【完結】伯爵令嬢でしたが婚約破棄されたのでどうにか幸せになってみせます

きゅちゃん

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舞踏会

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叔母キャサリンの屋敷での穏やかな、しかし満ち足りた生活が一週間ほど過ぎた頃、エリザベスは少しずつ自分を取り戻しつつあった。

庭での花の手入れや、叔母と一緒に作る素朴な料理は、都会の貴族令嬢としての暮らしでは味わえない新鮮さがあった。刺繍針を手に持つ時間も減り、代わりに土に触れる感触が彼女の心を癒していた。何といっても土はあたたかで太陽のにおいがした。

そんなある日のこと、キャサリンが街の小さな慈善舞踏会にエリザベスを誘った。

「あんた、ずっと籠ってるのも良くないよ。少しは外の空気を吸ってきなさいな。」

良くしてくれている叔母の言葉には逆らえず、エリザベスは手持ちの中からできるだけ控えめな水色のドレスを選んで出かけることにした。派手さはないが、彼女の穏やかな雰囲気にぴったりの装いだった。

舞踏会の会場は、王都の上級貴族や王宮のような豪華なものとは違い、裕福な町民や下級貴族が集まるこぢんまりとしたホールだった。

参加はしたものの、特に知り合いがいるわけでもなくそもそも引っ込み思案なエリザベスにとって、舞踏会はさほど楽しめるとは思えなかった。エリザベスはおとなしく壁際に立ち、田舎なりに趣向を凝らした賑やかな音楽と、楽しげな笑い声を眺めていた。

すると、視線の先に、見覚えのある金髪が映った。またしてもリリアン・ハートフィールドだ。彼女はこの前見たのとはまた別の華やかな赤いドレスに身を包み、数人の令嬢たちを引き連れて高い笑い声を上げていた。

エリザベスは目を逸らそうとしたが、リリアンがこちらに気づき、というか、エリザベスが来るのを待ち構えていたのだろう。にやりと笑って近づいてきた。  

「まあ、エリザベスじゃない。こんな場末の舞踏会にいそいそ1人で来るなんて、婚約破棄で落ちぶれたのかしら?もう新しい男を探しに来たの?」

「そういうわけでは...」

「そうよねぇ。いくら田舎でもあんたよりかわいい子はそれなりにいるものね。ま、私はどうしても出てくれとここの領主が拝むものだから仕方なく来てあげたのだけれど...」

リリアンの声はわざと周囲に響くように大きく、周りの視線がエリザベスに集まった。彼女は唇を噛み、両手をぎゅっと握り合わせた。反論したい気持ちが湧いたが、言葉が喉で詰まって出てこなかった。

「リチャードと私は来月、正式に婚約する予定なの。ねえ、彼が私を選んだ理由、分かるでしょう? あんたみたいな地味な子じゃ、彼の隣に立つ資格なんてないもの。」  

リリアンは扇子を広げて口元を隠し、嘲るように笑った。彼女の取り巻きたちもくすくすと笑い、エリザベスは顔が熱くなるのを感じた。恥ずかしさと悔しさが混じり合い、逃げ出したくなったその瞬間――。

「失礼だが、君の言葉はあまりにも品がないね」  

聞き覚えのある低く落ち着いた声が響き、エリザベスとリリアンの間に割って入る人影があった。

アレクサンダー・グラントだ。彼は黒の近衛騎兵少佐の凛々しい第一種礼装に身を包み、あの優しくも鋭い灰色の瞳でリリアンを見据えていた。

「な、何? あんた、誰よ?」  

どぎまぎしたリリアンが眉を上げて反論すると、アレクサンダーは軽く肩をすくめた。  

「これは失礼、僕はグラント公爵家のアレクサンダーだ。君がほんとうにハートフィールド男爵令嬢なら、僕の名くらいは知ってるだろう? それとも、礼儀作法を学ぶ前に舞踏会に飛び出したのかな?」  

その痛烈な皮肉の込められた言葉に、リリアンの顔が一瞬赤く染まった。グラント家の名は貴族なら誰もが知る名門で、家格で言えば彼女のような新興貴族が太刀打ちできるような相手ではない。

リリアンは何か言い返そうとして口を開きかけたが、アレクサンダーが一歩前に出ると、言葉を飲み込んで下がった。

「エリザベス、ここの空気はずいぶんと悪いみたいだ。外で少し休まないか?」  

アレクサンダーはリリアンを無視するように颯爽と背を向け、優雅な仕草でエリザベスに手を差し出した。突然のできごとに彼女は呆然としながらも咄嗟にその手を取り、会場を後にした。周囲のざわめきが遠ざかり、ホールの外の静かな庭に出ると、エリザベスはようやく息をついた。

「ありがとう、アレクサンダー様……私、なんてお礼を言えばいいか……。」  

「そんな堅苦しい呼び方はやめてくれ。アレクでいい。それに、お礼なんて必要ないよ。あんな輩に絡まれる君を見過ごせなかっただけだ。」  

彼はそう言って軽く笑い、庭のベンチに腰掛けるよう促した。エリザベスが隣に座ると、アレクサンダーは夜空を見上げて呟いた。  

「君はもっと自分を誇っていい。リリアンみたいな下衆な女が何を言おうと、君には彼女にないものがある。」  

「私に……?」  

エリザベスが驚いて聞き返すと、アレクサンダーは彼女をまっすぐ見つめた。  

「優しさと、静かな強さだ。初めて会った時から、君には何か特別なものがあると感じていたよ。」  

その言葉に、エリザベスは胸が熱くなるのを感じた。リチャードにも父にも認められなかった自分を、初めて肯定してくれる人が現れた瞬間だった。

その夜、アレクサンダーに送られて叔母の屋敷に戻ったエリザベスは、彼の優しい言葉を何度も思い返した。リリアンの念の入った嫌がらせは確かに傷ついたが、アレクサンダーがそばにいてくれたことで、彼女の中でたしかに何かが変わり始めていた。自分をただの「大人しい令嬢」と定義していた殻が、少しずつ、しかし確実に剥がれていくようだった。

数日後、アレクサンダーが再びキャサリンの屋敷を訪れた。彼は叔母と何か用事を済ませた後、エリザベスを庭に誘った。  

「君が花の手入れをしてるって聞いてね。少し見せてくれないか?」  

彼の提案に、エリザベスは少し照れながらも頷き、二人で庭を歩いた。率直に言って、アレクサンダーと時間を過ごせることに心が躍る自分がいた。

花の名前や育て方を懸命に説明する彼女を、アレクサンダーは興味深そうに頷きながら聞いていた。そして、ふとした瞬間に彼が言った。  

「エリザベス、君が笑うと、この庭がもっと美しくなるよ。」  

突然の言葉に、彼女は顔を赤らめて俯いた。アレクサンダーは慌てて付け加えた。  

「あ、いや、変な意味じゃない。ただ、その……君が幸せそうだと、なんだか僕まで嬉しいんだ。」  

その不器用な優しさに、エリザベスは小さく笑った。初めて、心から笑えた気がした。
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