素足のリシュワ

進常椀富

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 リシュワは話しかけた。
「さっきの相手どう思う?」
 レオネは少し焦ったように口のなかのものを飲みこむ。
「どうって? 向こうにつきたいの?」
「正直にいえば、そう。向こうは人間とコドンが手をとりあってる。向こうのほうが展望があると思う」

 レジレスを使って遠隔通話すると、ラーヴ・ソルガーにも聞こえてしまう。
 しかし直に話すぶんには、気にしなくてもいい。
 ラーヴ・ソルガーはいまごろ産獣の解体に夢中だ。

 レオネはふたたび食べ物を口へ入れはじめた。
「あたしたちにはレジレスが入ってるじゃん。あのハゲに命握られてる」
「どうにか出し抜けないか、考えてる。向こうに投降してすぐレジレスのことを話す。その時点ではまだラーヴ・ソルガーは離れていて気づかれない。向こうにだって産獣師はいるらしいから、適切な処置をしてもらえるかもしれない」
「姉さんて夢見がちよね」
「そうかもね。でも考えておいて。いつも頭の片隅に。やるときはあなたを置いていかない。一緒よ」
「そううまくいくと思う? 向こうがひとつの組織かわからないけど、あたしたちはもう何人も殺してる。恨まれてるよ、きっと」
「レジレスをなんとかすればラーヴ・ソルガーを売ることができるし、わたしたちは向こうの戦力にもなれる。実力はもう示しているんだし、むやみに殺されることもないと思うけど」
「向こうは何をしてて、ラーブ・ソルガーは何をしてるの?」
「わからない……」

 コドン世界の魔道士、産獣師とはまったく多才な存在だった。
 生き物を解剖し、新しい生きた部品を組み立てて魔法でそれらに生命を吹きこむ。
 それのみならず、鍛冶能力にも秀でていた。
 人間のものより無骨で、単なる装甲板みたいなものだったが、
 体型に合わせた鎧を作ることもできたし、剣も鍛造できる。
 それに人間の商人と交渉して、このアジトを維持する能力さえあった。

 もしかしたらラーヴ・ソルガーが特別に多才なのかもしれない。
 その才能を使って、ひとりで何をしようというのか、目的がはっきりしなかった。仲間がいるのかもわからない。
 産獣術の実験を繰り返し、ひとりで過ごしていることが多いのだった。
 そもそも、コドンという異世界の種族自体、何をしにこの世界へ現れたのか不明だった。
 出現当初は暴虐の限りを尽くし、多くの国を津波のごとく呑みこんで滅ぼしていったはずだ。
 その暴威に巻き込まれて、リシュワとレオネの共和国も滅んだ。
 非常な侵略者だったはずのコドンが、いまは人間と手を結んでいる。
 大局は和平へと進んでいるのではないだろうか。
 ラーヴ・ソルガーの目的ははっきりしない。
 それに比べると、リシュワとレオネの目的は単純なものだった。
 生き残ること。それのみだった。

 ワインを飲み干してリシュワは言った。
「とにかく生き残ること。そのためにはあの豚のいうこともきく。チャンスがくるのを待って」
 レオネは関心なさそうだった。
「そうね。あたしだんだんどうでもよくなってきてるんだけど。姉さんがそういうなら、それでいいよ」
「なげやりにならないでレオネ。あなたはまだ十六歳。もっとまともに生きてもらいたい」
「姉さんだってまだ十八じゃない。ぜんぜんあたしとかわらない」
「そう、わたしたちはまだ若い。こんな山奥で人殺ししながら終わるべきじゃない」
「後始末どうする? 食べ終わったらすぐ始める?」
 リシュワは一瞬、話のつながりを見失ったが、コドンと魔道士の死体のことを言ってると気づいた。
「そうね、すぐ始めよう。暗くなるまえに終わらせて、夜はゆっくりしよう」

 食事が終わると、荷車を引いて戦闘の現場に戻った。
 レオネが穴を掘る。
 リシュワは片腕で、人間とコドン戦士の装備を剥ぎとり、荷車へ載せていった。
 魔道士は自分の魔道書を持っていた。
 持って歩くための薄めの本だった。ラーヴ・ソルガーに見せれば喜ぶだろう。
 だが、喜ぶ顔など見たくない。
 リシュワは魔道書を墓穴へ放り捨てた。
 死体ともども、そのまま埋めてしまう。
 ラーヴ・ソルガーをいま以上にたちの悪い存在にしたくなかった。
 リシュワたちに必要なのは、産獣の死体と敵の武装のみだった。それだけあればいい。

 死体を埋めて、その上に草をばらまく。
 これで戦闘の痕跡はあらかたなくなった。
 夕暮れとなり、森のなかは虫の鳴き声が無情に響く。なにごともなかったかのように。

 今日は生き残った。
 それでも虚しさが募る。
 いつまでもこんなことを続けているべきじゃない。
 だが、自分たちは産獣師の助力がなければ生きていけない身体にされてしまっている。
 疲れるがしかたのないことだった。

 リシュワは浅いため息をついた。
「ふぅ。帰ろう、レオネ」

 武装を積んだ荷車を引いてアジトへ戻る。
 ラーヴ・ソルガーは積荷を確かめると、無様な小躍りをして喜んだ。
「大漁じゃ、大漁じゃ。よくやったクソガキども」
 そのあと、装甲に包まれた左腕を持ってきてリシュワに渡した。
「早く栄養を与えてやれ、飢えておるはずじゃ」
 リシュワは左腕の断端を寄生腕のなかへ押し込んだ。
 レオネに持っておいてもらって、寄生腕から延びる吸着口を肩のまわりにくっつける。
 吸着口が牙でリシュワの肌を傷つけ、血を吸いあげる。
 寄生腕全体がびくびくと痙攣した。
 痙攣が治まったあと、寄生腕の触覚がリシュワのものとなった。もうこれはリシュワの腕だった。
 しばらく曲げ伸ばしし、拳を握って具合を確かめる。
 前のものより力があるようだった。
 
 リシュワは深い満足感を覚えたが、それを表に出さないよう注意した。言葉少なに言う。
「具合はいい」
 ラーヴ・ソルガーは目を吊りあげた。
「わしを誰だと思っとる! わしがいなければ貴様らなど行き倒れよ。よく覚えておけ!」

 リシュワとレオネは休んだ。
 剣を取るだけで、鎧と寄生肢はつけたまま寝る。
 肌が頑丈になっているのでそれでも問題ない。
 快適ではなかったが、しかたのない身の上だった。

 犬の吠え声で目覚めた。
 まだ遠い。
 三頭はいるようだった。
 まだ日が昇りきっておらず、薄暗い。

 リシュワとレオネは同室で寝ている。
 リシュワが身体を起こすと、レオネもベッドの上に起きたところだった。
 顔を見合わせ、剣を身につける。
 犬の吠え声は着実に近づいてくる。
 ドタドタとラーヴ・ソルガーがやってきた。
「しくじったな、バカものどもめ! 仕置をくれてやる!」
 ラーヴ・ソルガーは腕をあげて両手を開いた。
 途端に鋭い耳鳴りがして、強烈な頭痛が襲ってくる。
 目がくらみ、痛みに痙攣してしまってベッドから転げ落ちる。
 見ればレオネも転がり落ちて苦悶に震えていた。
「うぁああああーっ!」
 悲鳴をあげるレオネに近づこうとするが、リシュワも身体の自由が効かない。
 激痛に痙攣しながらなんとか抗議する。
「ラーヴ・ソルガー……、こんな、ことを、している、場合か……」
「フンッ! 来たものはすべて片付けろ! 身体を張ってわれを守るのだ! わかったな!」
 ラーヴ・ソルガーは構えを解く。
 頭痛は治まった。
 レジレスによって引き起こされる痛みは激烈だが、あとに残らないのが救いだった。

 リシュワとレオネは痛みから開放された安堵で、大きく息を吸って喘いだ。
「モタモタするな! もう一度食らわせるぞ!」
 言い捨ててラーヴ・ソルガーは去っていった。
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