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第3話 聖女の秘密と初めてのデート
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魔物退治から三日後。私は城の庭園で一人、薔薇の手入れをしていた。
正確には、手入れをしているふりをしていた。聖女らしい優雅な趣味として、庭仕事は欠かせない演技の一つだ。
「ルーナ様」
聞き慣れた声に振り返ると、アルベルトが立っていた。今日の彼はいつもより表情が柔らかい。
「アルベルト様、お疲れ様です」
彼が近づいてくる。心臓がドキドキする。この三日間、彼のことばかり考えていた。
恋って、こんなに苦しいものなんだろうか。
「実は、お願いがあります」
「はい、何でしょう?」
「明日、街の視察にお付き合いいただけませんか? 魔物襲撃の被害状況を確認したいのですが、聖女様にも現状を把握していただきたくて」
要するに——デート?
いや、違う。仕事だ。でも、二人きりで街を歩くなんて......
「も、もちろんです!」
声が上ずってしまった。慌てて咳払いをする。
「ありがとうございます。それでは、明日の午後にお迎えに参ります」
アルベルトが軽く頭を下げて去っていく。その後ろ姿を見送りながら、私は頬を押さえた。
熱い。顔が真っ赤になっているに違いない。
(初めてのデート......じゃなくて、視察よ、視察!)
翌日、私は朝から大慌てだった。
「アンナ、この服はどうかしら?」
「素敵ですが、昨日も同じことを聞かれましたよ」
侍女のアンナが苦笑いを浮かべる。そう、私は朝から何度も着替えを繰り返していた。
聖女らしく上品でありながら、でもちょっと可愛らしく見えるドレスを......
「ルーナ様、もしかして——」
「な、何でもないの! ただの視察よ!」
結局、淡い水色のドレスに決めた。アルベルトの瞳の色に似ているから......なんて理由は、絶対に言えない。
約束の時間に、彼が迎えに来た。
「お美しいですね、ルーナ様」
その一言で、朝からの苦労が全て報われた気がした。
街に出ると、復旧作業が進んでいた。魔物に壊された建物は修理され、人々の表情も明るい。
「皆さん、頑張っていらっしゃいますね」
「ええ。あの日のルーナ様の活躍が、みんなの励みになっているようです」
アルベルトの言葉に、複雑な気持ちになる。私は何もしていないのに......
「あ、聖女様!」
街角で、あの日治療した少年を見つけた。彼は元気よく駆け寄ってくる。
「おかげさまで、もうすっかり元気です!」
少年が嬉しそうに笑う。その笑顔を見ていると、嘘をついていることの罪悪感が和らいだ。
結果的に、この子を助けることができた。それで十分なのかもしれない。
「それは良かった。でも、もう危険な場所には近づかないでね」
「はい、聖女様!」
少年が去った後、アルベルトが呟いた。
「あなたは本当に、人を愛する心をお持ちですね」
「え?」
「普通の聖女なら、もっと距離を置くものです。でも、あなたは違う。心から人々のことを思っている」
彼の言葉が胸に刺さる。私は嘘つきなのに、彼は私を高く評価してくれている。
この人を騙し続けるなんて——
「アルベルト様......」
「はい?」
一瞬、全てを話してしまいたい衝動に駆られた。でも、その時——
「きゃー!」
近くで女性の悲鳴が上がった。見ると、果物屋の前で老婆が倒れている。
「急病のようです!」
私たちは急いで駆け寄った。老婆は意識を失っている。
「どなたか、治癒魔法を!」
周囲の人々が慌てている。当然、私に期待の視線が向けられる。
(どうしよう......)
治癒魔法なんて使えない。でも、何かしなければ——
「ルーナ様、お願いします!」
アルベルトも私を見つめている。その瞳には、絶対的な信頼が込められていた。
私は老婆のそばにひざまずいた。手を額に当てて、魔法を使うふりをする。実際は、脈拍を確認していた。
幸い、命に別状はなさそうだ。おそらく熱中症による脱水症状。
「水を! それから、日陰に運んで」
私の指示で、人々が動き始める。老婆を涼しい場所に移し、水分を補給させる。
しばらくすると、老婆の意識が戻った。
「あら......私は......」
「大丈夫です、おばあさん。でも、もう少し休んでいてくださいね」
「ありがとうございます、聖女様......」
老婆が涙を流しながら感謝する。
またしても、魔法を使わずに人を助けることができた。罪悪感はあるけれど、結果的には良かったのかもしれない。
「素晴らしい判断でした」
アルベルトが私を見つめている。
「治癒魔法だけでなく、的確な応急処置......あなたは本当に特別な方ですね」
その言葉が、胸に深く刺さった。
特別? 私が? 嘘つきの私が?
帰り道、夕日が二人の影を長く伸ばしていた。
「今日は、ありがとうございました」
「こちらこそ。とても有意義な時間でした」
城の門の前で、アルベルトが立ち止まった。
「ルーナ様」
「はい?」
彼が一歩近づく。心臓が止まりそうになった。
「あなたと過ごす時間は......とても心地よいです」
その瞬間、世界が止まったように感じた。
夕日に照らされた彼の横顔が、あまりにも美しくて——
「私も......です」
思わず呟いていた。これは演技じゃない。本当の気持ちだった。
その夜、ベッドの中で私は天井を見つめていた。
今日一日のことを思い返すと、胸がキュンキュンする。これが恋なんだと、やっと理解した。
でも同時に、罪悪感も深くなっていく。
彼は偽物の私を愛そうとしている。本当の私を知ったら、きっと失望するだろう。
(それでも......もう少しだけ、この幸せな時間を続けていたい)
偽物の聖女の、偽物ではない恋心。
この矛盾した想いを、どうすればいいのだろう。
正確には、手入れをしているふりをしていた。聖女らしい優雅な趣味として、庭仕事は欠かせない演技の一つだ。
「ルーナ様」
聞き慣れた声に振り返ると、アルベルトが立っていた。今日の彼はいつもより表情が柔らかい。
「アルベルト様、お疲れ様です」
彼が近づいてくる。心臓がドキドキする。この三日間、彼のことばかり考えていた。
恋って、こんなに苦しいものなんだろうか。
「実は、お願いがあります」
「はい、何でしょう?」
「明日、街の視察にお付き合いいただけませんか? 魔物襲撃の被害状況を確認したいのですが、聖女様にも現状を把握していただきたくて」
要するに——デート?
いや、違う。仕事だ。でも、二人きりで街を歩くなんて......
「も、もちろんです!」
声が上ずってしまった。慌てて咳払いをする。
「ありがとうございます。それでは、明日の午後にお迎えに参ります」
アルベルトが軽く頭を下げて去っていく。その後ろ姿を見送りながら、私は頬を押さえた。
熱い。顔が真っ赤になっているに違いない。
(初めてのデート......じゃなくて、視察よ、視察!)
翌日、私は朝から大慌てだった。
「アンナ、この服はどうかしら?」
「素敵ですが、昨日も同じことを聞かれましたよ」
侍女のアンナが苦笑いを浮かべる。そう、私は朝から何度も着替えを繰り返していた。
聖女らしく上品でありながら、でもちょっと可愛らしく見えるドレスを......
「ルーナ様、もしかして——」
「な、何でもないの! ただの視察よ!」
結局、淡い水色のドレスに決めた。アルベルトの瞳の色に似ているから......なんて理由は、絶対に言えない。
約束の時間に、彼が迎えに来た。
「お美しいですね、ルーナ様」
その一言で、朝からの苦労が全て報われた気がした。
街に出ると、復旧作業が進んでいた。魔物に壊された建物は修理され、人々の表情も明るい。
「皆さん、頑張っていらっしゃいますね」
「ええ。あの日のルーナ様の活躍が、みんなの励みになっているようです」
アルベルトの言葉に、複雑な気持ちになる。私は何もしていないのに......
「あ、聖女様!」
街角で、あの日治療した少年を見つけた。彼は元気よく駆け寄ってくる。
「おかげさまで、もうすっかり元気です!」
少年が嬉しそうに笑う。その笑顔を見ていると、嘘をついていることの罪悪感が和らいだ。
結果的に、この子を助けることができた。それで十分なのかもしれない。
「それは良かった。でも、もう危険な場所には近づかないでね」
「はい、聖女様!」
少年が去った後、アルベルトが呟いた。
「あなたは本当に、人を愛する心をお持ちですね」
「え?」
「普通の聖女なら、もっと距離を置くものです。でも、あなたは違う。心から人々のことを思っている」
彼の言葉が胸に刺さる。私は嘘つきなのに、彼は私を高く評価してくれている。
この人を騙し続けるなんて——
「アルベルト様......」
「はい?」
一瞬、全てを話してしまいたい衝動に駆られた。でも、その時——
「きゃー!」
近くで女性の悲鳴が上がった。見ると、果物屋の前で老婆が倒れている。
「急病のようです!」
私たちは急いで駆け寄った。老婆は意識を失っている。
「どなたか、治癒魔法を!」
周囲の人々が慌てている。当然、私に期待の視線が向けられる。
(どうしよう......)
治癒魔法なんて使えない。でも、何かしなければ——
「ルーナ様、お願いします!」
アルベルトも私を見つめている。その瞳には、絶対的な信頼が込められていた。
私は老婆のそばにひざまずいた。手を額に当てて、魔法を使うふりをする。実際は、脈拍を確認していた。
幸い、命に別状はなさそうだ。おそらく熱中症による脱水症状。
「水を! それから、日陰に運んで」
私の指示で、人々が動き始める。老婆を涼しい場所に移し、水分を補給させる。
しばらくすると、老婆の意識が戻った。
「あら......私は......」
「大丈夫です、おばあさん。でも、もう少し休んでいてくださいね」
「ありがとうございます、聖女様......」
老婆が涙を流しながら感謝する。
またしても、魔法を使わずに人を助けることができた。罪悪感はあるけれど、結果的には良かったのかもしれない。
「素晴らしい判断でした」
アルベルトが私を見つめている。
「治癒魔法だけでなく、的確な応急処置......あなたは本当に特別な方ですね」
その言葉が、胸に深く刺さった。
特別? 私が? 嘘つきの私が?
帰り道、夕日が二人の影を長く伸ばしていた。
「今日は、ありがとうございました」
「こちらこそ。とても有意義な時間でした」
城の門の前で、アルベルトが立ち止まった。
「ルーナ様」
「はい?」
彼が一歩近づく。心臓が止まりそうになった。
「あなたと過ごす時間は......とても心地よいです」
その瞬間、世界が止まったように感じた。
夕日に照らされた彼の横顔が、あまりにも美しくて——
「私も......です」
思わず呟いていた。これは演技じゃない。本当の気持ちだった。
その夜、ベッドの中で私は天井を見つめていた。
今日一日のことを思い返すと、胸がキュンキュンする。これが恋なんだと、やっと理解した。
でも同時に、罪悪感も深くなっていく。
彼は偽物の私を愛そうとしている。本当の私を知ったら、きっと失望するだろう。
(それでも......もう少しだけ、この幸せな時間を続けていたい)
偽物の聖女の、偽物ではない恋心。
この矛盾した想いを、どうすればいいのだろう。
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