タネツケ世界統一 下品な名前で呼ばれてるけど、俺、世界を救うみたいです

進常椀富

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第二章 女神の揺籃 イシュタルテア

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 美しく整った街並みを、俺はバイクで走り抜けた。
 夕方なのに、出歩いている人影は少なかった。
 浮かれている者など一人もいない。
 まるで街全体が喪に服しているかのようだった。
 この退学者の街で一番の、いや、この世界にはここしか街がないから、言い方を変えれば世界で一番だ。
 世界で一番の人気者が、俺の身代わりになって死んだ。
 それはそれで悲しい。
 でも、問題の本質はそこじゃなかった。
 あの学園を卒業するには、誰か戦友の命が必要だということだ。
 このままここで生活するならば、また親しい者の死に見舞われるときがくる。
 それは避けなければならない。
 とはいえ、力をつけなければこの世界を抜け出せないという事実が立ちはだかる。
 答えが見つからない。
 考えるうちにも、街を抜けてしまった。
 緑の濃い農場地帯に入る。
 斜陽のなかで、見慣れないものが目に入った。
 思わずバイクを止めて凝視してしまう。
 道路に面した畑。
 畑のなかで、葉物野菜の出来具合を見回している人影があった。
 それが特別だった。
 何ヶ月も女ばかり見てきたので、すぐ差異に気づいた。
 作業着を身につけた身体のシルエットがシャープだ。
 それだけじゃない。
 顔の下半分を黒いヒゲが覆っている。
 まるっきり男にしか見えない。
 しかし、ここにはマルチバースの様々な人種が集まってくる。
 断定するのは早い。
 俺は興味を引かれながら、ゆっくりバイクを進めて近づいていった。
 謎の人影が俺に気づいて片手をあげた。
「これはこれは、噂の男じゃないか。会える日が来るとも思わなかった。どこへ行くのかしらないが、少し休んでいきたまえよ」
 見かけのみならず、声も態度も男だった。
 バイクを止めて、俺は素直に聞いてみる。
「あなたは男なんですか? 俺以外に男がいるなんて知らなかった」
 中年男は歯を見せて笑った。
「見ての通り、わたしは男だ。学園で戦うだけの力もないので、わたしの存在はおおっぴらになってはいないがね」
「戦う力がない? この世界に呼ばれたのに?」
 俺の興味はますます募った。
 男が手招きするので、道路にバイクを止めて畑に入っていく。
 男が案内した先には、木陰に切り株が並んでいた。
 農作業のあいまに休憩する場所らしい。
 俺たちは切り株に腰をおろして向かいあった。
「数奇な運命について話そう。あまり長くもないんだが」
 男は話しはじめた。
「この近くに次元点穴がある。わたしはそこを通って、この世界へ入ってしまった。放り込まれたのかもしれない。どちらにしろ、ありえない確率に翻弄された身だ。前の世界の記憶はない。学園の生徒なら、次元点穴については知っているだろう?」
「はい。世界を隔てる隔壁に開いたほころびだとか。人間くらいの存在なら、入界波動も検知されないとか」
「そのとおり。この世界では男であるというだけで異例だが、わたしは異例中の異例だったわけだ。キミと違って戦う力もない」
 俺はイリアンのことを思い出して言った。
「俺と一緒にこの世界に入った仲間にも、戦えなかった子がいますよ? でも、その子は一年から始めて、いまはそれなりの戦士です」
 男は驚いた。
「そうなのか!? しかし、わたしは学園内への立ち入りさえ禁止されてる身なんだが。性別、年齢、入界波動の有無。そういったもろもろの条件が悪く重なっているのかもしれないな。現実としては、この世界へ来てからずっと農夫だ」
「そうですか。この世界はいろいろ理不尽ですからね」
「なにか含むところがあるらしいな。久しぶりの男同士だ。話したいことがあればなんでも聞こう」
 男はヒゲのあいだから歯を見せて笑った。
 まだ名前も知らないが、なんとなく好感がもてる。
 気持ちのいい男だった。
 俺はぽつりぽつり、そしてだんだん淀みなく、話したいことを話した。
 3―Cから3―Bへの進級のこと。
 それは戦友の命で贖われること。
 そのため、自分の親しい女の子たちも、いままで以上の危険に晒されていること。
 危険は避けたいものの、ほかに手段がないこと。
 この世界から出て、もとの世界へ帰る方法を模索していること。
 そんなことを話して、俺は一息ついた。
 男は適当に相槌を打って、話を聞いてくれていた。
 俺が話し終えると、男はあごに手を当て、考え深げに口を開いた。
「それが世界の理なら、従うしかない場合もあるだろう。だが、抗う姿勢を解く必要もない。いつか道が開ける可能性だってある」
「そうですけど、時間があるかどうかなんです……」
「時間か……。時間があるかどうか、誰にもわからないな。極端な話、たとえば、このイシュタルテアが滅ぶ、なんてこともあるかもしれない」
「ボンゼン・ブードーのことですか? アイツはそんなに脅威なんですかね。俺にはちょっとした天災ていどにしか思えなくて」
「フフフ、冗談だよ。世界が滅んだら、キミもわたしも、それはそれで困るじゃないか。これからも愚痴が言いたくなったら、わたしのもとを訪れてくれ、キミと話すのは楽しい」
 男は握手を求めて右手を差し出してきた。
「キミの噂はよく聞くが、誰もその名を口にしないんだ。なんという名なんだね?」
 確かにみんな俺の名を口にしたがらないだろう。
 手を差し出しながら、気恥ずかしい思いをしながら答える。
「タ、タネツケといいます。持って生まれた名前じゃないんですけど……」
「ハッハッハッハッハ! 愉快な名だ。わたしの名前は」
 俺の手と男の手がからまる。
 瞬間、俺はその異常さに息を飲んだ。
 男の身体には厚みがほとんどない。
 まるで紙に書かれた絵だ。
 見かけは完全な立体なのに、手を触れるとその正体がわかる。
 いったいどういうことなのか……?
 唖然とする俺を見つめて、男の目がきらりと光った。
 そして衝撃的な事実を告げる。
「わたしの名は……、ボンゼン・ブードー」
「なにっ?!」
 なにを言ってるのかわからない。
 俺は狂気を感じて身を離そうとした。
 手がくっついて離れない。
 完全に癒着していた。
 男の身体は厚みがないのに、力と重量はしっかりした実体があった。
 男が微笑みながら言う。
「ぺらっぺらだろう? 次元点穴をくぐるためには、ここまで力を減じなければならなかった。これも、すべてキミを手に入れるためだよ。ことの始まりからキミを見守っていた」
「本物かッ!?」
 俺はフルパワーで抵抗を試みる。
「多次元接続ッ!」
 世界の隔壁を貫いて、俺の可能性が連なる。
 そのすべてに、この男、ボンゼン・ブードーがまとわりついていた。
 オーラとヘイローが現れたと同時に消えた。
 男が嬉しそうに口走る。
「フフフ、いいぞ! わたしの力に耐えられるほどに成長したな。男の依代さえいえれば、この世界へ直接力を注入することができる。それがキミだよ。男じゃなきゃダメなんだ。きっと遠い昔、わたしも男だったんだろうな」
「くそっ!」
 マズイ罠にはまったと悟る。
 自分がダメでも、みんなに知らさなければならない。
 俺はトークタグを起動しようとした。
「タネツケより……っ!」
 男の左手が俺の口をふさぐ。
 目にも止まらぬ素早さだった。
 力もかなり強い。
 男は頬ずりするように、顔を寄せてきた。
 慈しむような目を向けて言う。
「なに、悪い取引じゃない。すべてはキミの思うがままだ。キミの考えを邪魔しない。自然な思考の導きに従え。わたしは力をくれてやるだけだ」
「うぬっ! うぬぬぬっ!」
「アハハハハハハハッ! アーッハハハハハハッ!!!」
 男が喚くように笑い、身体を密着させてくる。
 俺たちは触れた部分から融け合っていった。
 そして、ボンゼン・ブードーと名乗る男は、俺の身体に染みこんで消えた。
 火炙りでもされているように、身体が痛んだ。
 立っていられずに倒れてしまう。
「うぐぅううっ!」
 俺は自由になったものの、痛みに身悶えた。
 その痛みが唐突に失せる。
 俺は安堵に喘いだ。
 束の間休んでから、ゆっくり立ちあがる。
 痛みに変わって、なにかが俺の身体を埋め尽くしていた。
 凝固した力が。
 身内を揺るぎない自信が駆け巡る。
 いまや俺は、この世界で一番多くの選択肢を持っている。
 頭の中に、絶対者の選択肢が数限りなく提示された。
 俺はこの力に疑問を覚えなかった。
 呼吸のように、自分のものになっている。
 俺は木陰にたたずみ、落ち着いた気分で、この贈り物を吟味した。
 いつのまにか、俺は俺の解決方法を探っていた。
 いまの状況を打破するために、最良の手段を。
 状況を整理して、答えが見えつつある。
 宇宙の秩序を保つために、この場所があるという。
 秩序を保つために必要な人員を育成する世界。
 それがこのイシュタルテア。
 そう言われている。
 だがッ!
 それがッ!!
 真実だとは限らないッ!!!
 俺の考えはこうだ。
 けっきょくここは、宇宙に散らばる圧政者を生み出すだけの空間。
 そう捉えることだってできる。
 そして、その身勝手な目標達成のために、数限りない女の子たちが犠牲になっている。
「うぁあああああああッ!!!」
 怒りが燃えあがって、叫びが口をつく。
「うぅうおおおおおおおおッ!!!!」
 こんな邪な連鎖。
「ぬぅあああああああああッ!!!!」
 俺の代で終わりにしようッ!
 怒りの波濤が後退して、俺は落ちつきを取り戻した。
 決定事項を静かに口にする。
「この世界、イシュタルテアを滅ぼす」
 もう、悲しみの連鎖は今晩限り。
 ことを為すには、なんにせよ犠牲が伴う。
 ただ、それだけのことだ……。
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