異世界転移された傾国顔が、アラ還宰相の幼妻になって溺愛されるまでの話

ふき

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王城に着くと、仏頂面のヴァルターがいた。
昨日のことがよぎり、伸ばされた手を取るのを躊躇う。既に刻まれた眉間の皺が一層深くなる。
急いで手を取って馬車から降りて、光が差し込む廊下を歩く。

歩く度に不躾に見られる感覚。これがいつも通りだ。なんならヴァルターがいる分マシな方だった。
やっぱりあの屋敷の人たちがおかしいんだよなとつくづく実感した。


「やあ、カナト殿。久しぶりだね」

中庭の奥。開けたところで初めて見たときと変わらない王様の姿があった。
さすがに今日は弟さんを馬にはしていなくて、椅子に座っている。

「宰相殿、下がっていいよ」
「かしこまりました」

俺が何か言う前にヴァルターは足早にいなくなってしまった。

「ふふ、置いていかれた仔犬のようだ。さて、座ってどうぞ。茶菓子も用意したんだ、気に入って貰えるかな」
「……はぁ」

執事のような人に椅子を引かれて座る。こんなことされたことがないので何が正しいのか分からない。

「そんなに緊張しなくていい。ただの状況確認だ」
「そ、そうですか」
「そうだよ。君たちも下がってくれ、後は自分でやる」

その言葉に音もなく従っていた人たちがいなくなる。俺の後ろにある植え込みからゴソゴソ音がするが、まあ気にしなくていいだろう。

「それで宰相殿とは上手くやれているかな?」

王様が、蒸らし終わったポットからカップへと茶を注ぐ。指の先まで優雅なその様に見惚れてしまう。

「カナト殿?」
「…あ!ヴァルターとは………ど、どうなんですかね?」
「ふむ、なるほど」

王様は一人で納得すると、カップをそっと目の前に置いてくれる。紅茶の匂いが鼻を抜けた。

「あの、なんで俺とヴァルターを?年齢は離れてますし…」
「都合がいいのが一番大きいけれど、そうだな。カナト殿と相性がいいと思った。実際それは間違っていないようだけど?」
「それは、でも拒否されてしまったので。そう感じるのは、俺だけかも知れないです」
「宰相殿が?」
「はい。…若いからと」

沈黙を誤魔化すように紅茶を飲む。渋味の少ないあっさりとした味わいは、想像以上に美味しかった。

「宰相殿とはそれなりに長い付き合いだけれど、年齢を言い訳に使うところは見たことないよ」
「……仕事だからではなく?」
「さあどうだろうね。それは宰相殿に聞かないと分からないことだ」
「でも、俺は…」
「年長側からの立場として言えば、若い子がひたむきに己を見る。それは喜びだし恐怖だ」

王様が遠くを見るようで、俺の後ろの植え込みを見ている。
ガサガサと揺れる植え込みの隙間からは金の髪が隠しきれていないだろう。

「それは王様の意見ですか?」
「そうだよ。あとは、宰相殿に頑張って貰わないとね」

チリンと小さな鐘を王様が鳴らす。少し待つと、ゆったりとした動きでヴァルターがやってきた。

「お呼びでしょうか」
「お茶会もお開きだ。宰相殿が案内してやってくれ」
「かしこまりました」

ヴァルターが王様に頭を下げ、俺の椅子を引く。

「ああ、そうだ。カナト殿、宰相殿に飽きたらいつでも言ってくれ。君を紹介できる子は他にもいるから」

ガタリ
音も立てずに慣れたように椅子を引いていたのに、急に音が響く。
王様がふっと小馬鹿にするように笑った。

「…は、はぁ。ありがとうございます…?」
「では、また今度」

ひらひらと手を振る王様を尻目に、ヴァルターと並んだ。


廊下を並んで歩いている。それだけなのに、緊張感のある雰囲気が漂う。
横目でちらりとヴァルターを見るが、紫の瞳は真っ直ぐと前を向いている。何を考えているのかさっぱりだ。
…王様は分かっていそうだったのに。それが少しだけ悔しく感じる。

「…君が、家を出るというなら支持をしよう」

ぼそりと小さく呟かれる。低い声は少し聞き取りにくいのに、やけに鮮明に耳に届いた。

「出ていって欲しいの?」
「君が選ぶなら」
「俺が選ぶならいいんだ…」

無性に腹が立った。俺の選択を尊重するような佇まいと、選ばないと決めきっているその態度に。
怒りと呼ぶには浅すぎる感情だ。

「じゃあ、王様のところに戻って紹介してもらう。俺、若くて顔もいいからすぐに見つかるし。そうしたら…そうしたら、宰相殿ともお別れだね」
「………」
「若いから、若い人紹介して貰う。これが宰相殿のいう正しいことだもんね?」

ヴァルターは無言のままで、俺には表情も相変わらず読み取れない。ぎゅっと握られた指先が白くなっていることぐらいしか分からない。

「……俺は今、ヴァルターがいいのに。それじゃだめなの」

誰もいない廊下に俺だけの声が響いた。

「…今が終わったこの先は?」
「え?」
「今が終われば君には、次がある。だが私は…」
「今がなきゃ、未来もないよ…」

握られた手を取る。糸をほどくように、握られた指をひとつずつ開く。

「そうだな…それは、正しい」
「俺はヴァルターの正しさの上にいられない?」
「…逆だ。それを失うことが…、怖い」

はりのなく、水分の少ない肌。何で傷ついたか分からないけど、手には細かな傷が多くある。
ずっと生きてきた人の手。
俺には見えない正しい未来が、見えている。

この手に受け止めて貰えなかったら、ヴァルターのいない未来を選ぶんだろうか。

「俺には、ずっと居れるなんて言えない。多分、ヴァルターの言うことのが正しいんだと思う」
「……」
「でも、俺にはそんなので納得できないから…少しでいいから、俺のこと気になるっていうなら。折れて……」

じぃっとヴァルターを見つめる。誰かの顔をずっと見るなんてしない。すぐに勘違いされてしまうから。
だけど、勘違いでいいから。視界から外さないで欲しかった。

「………っ、…」

初めてヴァルターの瞳が泳ぐ。俺にも分かるぐらい理知的な瞳から感情が溢れだしている。
これは誰にいわれなくても分かるものだ。

「俺の手握って」

ぎゅっと弱く、壊れ物に触れるように握られる。

「…君は本当に凄まじいな」
「俺も初めてこんなことしてる」

ヴァルターが深く息を吐いた。一瞬で空気が変わる。
胸が高鳴るのに、同時に喉の奥がひりつく。
これが、あの人たちの言う恐怖なのか。

「カナト、一緒にいてくれ」

紫の瞳が俺を真っ直ぐと見る。弱く握られた手が強くなった。

「うん……俺もヴァルターと一緒にいたい」

ぐっと手を引っ張られて、胸へと飛び込む。
重ねられた服の上からでも分かる体温が心地よい。

「きっと君が離れると言っても離してやれない」
「…いいよ、それで。俺も離れてやらないから」

指先を顔の皺へと這わす。俺の知らないヴァルターが詰まっている。けれど――
唇をそこへと落とす。

「俺とのキス後悔してる…?」
「まさか。年甲斐もなく喜んだよ」

軽く唇が触れる。
なんてないことの全てが胸を満たすようだった。

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