胆で、不意に露出するだけで通り魔に刺されたような有様になるだろう。エシルはドレスが上品な分、靴や髪飾り、小物で派手さを出していたが、グレースはなるべく地味で浮かないアクセサリーを選んだ。長い髪も毛先をカーラーで巻く程度で、横に流すことにした。

エシルとよく似た生地とよく似たデザインのドレスを着て並ぶ時点で無理なことではあるが、なるべく目立たないよう、楚々とした出立にした。この美しいドレスに着られるのが恥ずかしくてならなかった。

ドレスを用意して仕舞えば、後に準備することはほとんど残っていなかった。大抵のものは隣国が用意してくれるし、ドレスやアクセサリーだって使者が運んでくれる。自分で用意するのは精々馬車に揺られる途中に読む小説と、エシルの自慢話に耐えるための強靭な心くらいだ。

留学の報せから半年足らずで、エシルとグレースは準備を終えた。夢見る乙女のように頬を染めるエシルとは反対に、グレースは青白い肌をさらに青くして、処刑台の前にいるみたいな有様で残りの日々を過ごした。

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