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フォースドウォーカー
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リシュワは産獣の頭からレオネの剣を引き抜いた。
「寄生肢を失ったけど、逆にこれだけの資源を得た。ラーヴ・ソルガーの悪態もおとなしいものになるといいな」
レオネは自分の剣を受けとって鞘に収めた。
「あいつホント嫌。命がかかってなきゃ、この手で殺したいよ」
「わたしもだ。だけど、いま生きていられるのもあいつあってこそだ。産獣の死骸は担いでいこう。産獣術の素材になる。新しい寄生肢を作ってもらえる」
「じゃあアタシは金物を持てるだけ持ってく」
「死体を埋めなきゃならないね。ほっておくと臭いが敵をおびき寄せかねない。わたしはしばらく片腕だ。穴掘りは任せる」
「あーあ、こんな山奥出て、大きな戦場で派手に戦いたいよ。どうせ怪物の身の上なら」
「そういえば、こいつら耳慣れない言葉を使っていたな。新鬼人(フォースドウォーカー)とか。わたしたちのことだろう」
「敵のほうでもアタシたちみたいな人間がいるんだね。コドンと人間の合いの子が。いいじゃん、新鬼人。アタシたちも自分のことそう呼ぼ。新鬼人姉妹、リシュワとレオネ」
「敵はもういないようだし、帰るか」
静かで薄暗い森林の一画に、死体と鋼が転がっていた。
勝利は、正直いって心地よい。
リシュワもレオネも新鬼人になる前から兵士だった。戦闘には高揚する。
だが、殺しの味は苦い。
とくにいまよりよい境遇を与えようとしてくれたらしい相手を殺したとなると、苦味もいっそう厳しい。
リシュワたち以外の人間とコドンは、なんらかの目的をもって手を取り合っている。
自分もそちらへ混じりたかった。
和平を模索している者たちを殺すのが忍びない。
ラーヴ・ソルガーはなぜ、人間のみならず、同胞たるコドンとも敵対しているのか。
リシュワもレオネもその理由をしらなかった。
ただ単に命令され、自分たちの生き残りがかかっているから戦っているだけだった。
新鬼人が生きるにはコドン産獣師のサポートが必要だったし、
逆らえばレジレスによって耐えられないほどの頭痛を食らわされる。
最後には体を破裂させて毒素を脳のなかへ撒き散らし、瞬時に命を奪うこともできるのだった。
リシュワはため息をついた。
「どうせ時間がかかるし、楽をしよう。ふたりで担いで産獣の死骸だけ持っていこう。そのあとでレオネは穴掘り、わたしは武装を持っていく」
「わかった、そうしよ」
リシュワが片腕で産獣の頭を抱え、レオネが両手で後ろ足を持った。この形で運んでいく。
カップ一杯の湯が沸く時間もかからずに、踏みしめられた道へ出る。
人間の行商人が工房へ、食料や日用品を運んでくる道だった。
行商人は取引でかなり儲けている。ラーヴ・ソルガーを売った可能性は低い。
敵は捜索範囲を広げてきて、ここまでたどりついたにちがいなかった。
移動しないと、工房とリシュワたちはじきに発見されてしまうだろう。
しかし産獣師は術の性質上、独自の工房を持たなければ能力を発揮できない。
居を移すのは難しいかもしれなかった。
下生えに消えかかっている道を進むと、すぐにアジトについた。ラーヴ・ソルガーの工房に。
工房は植物の侵略を受けて、なかば森と同化しているような屋敷だった。
二階建てで、厩と鍛冶場、井戸があり、もとは白漆喰で飾られていたらしい。
この屋敷は完全に孤立していた。
すでに滅んだ王国の貴族が建てたものだった。
森のなかにひっそりと佇み、動物観察と、泊まりこんでの狩猟に使われていたという。
ラーヴ・ソルガーが人間の商人と取引したさいに、リシュワはその場に居合わせて話を聞いた。
ラーヴ・ソルガーは性格破綻者だったかもしれないが、無能ではなかった。
金(きん)と宝石をたっぷり持っていたし、
自分に向いた人間の商人をうまく見つけだし、取引は慎重で適切だった。
侵略者としてこの世界に登場し、人間に知り合いなどいなかったはずなのに、
ラーヴ・ソルガーはうまく世渡りしているようにみえる。
もともと人付き合いの得意なほうではないリシュワにしてみれば、
コドンの産獣師がどんな手管を使っているのか、想像もできなかった。
蔦の絡まる門を通りながら、リシュワは呼びかけた。
(ラーヴ・ソルガー、コドンと魔道士、産獣の一隊がすぐそこまで来ていた。ここは長くもたないかもしれない)
遠隔通話での返事はなかった。
かわりに屋敷のなかがガタゴトと音を立てる。出入り口の扉が開いてコドンが顔を出した。
ラーヴ・ソルガーはコドンとしては小柄だった。
身長は百八十センチていど。
たるんだローブを着て、その下に戦士のものほど厚手ではない鎧をまとっている。
ラーヴ・ソルガーは顔をしかめて黒一色の目でリシュワを睨んだ。
「くそったれが! また寄生肢を失いおったな! おまえほどの穀潰ししか生き残らなかったのがわれの不運よ! 糞虫め!」
悪口雑言には慣れていた。リシュワは眉ひとつ動かさない。
「産獣の死骸は持ってきた。新しい腕を作ってくれ。ほかにもコドンの装備がまだ向こうに残っている」
「クソクソクソ! われはきさまの召使いではないわ! 指図するな低能! ものごとはわれが決め、きさまたちは従う! それが無様なきさまたちにできる精一杯のことよ! 腐れ外道どもめ!」
ラーヴ・ソルガーには品性が欠けているが、語彙は豊富だった。最初に会ったときからそうだった。
共和国が襲われ、リシュワが半身を失ったあのときから。
さっき倒したコドンも流暢な言葉を話していた。
コドンの語学力にはなにか秘密があるらしいことには勘づいているが、具体的にどんなものかはまだわからない。
門を入った中庭に産獣をおろすと、レオネは戸口へ走っていった。
「食べ物ちょうだい。消耗した」
「クソの素でも詰めこんでおけ、クソガキが!」
ラーヴ・ソルガーは太った身体を揺すって産獣を検分しにきた。
フードをはねあげ、漆黒の禿頭をさらして首をひねる。
「これはいい産獣だ。いい素材になる。処置室へ運べ、臭うメス犬」
リシュワは右腕を産獣の胴へ回して担ぎあげた。後ろ足をラーヴ・ソルガーが持つ。戦士ではないといっても、ラーヴ・ソルガーは人間より力があった。
産獣を厩の横にある処置室へ運び、室内の台に載せる。
不気味な部屋だった。
暗く、饐えた臭いがこもっている。
台は血の染みでネバつき、まわりには刃物ややっとこ、のこぎりが放りだしてある。
壁際の棚には緑や青の溶液に浸かった生物の組織が並んでいた。
リシュワとレオネが森で捕まえた生物たちの成れの果てだった。
汚らわしい場所だが、ここがリシュワとレオネの生命線でもあった。
ここで調整を受けられなければ、ふたりとも動けなくなる。
ラーヴ・ソルガーは冷たい産獣の身体を撫でたり揉んだりしていた。
満足そうに首をひねり、のこぎりをとりあげる。
「行っていいぞ、邪魔だ。休め」
リシュワは返事もせずに処置室を出た。
食堂へ向かう。ドアのない入り口から入ると、レオネが食事をしていた。
傷んだ食べ物の匂いがする薄暗い部屋で、干し肉、チーズ、麦粥を並べて一心に貪っている。
リシュワも向かい側の席についた。
「レオネ、わたしの分も用意して」
レオネは口のなかのものをワインで流し込み立ちあがる。
すぐに同じものがリシュワの前にも並んだ。
貧乏人よりはよいものを食べられるが、人里から離れているために、食べられるものは限られてくる。
いまは片腕しかないので、チーズを大きい塊のまま口へ運んでかじる。それから麦粥を匙ですくってすすった。
レオネは自分用にさらに麦粥を持ってきて、ガツガツと食べていた。
傷を受けると治すのにエネルギーを使うため、かなり腹が減るらしい。
リシュワも戦闘すると空腹を覚えるが、レオネほどは食べない。
レオネは共和国で兵役に就いたばかりの十六歳。
本来なら育ち盛りというせいもあるかもしれない。
「寄生肢を失ったけど、逆にこれだけの資源を得た。ラーヴ・ソルガーの悪態もおとなしいものになるといいな」
レオネは自分の剣を受けとって鞘に収めた。
「あいつホント嫌。命がかかってなきゃ、この手で殺したいよ」
「わたしもだ。だけど、いま生きていられるのもあいつあってこそだ。産獣の死骸は担いでいこう。産獣術の素材になる。新しい寄生肢を作ってもらえる」
「じゃあアタシは金物を持てるだけ持ってく」
「死体を埋めなきゃならないね。ほっておくと臭いが敵をおびき寄せかねない。わたしはしばらく片腕だ。穴掘りは任せる」
「あーあ、こんな山奥出て、大きな戦場で派手に戦いたいよ。どうせ怪物の身の上なら」
「そういえば、こいつら耳慣れない言葉を使っていたな。新鬼人(フォースドウォーカー)とか。わたしたちのことだろう」
「敵のほうでもアタシたちみたいな人間がいるんだね。コドンと人間の合いの子が。いいじゃん、新鬼人。アタシたちも自分のことそう呼ぼ。新鬼人姉妹、リシュワとレオネ」
「敵はもういないようだし、帰るか」
静かで薄暗い森林の一画に、死体と鋼が転がっていた。
勝利は、正直いって心地よい。
リシュワもレオネも新鬼人になる前から兵士だった。戦闘には高揚する。
だが、殺しの味は苦い。
とくにいまよりよい境遇を与えようとしてくれたらしい相手を殺したとなると、苦味もいっそう厳しい。
リシュワたち以外の人間とコドンは、なんらかの目的をもって手を取り合っている。
自分もそちらへ混じりたかった。
和平を模索している者たちを殺すのが忍びない。
ラーヴ・ソルガーはなぜ、人間のみならず、同胞たるコドンとも敵対しているのか。
リシュワもレオネもその理由をしらなかった。
ただ単に命令され、自分たちの生き残りがかかっているから戦っているだけだった。
新鬼人が生きるにはコドン産獣師のサポートが必要だったし、
逆らえばレジレスによって耐えられないほどの頭痛を食らわされる。
最後には体を破裂させて毒素を脳のなかへ撒き散らし、瞬時に命を奪うこともできるのだった。
リシュワはため息をついた。
「どうせ時間がかかるし、楽をしよう。ふたりで担いで産獣の死骸だけ持っていこう。そのあとでレオネは穴掘り、わたしは武装を持っていく」
「わかった、そうしよ」
リシュワが片腕で産獣の頭を抱え、レオネが両手で後ろ足を持った。この形で運んでいく。
カップ一杯の湯が沸く時間もかからずに、踏みしめられた道へ出る。
人間の行商人が工房へ、食料や日用品を運んでくる道だった。
行商人は取引でかなり儲けている。ラーヴ・ソルガーを売った可能性は低い。
敵は捜索範囲を広げてきて、ここまでたどりついたにちがいなかった。
移動しないと、工房とリシュワたちはじきに発見されてしまうだろう。
しかし産獣師は術の性質上、独自の工房を持たなければ能力を発揮できない。
居を移すのは難しいかもしれなかった。
下生えに消えかかっている道を進むと、すぐにアジトについた。ラーヴ・ソルガーの工房に。
工房は植物の侵略を受けて、なかば森と同化しているような屋敷だった。
二階建てで、厩と鍛冶場、井戸があり、もとは白漆喰で飾られていたらしい。
この屋敷は完全に孤立していた。
すでに滅んだ王国の貴族が建てたものだった。
森のなかにひっそりと佇み、動物観察と、泊まりこんでの狩猟に使われていたという。
ラーヴ・ソルガーが人間の商人と取引したさいに、リシュワはその場に居合わせて話を聞いた。
ラーヴ・ソルガーは性格破綻者だったかもしれないが、無能ではなかった。
金(きん)と宝石をたっぷり持っていたし、
自分に向いた人間の商人をうまく見つけだし、取引は慎重で適切だった。
侵略者としてこの世界に登場し、人間に知り合いなどいなかったはずなのに、
ラーヴ・ソルガーはうまく世渡りしているようにみえる。
もともと人付き合いの得意なほうではないリシュワにしてみれば、
コドンの産獣師がどんな手管を使っているのか、想像もできなかった。
蔦の絡まる門を通りながら、リシュワは呼びかけた。
(ラーヴ・ソルガー、コドンと魔道士、産獣の一隊がすぐそこまで来ていた。ここは長くもたないかもしれない)
遠隔通話での返事はなかった。
かわりに屋敷のなかがガタゴトと音を立てる。出入り口の扉が開いてコドンが顔を出した。
ラーヴ・ソルガーはコドンとしては小柄だった。
身長は百八十センチていど。
たるんだローブを着て、その下に戦士のものほど厚手ではない鎧をまとっている。
ラーヴ・ソルガーは顔をしかめて黒一色の目でリシュワを睨んだ。
「くそったれが! また寄生肢を失いおったな! おまえほどの穀潰ししか生き残らなかったのがわれの不運よ! 糞虫め!」
悪口雑言には慣れていた。リシュワは眉ひとつ動かさない。
「産獣の死骸は持ってきた。新しい腕を作ってくれ。ほかにもコドンの装備がまだ向こうに残っている」
「クソクソクソ! われはきさまの召使いではないわ! 指図するな低能! ものごとはわれが決め、きさまたちは従う! それが無様なきさまたちにできる精一杯のことよ! 腐れ外道どもめ!」
ラーヴ・ソルガーには品性が欠けているが、語彙は豊富だった。最初に会ったときからそうだった。
共和国が襲われ、リシュワが半身を失ったあのときから。
さっき倒したコドンも流暢な言葉を話していた。
コドンの語学力にはなにか秘密があるらしいことには勘づいているが、具体的にどんなものかはまだわからない。
門を入った中庭に産獣をおろすと、レオネは戸口へ走っていった。
「食べ物ちょうだい。消耗した」
「クソの素でも詰めこんでおけ、クソガキが!」
ラーヴ・ソルガーは太った身体を揺すって産獣を検分しにきた。
フードをはねあげ、漆黒の禿頭をさらして首をひねる。
「これはいい産獣だ。いい素材になる。処置室へ運べ、臭うメス犬」
リシュワは右腕を産獣の胴へ回して担ぎあげた。後ろ足をラーヴ・ソルガーが持つ。戦士ではないといっても、ラーヴ・ソルガーは人間より力があった。
産獣を厩の横にある処置室へ運び、室内の台に載せる。
不気味な部屋だった。
暗く、饐えた臭いがこもっている。
台は血の染みでネバつき、まわりには刃物ややっとこ、のこぎりが放りだしてある。
壁際の棚には緑や青の溶液に浸かった生物の組織が並んでいた。
リシュワとレオネが森で捕まえた生物たちの成れの果てだった。
汚らわしい場所だが、ここがリシュワとレオネの生命線でもあった。
ここで調整を受けられなければ、ふたりとも動けなくなる。
ラーヴ・ソルガーは冷たい産獣の身体を撫でたり揉んだりしていた。
満足そうに首をひねり、のこぎりをとりあげる。
「行っていいぞ、邪魔だ。休め」
リシュワは返事もせずに処置室を出た。
食堂へ向かう。ドアのない入り口から入ると、レオネが食事をしていた。
傷んだ食べ物の匂いがする薄暗い部屋で、干し肉、チーズ、麦粥を並べて一心に貪っている。
リシュワも向かい側の席についた。
「レオネ、わたしの分も用意して」
レオネは口のなかのものをワインで流し込み立ちあがる。
すぐに同じものがリシュワの前にも並んだ。
貧乏人よりはよいものを食べられるが、人里から離れているために、食べられるものは限られてくる。
いまは片腕しかないので、チーズを大きい塊のまま口へ運んでかじる。それから麦粥を匙ですくってすすった。
レオネは自分用にさらに麦粥を持ってきて、ガツガツと食べていた。
傷を受けると治すのにエネルギーを使うため、かなり腹が減るらしい。
リシュワも戦闘すると空腹を覚えるが、レオネほどは食べない。
レオネは共和国で兵役に就いたばかりの十六歳。
本来なら育ち盛りというせいもあるかもしれない。
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