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完成されたシナリオ その2
しおりを挟む「はぁ、はぁ…もうダメ。お兄ちゃん。
聖、我慢できなくて声が出ちゃうっ!」
「ば、バカ。我慢しろ!
誰かに聞こえたらどうすんだ?!」
「…はぁっ、はぁっ」
俺の制止を振りほどくと、聖は思いきり身体を仰け反らせて大きなクシャミをした。
「夜も遅いんだから大声出すんじゃねーよ。
近所迷惑だろ」
「うー。何だか湯冷めしたみたい」
「風邪引く前に着替えて来いって」
「…そうする。
すぐ戻るから待ってて」
聖は鼻水を啜ると自分の部屋へと戻っていった。
ノートパソコンの画面にはたった一行、
『完成されたシナリオ』
と言うタイトルだけが記されている。
「おかえりぃ」
眠たそうに瞼を擦りながら、ピンクのルームウェアに着替えた聖が戻ってきた。
「そこは『ただいまだろ』ってツッコミもダルいからしねーぞ。
とっとと始めよう」
俺はふくれる妹を無視してパソコン画面に向き直った。
コイツの細かいボケにかまけている時間はないのだ。
「妹よ。待ってる間に兄は気付いたぞ。
この十三種類のテーマの攻略法をな」
聖が尊敬の眼差しで俺を見ている、と思ったらスマホ画面をスワイプしていた。
力を貸すとか言ってた癖に、もう飽きたのだろうか。
昔から妹の集中力はズバ抜けているが、それが切れる早さにはもっと驚かされてきた。
今回もそのパターンなら不名誉な記録の更新は確実だ。
「…お兄ちゃんのアレって長いよね?」
妹よ、長くもなければ太くもないぞ。
そして、さっきの俺の台詞は完全にスルーですか。
と心で呟きながら、当然別の意味だろうと聞き返す。
「えーっと、アレとは?」
「小説」
「そ、そか。
俺の書く作品はたしかに長編が多いな」
伝えたい事が半端なく多すぎて、短編で書いたつもりでも長編になってしまう。
才能のないヤツの書く長編ほど、無駄なものなど無いと言うのに困った悪癖だ。
「いま調べてたんだけど、今回はSSにしようよ」
「はあっ?!
いきなり何を言い出しやがりますかね、この妹は。
テーマは十三種類だぞ、十三種類。
SSなんかで収まる訳ねーべ?」
俺は精一杯小バカにした表情で聖を見た。
すると妹にそれ以上の表情でバカにされてしまった。
「逆だよ、逆。
テーマが多いからこそ短い方がいいのっ!」
「…ボロを隠して読者を煙に巻けるからか?」
「ううん。
長くなるほどそれぞれの要素がぶつかって矛盾が増えるから」
「…しかし、妹よ。
さっき気付いたんだが、この十三種類のなかには重複可能なテーマが幾つかある。青春、恋愛、BLなんてまさにそうだろ?十代の男の子同士が危ない関係になったらこの三つはいきなりクリアだ」
そう、俺は先ほどからそれを指摘したかったのだ。
しかし、聖は首を横に振る。
「テーマって言うのはね、お兄ちゃん。
設定をちょっと回収すれば良いって訳じゃないんだよ?
ストーリーの主軸となる部分に常に掛かっていなければいけないの」
たしかに十代の男子達が恋に落ちて危ない関係になった後、いきなり経済の話になったらBLの要素はその時点でなりをひそめてしまうだろう。
それは全ジャンルブッ込み、とは呼べない。
少しずつ色んなジャンルを貼り付けただけのチグハグな作品だ。
となると、どうすれば-?
「まず、お話にするテーマの属性を考えてみようよ」
聖は大学ノートとシャーペンを取り出すと、十三種類のテーマを書き並べた。
以下がそれだ。
絵本(表現法)、児童書・童話(解りやすい文体、噛み砕かれた要素)、現代文学(純文学風の文体、噛み応えのある要素)、歴史・時代(舞台、時代背景)、経済・企業(舞台、ノウハウ)、ミステリー(謎解き要素)、SF(不可思議要素)、ホラー(恐怖要素)、ファンタジー(舞台、冒険要素)、恋愛(ドキドキ要素)、青春(舞台、熱血要素)、大衆娯楽(自由要素、多岐に及ぶ)、BL(アブノーマル要素)。
「大衆娯楽は何でも自由なのか?」
「現代文学と呼ぶほど高尚とは呼べないテーマって括りだろうし、官能小説やマニアックな趣味とか割と大雑把みたいだよ」
「まぁ、それは良くても表現法が『絵本』って時点で不可能に思えてきたぞ」
「どうして?」
聖はふざけている訳ではなく、本当に解らないと言う顔をしている。
「お前なぁ。
俺らに絵本のイラストなんか描けねーだろ」
「パラパラ漫画なら、描ける」
聖は大学ノートに巨大な棒人間を描いた。
「これを少しずつ動かしてページの背景にするの。
絵本の条件は絵が主な本である事。
つまり、絵を大きく描いて文章を控えめにすればいい」
「それはダメだ。
文章を減らしたら手抜きだと思われる」
「思われない。
お兄ちゃんは足し算する事しか考えてないのね」
そう言うと聖は俺の真横に座り、身体をぴたりと寄せてきた。
柔らかな胸の感触と温もりが密着した俺の腕へと伝わる。
「な、何だ。
からかってんのか、ひじ…」
平静を装って抗議しようとすると、
「たったこれだけの事だってお兄ちゃんは今、色んな事を考えたでしょ?」
聖が俺の顔を見上げて甘い声で囁いた。
エロい妄想は勿論だが、体の具合が悪いのかとか学校生活で何か悩みでもあるのかとか、タチの悪いイタズラを仕掛けてくるつもりじゃないかとか、たしかに俺は妹に対して一瞬で色んな事を考えていた。
「…成る程。
ワンアクションでも効果的な演出さえ出来れば、長文に頼る必要はない訳か」
「そーゆー事」
聖は俺から離れると今度は一番遠い位置、炬燵の対面に腰を下ろした。
「妹よ、今度はまたえらく離れたな」
「実の兄妹でマチガイがあったら大変だからね」
「バカ。
あるかよ、んなモン」
いくら俺が欲求不満でも妹には幸せになって欲しいからな。
そう言うネタは小説のなかだけで充分だと思っている。
壁時計で時刻を見ると、二十一時三十分を少し過ぎていた。
残り二時間半、書き始めなければ間に合わない。
聖が俺の視線に気付き、わずかに不安げな表情を見せる。
「まだ大丈夫だよ。
書きながらどんどんアイデア出してくぞ」
俺の指がキーボードの上でダンスを踊り始めた。
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