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イサム

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 測定を終え、外見の精査に入った。
 万筋服の表面をレーザーがスキャンしていく。

 コンソールを操作しながら博士が言った。
「首の襟、なにかのジョイントになりそうな形状だ……。露出した頭部を守るヘルメットがあるか、これから作るつもりなのかもしれないな」
「話はなにも聞いてないな」
 俺に万筋服を託した呉羽は説明が少なかった。
 博士は言葉を続けた。
「構成物質は微小半金属筋肉(ナノメタロイドマッスル)と言ったかね?」
「覚え違いじゃなきゃそうだよ」
「まあ、謎の物質だな。わけがわからんよ。この界隈じゃよくあることだが」
「どこの界隈だよ……」

「む!」
 博士がコンソールから顔をあげてこちらを見た。
「両手首に電極のようなものがある。なにも聞いてないかね」
「え?」

 見てみると、確かに手首の付け根に金属のぽっちが並んでいた。
 気づかなかった。
「電極か、これ? 電気ショックでも出せ……」
 その瞬間、手首からバチッと火花が散った。
 電気ショックで間違いないらしい。

 博士が身を乗りだしてきた。
「自在に出せるかね? 電圧を測っておこう」

 俺は用意された金属プレートに手首を当てる。
「……」
 無言で電気ショックを意識してみるが出せない。
 今度は言葉に出しながら手首を押しつける。
「電気ショック!」
 バチッ!
「高電圧!」
 バチッ!
「ビリっといくぜ!」
 バチッ!

 今度はどの言葉でも電気ショックが出せた。
 発声と意識を揃えることで出せるらしい。

「電圧は百二十万ボルトから十万ボルト。幅があるな。だが敵を無力化するのに十分な電圧が出ている。これは有用な武器だ。相手を無駄に傷つけなくて済む」

 俺も同意した。
「これはいいね。電気ショックじゃいまいちだな……、スタンショットと名付けよう。かっこいい」
 俺は感心したように手首の電極を眺めた。
 これで下手に人を殴って殺してしまう危険が減った。
 ビリっといくぜ、も捨てがたいな……。

 しかし呉羽のやつ、こんな重要なことを教えてくれないなんて、
 いまいち信用できないやつだ。

 また変身が解けて裸に戻ってしまったが、タオルを腰に巻きながら俺は聞いた。
「まだなにか隠された機能がないか、わからないか?」
「いまデータを解析中だ。細かいことがわかるかもしれない。でも見た目でわかったことはもうないね。靴底のデザインがけっこうモダンで足音がしにくいことぐらいかな」

 俺は頭をかいた。
「呉羽に直接聞きにいくって手もあるが、まともに取りあってくれるとも限らないしな。最初に黙ってるんだから。だいいち電気ショックの電源なんてどこからくるんだよ……」
「それを言ったらスーツ自体の動力源も不明だ。まさか君のカロリーじゃないだろう。あまり気にするな。動くものは動く」
「細かい計測をしたわりに、ずいぶんアバウトだな……」
「外堀は測れるのだが、だからといって本丸に近づけるものでもなくてね。丈くん、もう服を着てくれてけっこうだ。調べられることは終わった。今日の仕事はこれまでだ。もう夜になってしまった」
「次はパトロールか?」
「いや。今夜は夕食もとっていけばいい。明日からのパトロールには相棒がいる。紹介しよう。こっちだ」

  博士についていって奥の扉を抜ける。
 そこは自動車整備工場のような場所だった。
 オイルの匂いが鼻をつく。
 
 目の前には近頃よく走っている人気の国産車が止まっていた。
 色はシルバー。目立たない色だ。

「この車を貸してくれるのか?」
「貸すというか、やはりともにパトロールする相棒といったところだろう」

 博士の言葉が終わらないうちにヘッドライトがハイビームを放ち、
 パパパパとクラクションが鳴る。

「うぇーい! オレはイサム。よろしくなおっさん」
 搭乗者はいない。車がしゃべった……?

 博士が言う。
「彼はイサム。自らをそう名づけた。外見はメジャーな国産車だが、内側は車型の人工知能だ」
「うぇーい! やっとオレの出番てわけだ。待ってたぜこのときを。めっちゃ高性能やからなワイ。ビビるなよおっさん」
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