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  香華子は戸惑った。
「なによイサムって……、車型人工知能ってなに……」

 例によって自分の妄想が暴走しかけていた。
 香華子は機械類に明るいわけでもなく、先端科学に詳しいわけでもない。
 香華子の頭のなかの世ノ目博士がどんどん新しいメカを登場させてくるのについていくのが大変だった。

 世ノ目博士が使っている多数のロボットたちにしても、香華子の手には余る存在だった。
 もとはといえば、
 登場人物をむやみに増やしたくなかったので適当にロボットを突っ込んでみたが、
 博士はそれぞれのロボットを個性的にしようとしてくる。
 料理担当がいたり機械類の整備が担当のものがいたり、受付AIもいるくらいだ。
 香華子は漠然と『ロボット』としていただけである。
 だがその曖昧な定義のせいで、かえってロボットが高性能化してしまったのである。
 香華子の知識では、現存する産業ロボットのような細かい性能づけはできなかった。
 先端技術のさらに先をゆく高性能なロボットたち。
 世ノ目博士がなぜそんなロボットを使うことができるのか、
 その理由作りも必要になるかもしれない。

 そもそも研究所、研究所といってもなにを研究している所なのか、
 香華子ははっきりとさせていなかった。
 これも悩みどころである。

 おっさんに楽な仕事を斡旋してやりたかっただけなのが、なにか変な方向に発展した。
 ほぼ引きこもりおっさんの怠惰な生活に萌えていたころとはちがい、
 世界がどんどん広がっている。
 考えるべきことが途方もなく増えていた。
 おっさんの世界は香華子の妄想であるはずなのに、
 キャラクターの妙なリアリティのせいで崩壊寸前だった。

 いや、本当に崩壊するのだろうか。

 すべてにまっとうな理由がついてしまうんじゃないだろうか。
 香華子の思いもよらない形で。
 そういうふうに、自分の手を離れていくような恐怖もあった。
 自分の正気が危ういのかもしれない。

 いや、世界の支配者は自分である。

 香華子は思い出した。
 状況をコントロールできるのは自分なのだ。
 キャラクターに振り回されすぎてはならない。
 世界をコントロールするには、登場人物の性格と世界の状況を把握する必要があった。

「うぅーん……」
 香華子はうなりながら紙にペンを走らせ、メモを作りはじめた。
 登場人物の性格と特徴、立場、また全体の状況を時系列でまとめていく。
 とりあえず思いつく限りを書きなぐり、メモが完成した。
 これを他人の目に通してみれば、
 つまり兄に見てもらえば、なにか新しい光が差し込むかもしれない。
「よし!」
 香華子はメモを持って哲史の部屋へ行った。 

 哲史は勉強の手を休めてメモに目を通してくれたあと、香華子に言った。 
「おっさんの妄想をまとめて漫画か小説にでもするのかい?」
「え、そんなんじゃないけど……」
「これはプロットだ。書きかけだけど」
「プロットって? どこかで聞いた覚えもあるけど……」
「漫画とか小説とか、創作する前に作る設計図みたいなものだよ」
「おっさん関係のことをまとめてたらそうなっちゃった」
「で、なにが問題なんだ? うまくいってるみたいじゃないか」
「それがね、キャラが増えて世界が広がって、収拾つかなくなりそうで。キャラは勝手に動くし。ある日お手上げになって、ぷっつりなにも浮かばなくなるかもしれないと思うと怖くて」
「なるほど。プロットはもともと全体を把握するために作るものだけど、これは途中だしな」
「おっさんたちはあたしの頭のなかで生きてるし。想像の産物だけど、この先のストーリーが決まってるわけじゃないしなー」
「もし、おまえの言うようにキャラが勝手に動くんなら、この込み入った状況にも自然な説明がつくんじゃないの、そのうち」
「そうだといいんだけど、ちょっと不安ー」
「おまえが完結したおっさんのストーリーを作りたいわけじゃないんなら、メモでもとって見守るしかないよ。状況は把握しておくんだね」
「うーん……、それしかないかー」

 香華子の不思議な悩みは、まだまだ続きそうだった。
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