あまのじゃくの子

栗原みるく

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第39話

田処社長はひと癖あるセクハラ男

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 それから10分後、田処社長が到着した。

 静かにふすまが開くと、上品に姿勢を正し仲居が膝を折り座っている。

 私と春陽はるき社長は座卓テーブルに隣り合わせで座っていた。

「失礼します。田処社長がお見えになりました」

 仲居が低い姿勢を保ちながら気品溢れる洗練された口調で伝える。
 
「通してください」

「承知いたしました」

 そう言って、仲居が少し腰を上げたその時、「あっ」と春陽はるき
 口を開け、何か言いかけたので仲居はその腰をいったん下ろす。

「それと食事も持ってきてください」

「はい、かしこまりました」

 軽く一礼をすると仲居は腰を上げ、静かに部屋を出る。その直後、
 入れ違いに田処社長が入室して来る。

「いやあ、悪い、悪い藤城君、遅れてすまない」

 気さくで明るい感じの声が部屋中に響き渡る。


 田処社長の外見は普通の50代の優しそうなおじさん。

 それが、私の第一印象だった。

「……いえ、どうぞ」

 田処は春陽はるきの隣で座る萌衣にさりげなくチェックを入れた後、
 春陽はるきの前に腰を下ろした。

「彼女は?」
 田処は萌衣に視線を向け、春陽にはるきにそれとなく聞く。

「ああ、秘書です」
 春陽はるきは事業計画プランの書類を黒カバンから取り出しながら答える。

「また、秘書の子、変わったのかね」

「ええ」
 聞き流すように春陽はるきはその事業計画書を田処の前に差し出す。

「前の子、よかったんだがな。美人で色気もあって綺麗な肌をしていたな」
 そう言いながら田処は目の前の書類を受け取りペラペラと目を通した後、
 すぐにそれをテーブルの下に置く。

 
 え…? それって、麗花さんのこと!?


「藤城君、先に食事をしないか」

「そうですね。そろそろ運ばれてくると思います」



 うそ…あの春陽はるき社長が折れた……

 いつもならグイグイ押して書類に印鑑をもらうまでは食事をしなかったのに……。

 でも今日の春陽はるき社長は攻めるよりもどっちかと言えば受け身体制だ。

 いったい、この田処社長って何者なんだろ?


 萌衣に視線を向けた田処社長がニヤリと笑う。

(え? なんか視線を感じるんですけど…気のせい?)

「彼女名前は?」

 田処は萌衣に視線を向けつつ、春陽はるきに聞く。

「……」

 春陽はるきは口籠っている。


 初めて見る春陽はるきの表情に萌衣は咄嗟に自分の名前を口にした。

「ああ、はい、津山萌衣です」

 その間でさえ、萌衣は春陽はるきの視線を気にしている。

「へぇ、萌衣ちゃんか…可愛い名前だね。若く見えるが歳はいくつかね?」

「え、20歳ハタチです」

「ほう、そうかい。そりゃ、いい。楽しみだ」

 

 楽しみ? 何が?


「失礼します」


 仲居の声がした後、襖が開き数名の仲居によって豪勢な食事が運ばれてきた。
 全部、田処が好きな物ばかりだ。


(すごい…食事。麗花さんに聞いて田処社長の好物ばかり用意してもらったけど、
今までの会談相手とは違うような気がする。もしかして、今日の会談はかなり
大きな取引なのではーーー)


 座卓テーブルに全ての食事を並べ終えると、仲居たちは部屋を後にして
 退室していく。

「ああ、ちょっと君…」

 最後の仲居が部屋を出て行く手前で田処が引き止めるように声をかける。

「はい…」
 仲居は田処に視線を向けて立ち止まった。

「焼酎、持ってきてくれるかい」

「え…それは…」
 仲居の視線が春陽はるきに向く。


 酒癖が悪い田処社長のことは料亭の女将、仲居、料理長、板前、従業員の全員が
 知っていた。知らなかったのは秘書になってまもない萌衣だけだった。
 特に度数が高い焼酎を口にすると、田処はハイテンションになり他の取引先との
 会食の席でも女性を無理やりホテルに連れ込むということが幾度もあった。

 なので、春陽はるきは前もって女将に『焼酎はナシで』と忠告していたが、
 本人が頼む場合も考慮して、その時は『薄めに割ってお冷で持ってきてください』
 と打ち合わせをしていた。

 狙った獲物は必ず自分の女にする。善良を装った田処の腹黒さは同じ業界の中じゃ
 もっぱら噂となっている。できれば避けて通りたいが大都会の中心にいる田処を
 避けては通れない。小さな会社はすぐに潰され、結構大きな会社だって何社も
 倒産に追い込んでいる。避けては通れない道筋にある障害物の一つと言っても
 いいだろう。

「持ってきてくれるかい。津山さんと一緒に飲みたいんでね」
 田処は笑顔で目の前にいる仲居に言った。


 仲居は静電気がは走ったみたいにピクッと肩から震えがきた。
 笑顔の先にある田処の視線が冷酷な目をしていたからだ。

 言葉を失うくらい凝固していた仲居は田処の目に『命令に背くな』と
 暗黙知され、怯える仲居の視線の先に映る春陽はるきが軽く頷く。

 逃げ場がないと思った仲居は「はい、承知致しました」と答えるしかなかった。

 春陽はるきに視線を向けた仲居はアイコンタクトを交わし早々と部屋を
 後にしたのだった。

 春陽はるきは意外にも冷静だった。頭の回転は一流並みに常にフル回転している。
 
「田処社長、食事をしながらでもいいので、そろそろ仕事の話を始めませんか。
すみませんがお手元の資料を手にしてもらえますか?」
 春陽はるきがさりげなく口を開く。

「ああ、そうだな。わかったよ。津山さんが隣に来てくれたら考えて
やってもいいが…」
 そう言いながら田処はチラホラと萌衣を見ていた。

 萌衣も田処の視線に感じていたが、気づかない振りをしていた。


「……」

 ふと、萌衣の視線が春陽はるきに向く。

春陽はるき社長が困っている……)


 私は前に麗花さんに聞いたことを思い出した。


 【萌衣の回想】


『麗花さん、来週、田処建設の田処社長の接待なんですけど、田処社長って
どんな方ですか?」

『外見は優しそうな人だけど、一癖ある社長だから気をつけてね』

(え? それってどういう…)

『後で田処社長の好物をメールで送るわね』

『ありがとうございます』

『あ、萌衣ちゃん、絶対にキツめの焼酎は飲ませちゃダメよ。会食の飲み物は
ビールまでにしときなさい』

『はい、わかりました』

 
 【萌衣の回想が終わり現在へ戻る】



  ―ー料亭 松戸屋の一室ーー



 田処は満足な笑みを浮べて料理を口に運んでいた。

「おお、これは美味うまいな。私の好物をよく知ってる…」

 麗花さんの忠告を聞いて取り合えずビールを頼んでいたが、まさか自分から
 『焼酎』を頼むなんて思ってもみなかった…。

 相当焼酎が好きなのか、酔うと盛りのついた野蛮犬になるとか、、、

 ……いや、オオカミ? それとも鬼?

『お前…今日は仕事休め』

 春陽はるき社長の言葉を思い出した。


 もしかして、あれは春陽はるき社長の優しさだったのかな?

 でも私は春陽はるき社長の秘書だ。

 春陽はるき社長を助けて商談を成立させなければ……


 萌衣は席を立ち田処の隣へ移動する。

『おっ、おい…』

 萌衣の行動を心配して春陽はるきの視線が萌衣を追う。

「田処社長、まあ、一杯どうぞ」

「おお、そうかい」
 田処は残りのビールを飲み干しグラスを空ける。

 萌衣は田処のグラスにビールを注ぎ入れる。


「嬉しいね、こんな若い子にいでもらえるなんて」

 田処は上機嫌に笑っている。

「田処社長、この資料を見てもらえますか?」
 早速、萌衣は座卓テーブルの下に置かれた資料を手に取り説明を始める。

「……」

 春陽はるきの視線が萌衣を見ている。

 『私は大丈夫だから』と答えるように萌衣も春陽はるきに視線を向けて頷く。

「おお、そうだな。いいんじゃないか」

「……ですよね(笑)」

 田処は資料を見ながら、死角となる座卓テーブルの下で萌衣の太ももを
 ずっと触っていた。

 このエロ社長が…!!

 ―――と、内心思っていても激しく抵抗もできず、私は愛想笑いを浮かべながら
 田処社長がスカートの中へ入り込まないように阻止するのが精一杯だった。

『君がこの後、一晩、私に付き合ってくれれば契約書に印鑑を押そう』

 田処社長は私の耳元に唇を近づけてきて囁きかけると、交換条件を提案してきた。

『え…?』


 一晩付き合うということは大人の関係になるということだ。

 いくらバカな私でもそのくらいはさっしがつく。


 私がこのエロおっさんと? …いや、田処社長と!?

 そうすれば、契約書に印鑑を押してくれる。

 春陽はるき社長の役に立てる……

 でも、私の初めてがこのおっさんは嫌だなあ…

 初めての時ってめちゃくちゃ痛いって聞くし…


 その情景を見ていた春陽はるきは死角となる座卓テーブルの下でスマホを
 ポチポチと打ち出した。

「トゥルルル……」

 その直後、田処のスマホが鳴る。

「ん? 非通知? 誰だ?」

 田処が不満気にスマホに出る。

「…はい、もしもし…」

 その電話は田処の会社の社員である広田を装って春陽はるきの運転手が
 細工をして春陽はるきの指示でかけた電話だった。


「ああ、君か…、今、忙しいんだ。手短に頼むよ」
 
 田処は席を離れ障子がある縁側の方へ移動し背を向けた。

 その隙をぬって、春陽はるきが萌衣の脇元をグイッと掴み「ちょっと来い」と、
 部屋の外へ連れ出す。

「あ、社長…」

 春陽はるきに引っ張られるようにして萌衣が廊下に出た後、そのドアは
 パタンと閉まる。

「お前はアホか。外に車が来てる。お前は今すぐ帰れ」

「え、でも…商談が…」

「あの社長は女癖が悪い。仕事の為に寝て商談を成立させてもお前の心に
後悔が残るぞ」

「でも、私は社長の役にたちたい、、、」

「誰もそんなこと頼んでねー」

「……」

「早く、行け! お前がいると邪魔なだけだ」

「社長…」

「さっさと行け!!」

 春陽はるきは声を張り上げて言った。

「!?」

 春陽はるき社長の大きな声に驚いた私は気づいたら走り出していた。


 本当はめちゃくちゃ怖かった。

『仕事の為に割り切った関係が私にできるのかな』と、内心、不安だらけだった。

 どんどん身が削られていくみたいで、そのうち自分が自分でなくなる
 みたいだった。


 私を救い出してくれたのは春陽はるき社長だったーーー。


 口は悪くても、やっていることは『愛』かも!?

 その瞬間、萌衣の顔が赤く火照ってきた。

 ―――なんて、、、、、もし、そうなら嬉しいのに……


 春陽はるきの視線からどんどん萌衣の姿が小さく遠ざかっている。

〈後悔が残るのは俺の方かもしれない…俺はあいつを守らなければいけないのに…〉


 その時、仲居が田処の好きな焼酎を運んできた。

 部屋の前にいる春陽はるきに気づいた仲居の足が止まる。

「藤城さん…」

「ああ、仲居さん…」

「これ、どういたしましょう」
 
 仲居はお冷で徳利とっくりとおちょこを乗せたお盆を手に持っている。

「アルコール度数5%くらいに薄めています」

「ご配慮、助かります」

「…いえ、これも仕事の一貫ですし」

「いいですよ。運んでください。田処社長の好きな焼酎ですから。
今日は俺が田処社長にとことん付き合いますよ」

「はい、承知致しました」

「彼女、とても大切な方なんですね」

「ええ。とても……」
〈…ったく、ちょっと荷が重すぎるが、、、〉

「藤城さんに愛されてる彼女が羨ましいです」

「さあ、それはどうですかね(笑)」


  そして、春陽はるきと仲居は田処が待つ部屋の扉を開けて入室したのだった。





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