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第3章
第57話『このモヤモヤをぶつけて!?』
アオイは、西園寺やイベントに参加するメンバーと共に企画を練り上げ、ダンスレッスンや歌唱指導に汗を流してきた。
イベント本番まであと10日となったある日、連日の準備で体はへとへとだったが、アオイの心には確かな充足感が広がっていた。その日もスタジオでは、ミツオの指導のもとダンスレッスンが進み、同時にアオイが歌の指導を担っていた。
メンバーたちは曲を繰り返し歌い込み、日を追うごとに完成度を高めていた。以前より声に深みが増し、ハーモニーが響き合うたびに、スタジオは温かな音色に包まれた。特に目を引いたのはカレハの歌声だった。
ミカンのような力強さはないものの、可愛らしさと美しさが絶妙に調和した独特の魅力があった。ハスキーすぎず、透明すぎない、かすかに掠れた柔らかな声質は、聴く者の心にそっと寄り添うようだった。無理なく自然に伸びるその声は、シオンの安定した実力にも決して劣らない。アオイは思わず感嘆の息を漏らした。
「カレハさん、歌上手いですね。音楽やってたりしました?」
口をついて出た言葉に、カレハが無邪気な笑顔を向けた。
「軽音部でボーカルやってたんです~」
彼女は目をキラキラさせ、アオイを見つめて続けた。
「聞いてはいたけど、表見さんこそめっちゃ上手いですよね~。歌手になればいいのに~」
「えっ!? あはは、ありがとう……」
その言葉にアオイは一瞬ドキリとし、照れ笑いでごまかした。カレハの純粋な賞賛は嬉しいが、かつてフォークシンガーを夢見て諦めた過去が脳裏をよぎり、複雑な思いが交錯した。
そして改めて、WensのVTuberたちの歌唱力の高さに舌を巻いた。この才能溢れる仲間たちと、紅音ウララとして肩を並べたい――そんな熱い思いがふと湧き上がり、アオイは居ても立ってもいられなくなった。そんな気持ちを鎮めるためにも、今夜は歌配信をしようと心に決めた。
ミツオが手を叩き、レッスンを締めくくる声が響いた。
「うーん、完璧ね! ほんとみんなのセンスには毎回、驚かされてばかりよん」
彼はモモハに視線を向け、ウインクを添えて言葉を続けた。
「特にモモハちゃんとは今回が初めてだけど、あなたのダンスはずば抜けてるわね。これからが楽しみよ」
「ありがとうございます! これからもビシバシお願いします!」
モモハが弾けるような笑顔で返すと、ミツオが柔らかく微笑んだ。
「いい心がけね」
その穏やかな空気の中、アオイはみんなの成長に目を細めた。そしてその日のレッスンは終わった。
***
帰宅したアオイは、着替えるとすぐに配信の準備に取りかかった。歌いたい衝動が抑えきれなかった。
パソコンを起動し、ヘッドセットを装着すると、迷わず配信を開始した。
◆◆◆
「今日もみんなでロックンロール! と言うことで、今日は歌配信するよー!」
コメント欄がたちまち賑わった。
▼「歌配信やったー!」
▼「歌って欲しい曲あったんだよね」
▼「明日も仕事だからパワーもらおう……」
「じゃあ早速、一曲目は『My rock ‘n’ roll spirit』で!」
その日、アオイは配信の画面越しに溢れる感情をぶつけるように、ひたすら歌い続けた。
リクエストや、そのときの気分のままに曲を選ぶ。静かに沁み入るバラードから、魂を揺さぶるようなロックまで——
▼「すごい熱量~」
▼「今日のウララ、いつも以上にパワフル!」
そして気がつけば三時間、アオイはみっちり歌い込んだ。
◆◆◆
配信を終えたアオイは、気分が少し晴れたのか、その夜はぐっすりと眠りに落ちた。
そしてレッスンの日々は続き、いよいよ本番前日が訪れた。
***
さいたまウルトラドームのコミュニティホールに足を踏み入れた瞬間、アオイは息を呑んだ。4000人収容の会場は想像以上に広大で、天井から吊るされた照明が眩しく輝き、巨大なスクリーンが壁一面を覆っていた。スタッフたちが慌ただしく動き回り、音響機器の調整音が低く響き渡る。アオイは裏方として、VTuberたちに指示を出し、西園寺の意向を伝える役割を担った。
リハーサルが始まり、トークショーの流れが確認された。バックステージのグリーンバック前で、シオンとカレハが軽妙な掛け合いを練習する。
参加型のクイズ大会では、モモハとミャータが模擬問題を出し合い、本番を想定したトークをしながら、角度や音量などをスタッフと細かく話し合っていた。
そして観客との格ゲー対決では、ナマリがテストプレイヤーと戦い、操作感などをスタッフと入念に調整していた。アオイはタブレットを手に、進行表を見ながら「次のセクション、5分後に移ります!」と指示を出した。
最後にミニライブのリハーサルでは、スピーカーから流れる音が会場を震わせた。『Music Is My Weapon』の激しいビートに合わせ、シオンとカレハがステップを踏み、爽やかな汗を流す。『Heart of Resolve』の優雅な旋律では、ミドリ、ミャータ、モモハが息を揃え、流れるような動きでスタッフたちを魅了する。
『クラッシュ・キャンディー』では、コガネとナマリがエネルギッシュに跳ね回り、照明が鮮やかに切り替わる。アオイは舞台袖でその様子を見つめ、音響スタッフに「ボーカルの音量、もう少し上げてください」と伝えた。
だが、イベントの規模に圧倒されながら、アオイの胸には別の感情が芽生えていた。この大きなステージ、熱気溢れる準備風景――すべてが、自分が紅音ウララとして立つ場所ではない。みんなが輝く姿を見るたび、寂しさが静かに心を締め付ける。袖から見つめるしかないこの距離が、時折、切なく感じた。
***
リハーサルを終え帰宅したアオイは、ソファに体を沈めた。疲れが全身を包み、窓の外に広がる夜景がぼんやりと目に映る。同じ舞台に立てない寂しさが、胸の奥で疼いていた。紅音ウララとして歌いたい思いが抑えきれず、指先が無意識に震えた。今日も配信して歌うか迷ったが、アオイは目を閉じ、深く息を吐いた。
「今はそんなことより、イベントを成功させることだけを考えよう」
自分に言い聞かせるように呟き、心を切り替えた。みんなの努力が実を結び、観客が笑顔で帰路につく姿を思い描く。それが今、自分の果たすべき役割だ。アオイは決意を新たに、静かな夜の中で目を閉じた。
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