公爵家令息の想い人

なこ

文字の大きさ
2 / 3

2

物心ついた時には、すでにリュシエルの心の中に、シュナイダーが棲みついていた。

シュナイダーは幼いリュシエルのことを殊更に可愛がってくれたし、リュシエルは大人になったら、シュナイダーと結ばれるのだと、信じて疑うことはなかった。

幼い子の戯言だと思われていたのだろう。

父もシュナイダーもそんなリュシエルの言葉に微笑ましく頷くだけだったが、リュシエルはいつだって本気だった。

シュナイダーは王弟で、いずれ辺境を治める予定だった。

先王が急逝するまでは。

リュシエルがシュナイダーに幼いながらも、深い想いを告げようとしていた時、その知らせが届いたのだ。

急遽シュナイダーが即位し、シュナイダーは後継問題を避けるために、王妃を娶らないと宣言した。

リュシエル同様、ランスロットのこともシュナイダーは可愛がっていたからだ。

リュシエルは男で、シュナイダーに嫁いでも後継争いの火種を生むことはないはずだったが、シュナイダーはいずれ後を継ぐランスロットの後ろ盾を強化するためと、リュシエルがランスロットと婚約することを望んだ。

それは、リュシエルにとってとても辛い決断だった。

幼い頃から誰よりも強く想いを寄せていた相手から、別の相手と婚約することを望まれたのだから。

リュシエルは忘れることのできない、あの日のことをずっと胸に秘めていた。



慌ただしく即位したシュナイダーが、ある日、公爵家を尋ねてきた。

父からリュシエルの気持ちを尊重すると言われ、リュシエルは疑問に思いながら、シュナイダーの元へと向かった。

「リュシエル、ランスロットはわたしの兄の唯一の子だ。兄は亡くなる直前、ランスロットのことを殊更に心配していた。リュシエルは賢い子だ。リュシエルのような子にランスロットを支えて欲しい。」

俯き、両手を握りしめながら、シュナイダーが告げた言葉をリュシエルは黙って聞いていた。

「…ですが、ぼくが婚約しても、子を宿すとこはできません。」

「…わかっている。後継のために、いずれ側妃を迎え入れることになるだろう。だが、リュシエルが王配になれば、誰よりも強い後ろ盾ができる。ランスロットには、誰よりもリュシエルを大切にするよう進言する。ランスロットとも仲がいいだろう?」

その頃はまだ、リュシエルとランスロットの仲は悪くなかった。

同い年で、家格も釣り合う二人はよく遊んでいた。

ただそれだけだ。

ランスロットへは、それ以上の感情を抱くことはなかった。

「シュナ兄様は、ぼくがランスロット様と婚約したら、嬉しいですか?」

シュナイダーは小さく頷いた。

リュシエルの自分への想いは自覚している。

純粋なリュシエルの想いに、いつか応えるときが来るかもしれないと、考えていたこともある。

同時に、リュシエルの想いは幼子が抱く年上の者への儚い初恋で、いずれ年の近いランスロットと想いを通わせる日々がくるのではないかと、そう思う自分もいた。

癖のないさらさらとした黒髪を肩で切り揃え、淡い紫色の瞳を宿したリュシエルは誰しもが認める公爵家の宝だ。

莫大な財産を持つ公爵家の美しい少年を求め、水面下では既に争奪戦が始まっていた。

リュシエルはそんなシュナイダーの想いなど知る術もない。

「兄様、これはぼくの、独り言です。」

シュナイダーがはっと顔をあげる。

「…ずっと、誰よりもお慕いしているのは、兄様だけです。ずっと。ずっと。
でも、貴族としての役目も理解しています。ただ、ぼくの、想いは、いつだって兄様の元に…それだけは」

ポロリと一粒頬を伝う涙を、シュナイダーの指が掬い上げる。

「…ああ、わかってる。お前の気持ちを知りながら、酷なことを頼んでいることも。」

潤んだ瞳をシュナイダーに向けながら、リュシエルは笑った。

「忘れないで下さい。好きです。誰よりも。ずっと。ぼくは、シュナ兄様をあい…」

リュシエルの吐こうとした言葉を、そっと柔らかなものが塞いだ。

それはほんの僅か、微かに触れた。

リュシエルはそれだけで充分だと思えた。

シュナイダーの望み通り、これから支えるのはランスロットだ。

そして、ランスロットを通して、シュナイダーを支える。

王宮に入れば、シュナイダーがいる。

一度目を閉じ、そしてリュシエルは言った。

「陛下、ランスロット様との婚約を受け入れます。」

シュナ兄様は、もういない。

目の前にいるのは、尊い陛下、ただ一人だ。



学園に入ると、ランスロットはリュシエルのことを殊更に避けるようになった。

いつの間にかリオルと言う表情豊かな伯爵家の養子がランスロットの隣にいることが増え、それが日常の光景となるまでに、時間はかからなかった。

婚姻してしまえば、リュシエルと過ごすことが当たり前になるのだからと、今のうちは交流を広めたいというランスロットの言葉を信じ、リュシエルは別に交流を広めていた。

貴族の令息令嬢、優秀な平民の奨学生、リュシエルが幅広く交流を深める一方で、ランスロットは固定された人々としか交流をしなくなっていた。

王太子と交流を深めたい者は多くいた。さらにいずれ政を担うようになれば必要となる人脈をランスロットは軽視しているように見えた。

リオルと二人の側近候補、それ以外を近付けない。

これではいけないと、リュシエルは何度も苦言を呈した。

さらにリオルの態度も貴族たちの反感を買っていた。

当の本人は、いたって自然で、ランスロットにも悪態をついたり、大声で笑ったり、自由なその姿は、決まりごとの多い貴族の嗜みを教え込まれてきた学生たちの眉を顰めさせた。

平民の奨学生さえ、礼儀や礼節を学んでいた。学園の中で身分は関係ないと言われても、そこには暗黙の了解が存在していた。

昼休みになれば、中庭を占領する。

食堂では王族専用の一室をリオルが嫌がり、皆と同じスペースを広く占領する。

リオルは気兼ねなく誰にでも、ごめん、悪い、ありがとう、などと声をかけていたが、それは隣にランスロットがいたから許されていたことだ。

皆笑顔で答えていたが、伯爵家より格上の学生たちにも気安く話しかける姿は、異常だった。

苦言は全て、リュシエルの元に届き、リュシエルはなんとか皆が心地よく過ごせるよう、常に先回りして行動するしかなかった。

疲れていた。

ランスロットに苦言を呈することも、リオルにそれとなく、自分の置かれている立場を理解させようとすることも、側近候補たちに、彼らの婚約者にもっと心をかけるよう促すことも。

何一つ伝わらず、冷笑され、邪険にされる。

シュナイダーのために、ランスロットを正さなくてはと、強く口出しすれば、逆に浅ましいと罵られた。

どうすればいいんだろう?

シュナイダーと約束したのに。

王配教育で王宮を訪れ、時折シュナイダーに会えることだけが、リュシエルの唯一の生きがいとなっていた。



「リュシエル、変わりはないかい?」


シュナイダーに尋ねられれば、いつだってリュシエルは笑みを浮かべて答えられた。


「はい。陛下。何も問題ありません。つつがなく過ごしております。陛下のおかげです。」


こうしてあなたと会えるなら、ぼくはそれだけで幸せですから。

だから、何の問題もありません。

そう応えるリュシエルを見るシュナイダーの目が、どこか悲しげな様子に、リュシエルは全く気がついていなかった。




くるりと寝返りをうつと、リュシエルは重い瞼を開けた。

いつのまに寝ていたのか、思い出せず、起きあがろうとして、いつもの寝具と違うことに気がつく。

「…ここは、どこ?」

小さく漏れた声を聞き止めたのか、続き間から入ってきた人物に、リュシエルは目を見開いた。

「陛下?」

「目が覚めたのか?もう少し寝ていなさい。もうすぐ夕飯の準備が整う。」

「あの、ぼく…ここは?」

まだ寝ぼけているリュシエルの傍にシュナイダーが腰を下ろすと、薄紫の瞳が揺らめいた。

「ここは、わたしの寝室だ。今日はここで休むといい。」

「…え?」

「もういいんだ、リュー。わたしが悪かった。もう誰にもリューのことは渡さない。だから、安心して、ここで休んでくれ。」

「……え?」

まだポヤポヤとするリュシエルの頭を、昔のようにシュナイダーが撫でると、リュシエルはその心地良さに目を細めた。

「大丈夫。今日は共寝するだけで、何もしないと誓う。まずは、よく食べ、そして、寝るんだ。」

リュシエルのか細い腕を取ると、シュナイダーは、首を振った。

「こんなにか細いリューに、よくもあんな真似を。」

小さく囁く言葉はリュシエルにはよく聞こえない。

「あの、陛下?」

「リュー、二人だけのときは、陛下ではなく、昔のように呼んで欲しい。」

躊躇うリュシエルに、なんとかシュナ兄様と呼ばせると、シュナイダーはようやく満足した様子で部屋を後にした。









感想 3

あなたにおすすめの小説

あなたの愛したご令嬢は俺なんです

久野字
BL
「愛しい令息と結ばれたい。お前の家を金銭援助するからなんとかしろ」 没落寸前の家を救うため、強制的な契約を結ばれたアディル。一年限りで自分の体が令嬢に変わる秘薬を飲まされた彼は、無事に令息と思いを通じ合わせることに成功するが……

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

愛されたいだけなのに

まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。 気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。 しかしまた殺される。 何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる

レイ
BL
「出来損ない」と捨てられた場所は、私の居場所ではありませんでした。 ラングリス王国の第三王子・フィオーレは、王族の証である『聖種の紋様』が現れなかったことで「偽物の番」と罵られ、雪降る国境へと追放される。 死を覚悟した彼の前に現れたのは、隣国アイゼン帝国の「冷徹皇帝」ヴォルフラムだった。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

妹に婚約者を取られるなんてよくある話

龍の御寮さん
BL
ノエルは義母と妹をひいきする父の代わりに子爵家を支えていた。 そんなノエルの心のよりどころは婚約者のトマスだけだったが、仕事ばかりのノエルより明るくて甘え上手な妹キーラといるほうが楽しそうなトマス。 結婚したら搾取されるだけの家から出ていけると思っていたのに、父からトマスの婚約者は妹と交換すると告げられる。そしてノエルには父たちを養うためにずっと子爵家で働き続けることを求められた。 さすがのノエルもついに我慢できず、事業を片付け、資産を持って家出する。 家族と婚約者に見切りをつけたノエルを慌てて追いかける婚約者や家族。 いろんな事件に巻き込まれながらも幸せになっていくノエルの物語。 *ご都合主義です *更新は不定期です。複数話更新する日とできない日との差がありますm(__)m