異人こそは寒夜に踊る

進常椀富

文字の大きさ
上 下
28 / 33
番外編3

しおりを挟む
 真陽奈とリサと僕はそろって玄関を出て、表で待ってた伊緒と合流する。
 まあ僕たち四人は一緒に登校するんだよね。
 伊緒とリサと僕は同じ校舎だし、真陽奈も同じ学校の初等部だから。
 右に巨乳、左にロリ、背後に金髪。
 こんな雅やかな登校スタイルだと、僕なんかあらゆる学校の男子学生から嫌われるんだけども。
 彼女たちの配置はいつも通りだった。でも今日は……なんだか近いな! いつにも増して。
 右肩はちょっとした動きで伊緒の肩に触れるし、左手は真陽奈の右手に握られている。いつもはそこまでしないのに。
 そして後ろ。僕の踵はもうさっきから何度も、リサのつま先に踏まれている。
「おうっ?!」
 また踏まれた。と同時にリサが、僕の後頭部へスポーツバッグをぶつけてくる。
「まともに歩くこともできないの、グズ」
「リサ、もうちょっと間隔をとってみるのも、理知的な一つの答えだと思うよ?」
「アンタがあたしの歩調に合わせるのが、主従ってもんでしょ。変態の分際で口答えなんて、慎んだらどう?」
 主従て。コイツは従兄弟という関係性に独自の解釈を持っているらしい。
 もう一言言い返そうとしたとき、前方からクラスメートの女の子が挨拶してきた。
「おはよー、高田くんたち。いつも仲いいね」
「あ、おは……」
 僕は右手を軽く挙げて会釈しようと思ってた。でも右手が上がらない。
 隣の伊緒は、爽やかに挨拶を返す。
「おはよー」
 その伊緒が僕の右手首を固く握りしめ、動かせないよう抑えつけているんだもの。
 クラスメートは、何故かちょっと寂しそうな表情を見せると、先へ歩いて行っちゃった。
「伊緒……」
「明人くん、あんまり愛想をふりまくと、女の子に軽い奴だって誤解されちゃうよ?」
「そ、そうかなぁー?」僕にはそれくらいのほうが、好ましいように思えるけど。
 僕の左側の真陽奈が口を開く。
「あの女、さっきからこっちをちらちら見てたのよさー(棒」
 真陽奈は左手に持ったチェーンソーを、控えめにぶいんと鳴らした。
 さっきというと、リサがバッグをぶつけてきたあたりか。たぶん。
 僕は顔を左右に振って、伊緒と真陽奈の顔色を伺いながら言った。
「そりゃ見ちゃうでしょ、誰だって。こんな集団がいたらさー」
「そうそう、珍しかったのよねー、きっと。従姉妹にキスする変態とかは。まあイトコ同士って結婚はできるけどねー」
 後ろからリサが言うと、クマのある目に余裕を滲ませて真陽奈が返す。
「フッ、イトコなど所詮、結婚できてしまうレベルの赤の他人よー。血を分けた兄妹の絆にはかなうまいのさー(棒」
 取り残されたと思ったのか、伊緒が無言で、ぎりぎりと僕の手首を握り締めてきた。
「伊緒……さん? 強いです……力が……とっても……」
「やっぱり明人くんって、繊細なのかな。ふふっ」
「へへっ……」伊緒が爪を立ててるから、もしかしたら血が滲んでるかもしれない。
「ふふふっ……」それでも伊緒はにこやかだった。
 後ろからリサが、僕の踵をぐりぐりと踏みつけてくる。
「ちゃっちゃと歩く。遅刻したらアンタのせいだからね」
 僕たちは進んだけど……。
 女が近づくと真陽奈がチェーンソーを振り回し、伊緒はにこやかに僕の手首に爪を立て、リサは青い瞳をそっぽに向けて僕の踵を踏んづける。
 この桃色の緊張感は、校門をくぐってからさえしばらく続いた。

 午前中の授業は平穏のうちに終わり、昼休みになった。
 僕の前の席に座っているリサだけが同じ教室だけど、リサも一人だと比較的に大人しい。比較的に、だけど。
 リサが金髪を揺らしながら振り返って、声をかけてきた。
「アンタ、お昼はどうするの? 学食? 購買パン?」
「う~ん……」
 僕は軽く悩んだようなフリをしたあと、晴れやかな笑顔を見せて言った。
「いつも誰かが、何か分けてくれるから!」
「くっ……!」
 リサは一瞬ひるんだような様子をみせると、渋々といった感じで言う。
「しょ、しょうがないわね……今日はあたしのお弁当分けてあげるけど、アンタ手づかみだからね!」
 前を向いて自分のバッグをごそごそ弄りながら、リサが顔を半分だけこちらに向けた。
 頬にちょっと赤みが差したような。
「な、なんならさ、自分の分を詰めるついでにだけど……アンタの分も作ってあげようか、お、お弁当……」
 リサがこんな提案をしてくるなんて、何かあったのか……そういやあったっけ、今朝。
 僕が答えようとする寸前、机に影が落ちてきた。
 伊緒だった。
 大きな胸の下に、弁当らしき大きな包みを抱え、隣のクラスから走ってきたのか、若干息を弾ませている。
 伊緒はにこやかに言った。
「いいよ、リサちゃん。わたし、明人くんの分も勘定に入れて作ってきたから!」
「いいって、伊緒ちゃん! コイツに伊緒ちゃんのお弁当なんて贅沢よ!」
 僕を無視してリサが手を振るが、伊緒はにこやかに食い下がる。
「でも、リサちゃん。リサちゃんはいっぱい食べて、育てなきゃいけない場所があるでしょう?」
 その挑発的な一言に対し、リサは顎を引いて、冷ややかに答えた。
「……育ちすぎるとバカに見える場所のことなら、今のままで十分だから。あたし、知性派だし」
「……」
「……」 
 一瞬の沈黙のあと、二人は素早く動き出した。
 リサは椅子をくるりと回してこちらに向け直すと、僕の机の上に弁当をどんと置き、伊緒は隣の席から椅子を奪うと、僕の机の上に弁当をどんと置く。
 いそいそと包みを開けようとしている二人に向かって、僕はつい言ってしまった。
「今日もいっぱい食べられそうだな~」
 二人の動きがピタリと止まる。
 リサが顔を横に向け、無表情で言った。
「……その言い方、なんかムカツク。やっぱ伊緒ちゃんの栄養たっぷりなお弁当、ご馳走になれば? あたし、脳の栄養補給にたくさん食べなきゃならないし」
 そして、玉子焼きをフォークで自らの口に運び、もぐもぐやりはじめる。
 リサなんてこんなもんだよっ! 期待をこめて伊緒に視線を向けると。
「明人くんてそういうとこあるよねー。すぐ付け上がるっていうか、図に乗るっていうか、人の好意に感謝が足りないっていうか。あと、すぐ変な屁理屈で人を煙に巻こうとするのもどうかと思う」
 伊緒は眉間にしわを寄せ、サラダのプチトマトを箸で、次々と自分の口に放り込んでいく。
 ぐっ……。こっちには何も回ってこないよ!
 二人は黙々と食事を進める。
 僕は控えめに自分の存在をアピールしてみた。
「……き、君たち?」
「リサちゃんのその玉子焼き、おいしそう」
「その料理なに? 伊緒ちゃんのオリジナル?」
「交換しよっか? リサちゃんに味見してもらいたいな」
「しよしよ!」
 やっぱり無視ですよね!
 
 もう学食にも購買パンにも一足遅いかもしれない。
 このまま二人のお慈悲に期待するか、それとも購買の残り物に賭けてみるか。
 笑顔を凍りつかせたまま、無言で選択肢を探っていると、聞き慣れた抑揚のない声が聞こえてきた。
「お兄さまー(棒」
 教室の出入り口に真陽奈が立っていた。
 右手に給食のパンを掲げて振り、左手には子供用チェーンソーを下げている。どこまでお気に入りなんだよ?
 真陽奈はいつもながらの、目が笑ってない笑顔で教室に入ってくる。
「給食のパンに、真陽奈の嫌いなレーズンが入ってたのー。お兄さま、かわりに食べてー(棒」
 真陽奈は僕に向かって、ずいっとレーズンパンを差し出してきた。先っちょが一口だけかじられている。
「真陽奈、それだけのためにわざわざきたの?」
「真陽奈ちゃん、ちゃんと食べないと大きくなれないよ」
 伊緒がたしなめるとリサも続いた。
「真陽奈ちゃん、この前、袋入りのレーズンぱくぱく食べてなかったっけ?」
「食べてー(棒」
 真陽奈は聞いちゃいない。
「でもおまえ、それで足りるのか? 育ち盛りなのに……」
「食べてー(棒」
「それじゃあ……もったいないから……」
 僕は真陽奈からパンを受け取ると、かじりかけの部分からかぶりついた。
「レーズンパンも懐かしいな。おいしいのに」
 もぐもぐと咀嚼する僕を上目遣いで凝視しながら、真陽奈がつぶやく。
「クッ……ククク、間接、キス……」
「ハハハッ、間接キスとか、真陽奈もまだまだ……ぐおっ?!」
 伊緒とリサが、それぞれのおかずを僕の顔面に突き立てて、二人同時に真陽奈に向かって宣言した。
「間接キス!」
 間接キスて。リサの玉子焼きは僕の左目に刺さり、伊緒のウインナーは右の鼻の穴に刺さっているのに。
 真陽奈が腹を立て、チェーンソーを構えてぶいんぶいん鳴らす。
「真似するんじゃねー、メス犬どもがー(棒」
 それを見て、教室の中で昼食をとっていた他のクラスメートたちがクスクス笑う。
 どうも彼らは、真陽奈の神経を逆撫でしてしまったらしい。
「見世もんじゃねー、おどれらも道連れじゃー(棒」
 真陽奈は身体を中心にして、コマのように回転しながらチェーンソーを振り回し、クラスメートたちの方へ突っ込んでいった。
 途端にガタガタ、ぶいんぶいんと大騒ぎになる。
「うおおおっ?!」
「高田くーん!」
「明人ぉーっ!」
「これ痛ぇこれ痛ぇ」
「真陽奈ちゃん、いい加減にしないと……」
「それ、やめてって言ってるでしょ! ちょっと明人、なんとかして!」
 向こうは向こうで楽しくやってることだし……。
 僕はレーズンパンを主食にして、伊緒とリサの弁当からおかずを頂いていた。
 二人とも料理が上手だね。
しおりを挟む

処理中です...