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完成されたシナリオ その3
しおりを挟む「百歩譲って絵本要素はパラ漫でクリアとして、
他はどうするよ?」
「人にばっかり聞かないの。
少しはお兄ちゃんもアイデア出してよ」
聖は足の爪先で俺の膝元を軽く蹴った。
「じゃあ、主人公の年齢は鉄板の高校生くらいで…」
「童話とか経済のテーマはどうするの?」
「こ、高校中退して八百屋で働いてる事にする」
「童話なのにそんな苦労人が主人公っ?!」
「子供達に労働の喜びを教える事も立派な教育だ。
マッチ売りの少女だってあの歳で働いてるしな」
「…それってただの屁理屈じゃ?
不肖の兄の代わりに童話作家さん達に土下座したい気分」
聖は頭を抱えて項垂れた。
「そしてその主人公が幕末にタイムスリップする」
「出た、使い古された幕末タイムスリップ」
「言うな、言うな。
誰が聞いてるか解んねーんだぞ?
これで歴史とSFもクリア」
「ねぇ、お兄ちゃん。
ファンタジーはどうするの?」
そのテーマをすっかり失念していた。
江戸時代末期にファンタジー要素などあるだろうか?
いや、ない。
教科書通りの自問自答をした俺だったが、閃きと共にすぐに考えを改めた。
「登場人物を全部、動物にしよう」
「えぇっ?!」
聖の刺すような視線が痛い。
「それなら童話要素もクリアだし、江戸時代でありながらファンタジーの世界観にも繋げられる」
そうだ、この方法しかない。
俺はキーボードを叩いて思い付いたアイデアを文章に起こした。
「恋愛とかBLはどうするの?
雄犬同士の交尾で興奮する腐女子は滅多にいないと思うけど」
聖が怖い顔で俺に詰め寄った。
「心配するな。
動物と言っても猫耳に尻尾とか、その程度。
所謂、獣人ってヤツだ」
「高校中退して八百屋をしてる少年が、江戸時代にタイムスリップした拍子に獣人になって同性と恋に落ちる?」
「纏めるとそうなるのかな。
江戸時代の八百屋で働いてるバイセクシャルな獣人の所にUFOがやってくる話でもいいけど」
「…まさに混沌の渦ね」
「ソースの代わりにコーラをブッかけた『たこ焼き』を無理やり口に押し込まれる感じだよな」
もはやインパクトと言うより破壊力と呼ぶべきか。
そこだけは最強のように思えてならないが、コーラたこ焼きを読者が好んで食べるとは到底思えなかった。
「…やっぱ、辞める?」
聖もそう感じたのか、顔を俯かせたままで俺に問い掛けた。
「辞めねーよ。
どうせ、こちとら才能なんて皆無の凡人様だかんな。
無茶でも無理でも押し通さなきゃ、夢なんて永遠に叶わねーんだ」
運動もダメ、勉強もダメ、クラスの明るい人気者って訳でもない。
居ても居なくても気にも止められない俺の人生に意味なんてあんのか?
そう考えた事なんて数知れねぇ。
だから、好きな事くらいは誰にも負けたくない。
好きな事くらいは、好きなようにやってみたい。
才能があろうと無かろうと、そんなもん関係ない。
それが自分の生きてる理由だからだ。
精一杯書いて駄作でも、誰にどれだけ笑われたっていい。
それでも俺は、俺の書きたい物を書く。
伝えたい物を伝える。
死に物狂いになってでも、この世界に伝えたいものがあるんだ。
「…解ったよ、お兄ちゃん。
だからもう、そんな辛そうな顔しないで」
聖が俺の肩にそっと手を置いた。
妹の掌から発せられた体温以上に温かい想いが、俺の全身を包んでいく。
どんなにデキの悪い兄妹でも、俺がお前の兄貴で、お前が俺の妹で、そうで良かったって本当に思うよ、聖。
「サスペンスとホラーはミステリアスな宇宙人を出せば何とかなりそうだね。
あとは現代文学。
純文学風の難しい文体をどうするか、だけど…」
「なぁ、聖。
純文学ってそんなに偉いもんか?」
俺は何気なく妹に尋ねた。
物書きの癖にほとんど読書をしない俺にとって、純文学と聞いてもいまいちピンと来なかったからだ。
「うぅーん。
聖も詳しく説明できる訳じゃないけど、フランス映画みたいな感じの作風が多いかも」
「あの下手な睡眠導入剤より強烈なヤツか」
「淡々と日常を綴ったり、主人公の行動や性格に一貫性が無かったり、抒情詩的な表現が用いられていたり、どこか高尚で独特な世界観なんだよね」
「そんな万年タキシードしか着ない変人みたいなモンが、カジュアルコーデの童話や絵本、大衆娯楽の語り口と共存出来ると思うか?」
「…仲間外れ」
聖はそこまで言って口を閉じた。
「何だ?
最後まで言えよ」
なにも言い辛い話題じゃない筈だ。
俺は聖の次の言葉を待った。
「…あのね。
お兄ちゃんが『コイツは仲間外れだ』って思ってたら、純文学の心はお兄ちゃんには永遠に開かれないと思う」
「いや、だってお前。
まさかBLと純文学を等価値に扱えってのか?」
そんな事をすれば読者にバカにされるどころの話じゃない。
下手をすればプロアマ問わず作家全員から、冒涜だ何だのと辛辣なバッシングを受けてしまうだろう。
「純文学はライトに偏りがちな現代の文芸作品において誤解され、本来の姿を見失い、他ジャンルの人気に押されて死にかけてるの。
だからこそ、お兄ちゃんみたいなヘボ作家の不純力で寄り添ってあげるべきなんだよ」
「不純力って、お前。
言うに事欠いて変な日本語使うんじゃないよ」
まぁ、聖の言いたい事は理解できた。
要は堅苦しく考えてたり表現方法で敬遠せず、それぞれの個性や長所を受け入れろって事だろう。
「子供にも解りやすい言葉で純文学風の芸術性豊かな文章を書く。
そこにエロ要素やホラー、ミステリーも加える、か。
妹よ、俺みたいな低脳に出来ると思うか?」
「絶対できるよ。
お兄ちゃん、天才的にバカだもんっ!」
ものすごい笑顔だ。
妹から国民的漫画作品のような誉め言葉を頂いた俺は、しばらく目を閉じて思考時間に入った。
特別な事をする事だけが、現代文学への道ではない筈だ。
大切なのは独り善がりにも似た瑞々しい感性。
そして読者がそんな暴挙を受け入れてくれるかどうか。
いや、誰一人受け入れなくても一向に構わないと思えるほどの独自世界の構築か。
読者に媚びる迎合主義では絶対に辿り着けない境地。
それこそが現代文学、つまりは純文学の根幹を支えているものの正体だろう。
「何となく俺なりに掴めてきた気がする。
聖は細かく千切ったノートの切れ端を空へと放り投げた。
十年分の夢の破片は羽のない蝶となり、やがて寂寞たる郷里へと舞い降りて、失われた景色に春の彩りを再びもたらす事だろう。
こんな感じで良いんかな?」
「全然ダメ、十三点。
でもそれっぽさは出てるんじゃないかな?」
「聖様。
お褒めのお言葉、有り難う御座います」
「うむ。
でもそれじゃ児童書の文体にならないよ?」
「極端に言ってしまえば、純文学とは平坦な道端に落ちてる石ころをダイヤモンドとすり替える錬金術。
何も全編を通して今の感じで進める必要はないと思うんだ。読者が忘れかけた頃に顔を覗かせるくらいで良い」
こんなものは純文学でもなんでもないと人から罵られようと、俺がそう意図して書いた作品ならそれは純文学なのだ。
「…これで全ブッ込み完了だ。
少し練り直すわ…よし、終わった!」
「はやっ?!」
「妹よ、兄は散らかった部屋を片付けるのは不得手だが、話の筋を整理するのは得意なのだ」
俺はノートパソコンにプロットを書き出した。
┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋
タイトル
『穴掘る人々~大江戸青春掘りモノ帖~』
◆主人公
アナホル アナグマ族の少年
獣人高等学校を中退し、実家の八百屋で働いている。
穴を掘るのが好き。
◆ヒロイン(男)
堀部安兵衛(ほるべ あんべえ)
堀部安兵衛(ほりべ やすべえ)のそっくりさん。
穴を掘るのが好き。
宇宙人になぜか命を狙われている。
◆ヒロイン(女)
アナンダ アナグマ族の少女
獣人高等学校に通う十六歳。
密かに片想いしているアナホルの為に経営学を学んでいる。
穴を掘るのが好き。
◆ライバル
八百井さん 江戸時代の八百屋
タイムスリップで江戸の町に引っ越してきたアナホルに、敵対心を燃やす。
穴を掘るのが好きではない。
◆敵
宇宙人
江戸の町に飛来したUFOの持ち主。
安兵衛の命をつけ狙う。
彼の友人を牛と間違えてキャトルミューティレーションっぽく殺してしまう。
穴を掘るのが好き。
◆愉快な仲間たち
ニンジンくん
江戸時代のニンジン。
アナホルのよき理解者にしてニンジン。
掘る事はできないが掘る手伝いはできる。
ナスビさん
江戸時代のナスビ。
アナンダのよき理解者にしてナスビ。
掘る事はできないが掘る手伝いはできる。
徳川慶喜
時代劇っぽさを出す為だけに登場する徳川家最後の将軍。
穴を掘るのが好きかどうかは解らない。
あらすじ
江戸時代にタイムスリップした十六歳の獣人族、アナホルとアナンダは、もとの世界に戻る日を夢見てとりあえず八百屋を開いたのだった。
┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋┋
「とまぁ、こんな感じだな」
「…お兄ちゃん」
「何も言うな、妹よ」
(…基本、掘ってるだけの話だ、コレ)
午前零時を過ぎた頃、俺達はパソコンの電源をおとすと深い眠りについたのだった。
おしまい
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