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それぞれの道
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エリザベスが叔母キャサリンの屋敷で暮らし始めてから一ヶ月が経った頃、街ではついにリリアン・ハートフィールドとリチャード・クロフォード子爵の婚約が正式に発表された。
王都の社交界ではその華やかなカップルが話題の中心となり、二人が盛大に開いた婚約披露の宴では贅の限りを尽くした装飾と贅沢な料理や美酒で彩られていた。噂では、リリアンが自ら大勢の職人に織らせたとかいう深紅のドレスが会場を圧倒し、リチャードが彼女の手を取りながら満面の笑みを浮かべていたという。
エリザベスはその知らせを叔母から聞いた時、胸に小さな疼きを感じたが、以前ほどの痛みはなかった。リリアンの嘲笑やリチャードの冷たい言葉を思い出すたび、彼女の心は確かに傷ついた。
けれど、叔母の温かな家とアレクサンダーの存在がその傷を少しずつ埋めてくれていた。彼との穏やかな時間――ほとんどが庭での会話だったがーー市場で一緒に買い物をしながら交わす何気ない言葉が、エリザベスに新たな希望を与えていた。
ある日、アレクサンダーがキャサリンの屋敷を訪れ、エリザベスを街の小さな図書館に誘った。
「君が本好きだってキャサリンから聞いたんだ。一緒に何か探してみないか?」
彼の提案に、エリザベスは目を輝かせて頷いた。貴族令嬢としての暮らしでは、本を読む時間はあっても誰かと分かち合うことは少なかった。父も女が本を読むなどと...と良い顔をしなかった。二人は馬車に乗り、街の喧騒を抜けて郊外にある図書館へ向かった。
図書館で古い詩集を手に取ったエリザベスが、ふとその一節を口ずさむと、アレクサンダーが隣で静かに聞き入っていた。
「君の声、すごく素敵だね。もっと読んでほしいくらいだ。」
彼の素直なほめ言葉に、エリザベスは頬を染めて笑った。
「そんな、アレクに褒められると照れます……。」
「照れる君もかわいいよ。」
アレクサンダーがさらりと言ったその一言に、彼女は言葉を失った。彼は慌てて目を逸らし、小さな声で「いや、その、気にするな」と付け加えたが、その不器用さがエリザベスには愛おしく感じられた。
一方、婚姻を果たしたリリアンとリチャードの幸せは、表面上は完璧に見えた。しかし、婚約披露パーティーの裏では、密かに暗雲が忍び寄っていたのだった。リチャードの家柄は政治的に力を持っていたとはいえ、爵位は子爵に過ぎず、派手な政界工作活動で地位を得たため近年は財政難に苦しんでいた。彼が地味なエリザベスとの婚約を解消し、リリアンを選んだ理由は、彼女の父であるハートフィールド男爵が持つ財産にあった。リリアンもまた、リチャードの将来性と容姿に惹かれ、打算的な結婚を望んでいたのだ。
だが、パーティーの翌週、ハートフィールド男爵の事業が王都を震撼させる大規模な詐欺に巻き込まれ、莫大な借金を抱えてしまったことが発覚する。栄華を極めた男爵家の財産は差し押さえられ、傲慢なリリアンは一夜にして「没落令嬢」となった。そうなればリリアンには何の価値もない。ただ美貌の女など王都には掃いて捨てるほどいる。
リチャードは慌てて婚姻を解消しようとしたが、すでに彼の家も男爵家の財政状況に深く異存しており、共倒れの危機に瀕していた。
街では二人の転落が噂となり、リリアンがヒステリックに泣き叫ぶ姿や、リチャードが酒に溺れる様子が目撃された。幸せの絶頂から一転、彼らは貴族社会の笑いものとなり、互いを責め合う関係に堕ちていった。リリアンはかつての華やかさを失い、リチャードはかつての優雅な笑顔を二度と取り戻すことはなかった。
その頃、エリザベスはアレクサンダーと過ごす時間がますます増えていた。ある秋の夕暮れ、二人はキャサリンの庭で紅葉を見ながらゆったりと話をしていた。
「エリザベス、君がここに来てから、僕の中で何かが変わったんだ。」
アレクサンダーが突然切り出すと、エリザベスは驚いて彼を見上げた。
「僕はずっと、貴族のしがらみや偽りの社交が嫌いで、脇目も振らずに自分の道を歩いてきた。でも、君と会ってから、誰かと一緒に未来を描くのも悪くないって思うようになったんだ。」
彼の灰色の瞳は真剣で優しく、暖かな冬の日差しを感じさせた。エリザベスは胸が高鳴るのを感じた。
「アレク、私……私なんかがそばにいてもいいんでしょうか?」
「何を言うのさ。君だからいいんだ。」
アレクサンダーはそう言って、そっと彼女の手を取った。その温かさに、エリザベスは涙が溢れそうになるのを堪えた。リチャードに捨てられた時、自分にはなんの価値もないと思っていた。でも、アレクサンダーの言葉とまなざしが、彼女に新しい自信と希望を与えてくれた。
「エリザベス、僕と一緒にいてほしい。君を幸せにしたいんだ。」
彼の真摯な告白に、エリザベスは小さく頷いた。
「私も、アレクと一緒にいたいです。」
二人は紅葉の下で静かに見つめ合い、初めてはっきりと互いの気持ちを確かめ合った。それはまことの愛情と呼ぶにふさわしい真摯な想いだった。
数ヶ月後、エリザベスとアレクサンダーは小さな結婚式を挙げた。実を言えばグラント公爵家の反対はもちろんあったが、アレクサンダーの強い意志と実は王宮の有力者たちに強いコネクションを持っていたキャサリンの密かな後押しで、二人は自分たちの幸せを掴んだ。
式は派手さこそなかったが、叔母の庭で育てた花々が飾られ、親しい人々だけが集う温かなものだった。エリザベスは、すっかり街の人々たちにも愛されていた。それゆえ、平民たちも貴族たちと変わりなく宴席に連なるという異色さだったが、誰もが2人のことを心底祝福していたので、平和で穏やかな無礼講となった。
リリアンとリチャードは、もはや誰にも顧みられず、爵位を売り払ったお金でどうにか街の片隅で細々と暮らしていた。かつての輝くような美貌は失われ、彼らは互いに憎しみを募らせるだけの存在となっていた。
一方、エリザベスはアレクサンダーと共に、貴族の枠を超えた自由で穏やかな生活を築いていった。彼女は刺繍枠を手にすることは減ったが、庭で花を育て、アレクと詩を読み合う日々に心からの幸せを見出していた。
王都の社交界ではその華やかなカップルが話題の中心となり、二人が盛大に開いた婚約披露の宴では贅の限りを尽くした装飾と贅沢な料理や美酒で彩られていた。噂では、リリアンが自ら大勢の職人に織らせたとかいう深紅のドレスが会場を圧倒し、リチャードが彼女の手を取りながら満面の笑みを浮かべていたという。
エリザベスはその知らせを叔母から聞いた時、胸に小さな疼きを感じたが、以前ほどの痛みはなかった。リリアンの嘲笑やリチャードの冷たい言葉を思い出すたび、彼女の心は確かに傷ついた。
けれど、叔母の温かな家とアレクサンダーの存在がその傷を少しずつ埋めてくれていた。彼との穏やかな時間――ほとんどが庭での会話だったがーー市場で一緒に買い物をしながら交わす何気ない言葉が、エリザベスに新たな希望を与えていた。
ある日、アレクサンダーがキャサリンの屋敷を訪れ、エリザベスを街の小さな図書館に誘った。
「君が本好きだってキャサリンから聞いたんだ。一緒に何か探してみないか?」
彼の提案に、エリザベスは目を輝かせて頷いた。貴族令嬢としての暮らしでは、本を読む時間はあっても誰かと分かち合うことは少なかった。父も女が本を読むなどと...と良い顔をしなかった。二人は馬車に乗り、街の喧騒を抜けて郊外にある図書館へ向かった。
図書館で古い詩集を手に取ったエリザベスが、ふとその一節を口ずさむと、アレクサンダーが隣で静かに聞き入っていた。
「君の声、すごく素敵だね。もっと読んでほしいくらいだ。」
彼の素直なほめ言葉に、エリザベスは頬を染めて笑った。
「そんな、アレクに褒められると照れます……。」
「照れる君もかわいいよ。」
アレクサンダーがさらりと言ったその一言に、彼女は言葉を失った。彼は慌てて目を逸らし、小さな声で「いや、その、気にするな」と付け加えたが、その不器用さがエリザベスには愛おしく感じられた。
一方、婚姻を果たしたリリアンとリチャードの幸せは、表面上は完璧に見えた。しかし、婚約披露パーティーの裏では、密かに暗雲が忍び寄っていたのだった。リチャードの家柄は政治的に力を持っていたとはいえ、爵位は子爵に過ぎず、派手な政界工作活動で地位を得たため近年は財政難に苦しんでいた。彼が地味なエリザベスとの婚約を解消し、リリアンを選んだ理由は、彼女の父であるハートフィールド男爵が持つ財産にあった。リリアンもまた、リチャードの将来性と容姿に惹かれ、打算的な結婚を望んでいたのだ。
だが、パーティーの翌週、ハートフィールド男爵の事業が王都を震撼させる大規模な詐欺に巻き込まれ、莫大な借金を抱えてしまったことが発覚する。栄華を極めた男爵家の財産は差し押さえられ、傲慢なリリアンは一夜にして「没落令嬢」となった。そうなればリリアンには何の価値もない。ただ美貌の女など王都には掃いて捨てるほどいる。
リチャードは慌てて婚姻を解消しようとしたが、すでに彼の家も男爵家の財政状況に深く異存しており、共倒れの危機に瀕していた。
街では二人の転落が噂となり、リリアンがヒステリックに泣き叫ぶ姿や、リチャードが酒に溺れる様子が目撃された。幸せの絶頂から一転、彼らは貴族社会の笑いものとなり、互いを責め合う関係に堕ちていった。リリアンはかつての華やかさを失い、リチャードはかつての優雅な笑顔を二度と取り戻すことはなかった。
その頃、エリザベスはアレクサンダーと過ごす時間がますます増えていた。ある秋の夕暮れ、二人はキャサリンの庭で紅葉を見ながらゆったりと話をしていた。
「エリザベス、君がここに来てから、僕の中で何かが変わったんだ。」
アレクサンダーが突然切り出すと、エリザベスは驚いて彼を見上げた。
「僕はずっと、貴族のしがらみや偽りの社交が嫌いで、脇目も振らずに自分の道を歩いてきた。でも、君と会ってから、誰かと一緒に未来を描くのも悪くないって思うようになったんだ。」
彼の灰色の瞳は真剣で優しく、暖かな冬の日差しを感じさせた。エリザベスは胸が高鳴るのを感じた。
「アレク、私……私なんかがそばにいてもいいんでしょうか?」
「何を言うのさ。君だからいいんだ。」
アレクサンダーはそう言って、そっと彼女の手を取った。その温かさに、エリザベスは涙が溢れそうになるのを堪えた。リチャードに捨てられた時、自分にはなんの価値もないと思っていた。でも、アレクサンダーの言葉とまなざしが、彼女に新しい自信と希望を与えてくれた。
「エリザベス、僕と一緒にいてほしい。君を幸せにしたいんだ。」
彼の真摯な告白に、エリザベスは小さく頷いた。
「私も、アレクと一緒にいたいです。」
二人は紅葉の下で静かに見つめ合い、初めてはっきりと互いの気持ちを確かめ合った。それはまことの愛情と呼ぶにふさわしい真摯な想いだった。
数ヶ月後、エリザベスとアレクサンダーは小さな結婚式を挙げた。実を言えばグラント公爵家の反対はもちろんあったが、アレクサンダーの強い意志と実は王宮の有力者たちに強いコネクションを持っていたキャサリンの密かな後押しで、二人は自分たちの幸せを掴んだ。
式は派手さこそなかったが、叔母の庭で育てた花々が飾られ、親しい人々だけが集う温かなものだった。エリザベスは、すっかり街の人々たちにも愛されていた。それゆえ、平民たちも貴族たちと変わりなく宴席に連なるという異色さだったが、誰もが2人のことを心底祝福していたので、平和で穏やかな無礼講となった。
リリアンとリチャードは、もはや誰にも顧みられず、爵位を売り払ったお金でどうにか街の片隅で細々と暮らしていた。かつての輝くような美貌は失われ、彼らは互いに憎しみを募らせるだけの存在となっていた。
一方、エリザベスはアレクサンダーと共に、貴族の枠を超えた自由で穏やかな生活を築いていった。彼女は刺繍枠を手にすることは減ったが、庭で花を育て、アレクと詩を読み合う日々に心からの幸せを見出していた。
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