【完結】ダウナー系令嬢は少年皇子に愛され過ぎて困ったものだよ

きゅちゃん

文字の大きさ
14 / 19

第14話「婚約式の裏で動く影は予想外だったね」

しおりを挟む
婚約式の準備が本格化してから二週間後、私は王宮の奥にある衣装室で、人生で最も豪華なドレスと対峙していた。

「エリーゼ様、いかがでしょうか?」

王室専属の仕立て師、マダム・クレールが緊張した面持ちで尋ねてくる。五十代の小柄な女性だが、その腕前は王国一と評される職人だ。

鏡に映る自分を見て、私は思わず息を呑んだ。

深い青色の絹地に、銀糸で精緻な刺繍が施されたドレス。胸元と袖口には真珠があしらわれ、スカート部分には小さなダイヤモンドが散りばめられている。まるで夜空に星が散らばったような美しさだった。

「素晴らしい出来だね」

「ありがとうございます」

マダム・クレールは安堵の表情を見せた。

「このドレスは、三百年前の初代皇后様の婚約式衣装を復元したものです」

「三百年前?」

「はい。伝統的な様式を保ちながら、現代の技法で仕立て直しました」

なるほど、それで格式高い雰囲気があるのか。

「重さはどのくらいだい?」

「約十キロほどです」

十キロ。前世で着ていた白衣の五十倍の重さだ。

「これを着て、一日中式典に参加するのか…」

「大変でしょうが、エリーゼ様なら美しく着こなしてくださるはずです」

その時、衣装室の扉がノックされた。

「失礼いたします」

入ってきたのは、セレナ嬢だった。

「セレナ嬢、どうしたんだい?」

「実は、お話があります」

彼女の表情は、いつになく深刻だった。

「マダム・クレール、少し席を外していただけませんか?」

「承知いたします」

仕立て師が出て行くと、セレナ嬢は素早く扉を閉めた。

「一体何事だい?」

「婚約式に関して、不穏な情報を入手しました」

私は眉をひそめた。

「不穏な情報?」

「はい。どうやら、式典を狙った襲撃計画があるようです」

「襲撃?」

これは予想外の展開だった。

「詳しく聞かせてもらおうか」

「アレクサンダー殿下の残党が、まだ諦めていないようです」

セレナ嬢は周りを警戒しながら続けた。

「殿下は追放されましたが、彼を支持していた貴族たちの一部が、密かに反乱を企てています」

「反乱?」

「はい。婚約式の最中に、エリーゼ様とリオン殿下を襲撃し、皇室に混乱を引き起こすつもりのようです」

私は少し考えた。確かに、婚約式は絶好の機会だろう。多数の貴族が集まり、警備も複雑になる。

「具体的な計画は分かっているのかい?」

「詳細はまだですが、式典の途中で何らかの行動を起こす予定のようです」

「それで、君たちはどう対応するつもりなんだ?」

「まず、警備を大幅に強化します」

セレナ嬢は小さな巻物を取り出した。

「これは新しい警備計画です。通常の三倍の人員を配置します」

「なるほど」

「それと、エリーゼ様にお願いがあります」

「何だい?」

「もし何か異変を感じたら、すぐに私に合図してください」

セレナ嬢は小さな鈴を差し出した。

「これを鳴らせば、私たちがすぐに駆けつけます」

「分かった」

私は鈴を受け取った。軽くて美しい装飾が施されているが、確実に音が響きそうだ。

「ところで、セレナ嬢」

「はい?」

「君は婚約式にも参加するのかい?」

「はい。表向きは招待客の一人として」

「表向きは?」

「実際は、護衛として参加します」

セレナ嬢は微笑んだ。

「エリーゼ様の安全を守るのが、私の最優先任務ですから」

その後、私は王宮の別の部屋でリオンと会った。

「お疲れ様、お姉さん」

「お疲れ様、少年。君も準備で忙しそうだね」

リオンは確かに疲れた様子だった。皇太子としての公務に加えて、婚約式の準備も重なっているのだろう。

「はい。でも、お姉さんとの式典のためなら、どんな準備も楽しいです」

「君らしい答えだね」

私は彼の隣に座った。

「ところで、少年」

「はい?」

「君は婚約式で、何か不安に思うことはないかい?」

「不安?」

リオンは少し考えた。

「強いて言うなら…お姉さんが途中で嫌になって、逃げ出したりしないかということでしょうか」

私は苦笑いを浮かべた。

「確かに、その可能性はゼロではないね」

「え?本当ですか?」

「冗談だよ」

リオンは安堵の表情を見せた。

「でも、実際のところ、あの重いドレスを着て一日中立っているのは、かなりの試練になりそうだ」

「申し訳ありません。伝統的な衣装なので…」

「気にしないでいい。一度くらいは、そういう経験をしてみるのも面白いだろう」

「それに、お姉さんが着るドレス姿を、僕は楽しみにしています」

リオンは少し照れたような顔をした。

「きっと、とても美しいでしょうね」

「期待しすぎない方がいいよ」

その時、扉がノックされた。

「失礼いたします」

入ってきたのは、皇帝陛下だった。

「父上!」

リオンが慌てて立ち上がる。私も急いで最敬礼をした。

「陛下、お忙しい中をありがとうございます」

「構わん。少し話がある」

皇帝陛下は椅子に座った。

「婚約式について、いくつか確認したいことがあるのだ」

「何でしょうか?」

「まず、式典の流れについて」

陛下は書類を取り出した。

「午前中は宗教的な儀式、午後は国家的な宣誓、夕方は祝宴という構成になっている」

「はい」

「この中で、最も重要なのは午後の宣誓だ」

皇帝陛下は私を見た。

「エリーゼ嬢、お前はこの宣誓で、皇室の一員となることを正式に誓うことになる」

「承知しております」

「それは、単なる形式ではない」

陛下の声に、重みがあった。

「皇室の一員となるということは、この国と国民に対する責任を負うということだ」

「はい」

「お前は覚悟ができているか?」

私は皇帝陛下の目を見つめた。その瞳には、一国の君主としての威厳と、同時に父親としての心配が混じっているように見えた。

「陛下、正直に申し上げます」

「申してみよ」

「完全な覚悟ができているとは言えません」

リオンが心配そうな顔をしたが、私は続けた。

「でも、この国のため、そしてリオンのために、最善を尽くす覚悟はあります」

「ほう」

「私は転生者として、この世界で第二の人生を歩んでいます」

皇帝陛下の目が少し驚いたように見えた。

「その人生を、より良いものにするために、そして周りの人たちの幸せのために使いたいと思っています」

「なるほど」

皇帝陛下は頷いた。

「それで十分だ」

「陛下?」

「完璧な覚悟など、最初から持っている者はいない」

陛下は微笑んだ。

「大切なのは、責任を受け入れ、成長していく意志があることだ」

「ありがとうございます」

「それより、もう一つ話がある」

皇帝陛下の表情が少し深刻になった。

「実は、婚約式について、気になる情報が入っている」

私とリオンは顔を見合わせた。

「どのような情報でしょうか?」

「反対勢力の動きだ」

陛下は声を低めた。

「アレクサンダーの残党が、まだ諦めていないようだ」

セレナ嬢から聞いた話と同じだった。

「対策は考えているのですか?」

「もちろんだ。警備は大幅に強化する」

「それで十分でしょうか?」

「分からん」

皇帝陛下は正直に答えた。

「相手がどの程度の規模で、どのような手段を使ってくるか、まだ把握しきれていない」

「では…」

「だからこそ、お前たちには十分注意してもらいたい」

陛下は私たちを見た。

「特に、エリーゼ嬢。お前は彼らの標的になりやすい」

「承知しています」

「もし、少しでも危険を感じたら、迷わず逃げろ」

「逃げる?」

「そうだ。式典の成功よりも、お前たちの安全の方が重要だ」

皇帝陛下の言葉に、父親としての愛情が込められていた。

「ありがとうございます、陛下」

その夜、私は自分の部屋で明日の婚約式について考えていた。

美しいドレス、格式高い儀式、そして隠れた危険。

すべてが混在した、複雑な一日になりそうだった。

「まあ、何が起きても対処するしかないね」

私は窓の外を見た。明日は晴れる予報だった。

転生者の人生で、最も重要な日の一つが、ついに始まろうとしている。

どんな展開が待っているにせよ、私は準備ができていた。

前世の経験と、この世界で培った知識を活かして、すべてを乗り越えてみせよう。

「さあ、明日はどんな一日になるかな」

私は小さく呟いて、ベッドに向かった。

運命の日が、もうすぐやってくる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日7時•19時に更新予定です。

目覚めたら大好きなアニメの悪役令嬢でしたが、嫌われないようにしただけなのに全員から溺愛されています

月影みるく
恋愛
目を覚ましたら、大好きだったアニメの世界。 しかも私は、未来で断罪される運命の悪役令嬢になっていた。 破滅を回避するために決めたことはただ一つ―― 嫌われないように生きること。 原作知識を頼りに穏やかに過ごしていたはずなのに、 なぜか王族や騎士、同年代の男女から次々と好意を向けられ、 気づけば全員から溺愛される状況に……? 世界に一人しかいない光属性を持つ悪役令嬢が、 無自覚のまま運命と恋を変えていく、 溺愛必至の異世界転生ラブファンタジー。

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

処理中です...