The Outsider ~規矩行い尽くすべからず~

藤原丹後

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第1章 ダンジョン

第15話 ひとりが好きなわけじゃないのよ

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 ゴトゴトと小さくはない音を響かせながら車椅子は進む。
 3歩押しては手を放し2歩下がる。中腰になりながら天井と通路の先で何か動いていないか視線を向ける。

 視野の周辺部は視力が低く細かいものを見ることには不向きだが、動くものを捉えることは、中心部に比べてむしろスグれた機能を発揮することがある。スポーツ選手を評して、後ろに目がついているというやつだが、第二次世界大戦以前の有視界戦闘でエースパイロットと言われた人たちも経験的に知っていたらしい。

 未知の空間を進むという緊張感より、単調な動作の繰り返しに厭きてきたとき、入り口から10数メートル進んだところで右に3メートル四方の空間(小部屋)をみつけた。
 見ると、これみよがしに部屋中央部に赤いオーブが3個転がっている。
 物干し竿ザオで軽く接触させたが硬オーブのようだ。

 赤いオーブの買取価格は安いので、公社に持ち込むつもりはないが、現状何のスキルも持っていないのだから、今ここで自分の為に使おうかという誘惑に駆られる。

 ……鑑定されたときに不審に思われない平均保有スキルってどれぐらいなのだろう? まぁ赤スキルなんて個人の好みの問題だろうから、冷やかされることはあるだろうけど、赤だったら冷やかされる程度の話だよな。
 ただ、もし公社が秘密裏に入場者にたいして鑑定を行いデータを残しているのだとしたら、2回目の入場時に赤スキルを持っていたら説明を求められるか……
 まぁ1人ができる鑑定回数には限りがあるのだから、複数人鑑定持ちがいても、ダンジョン入場者全員を鑑定していることは恐らくないだろう。という希望的観測もあり? かな?

 解決策は2つ。
 公社から赤オーブを購入する。金策の為にダンジョンに潜るのに、無料で手に入る物に金をだすのってどうなのだろう……
 もう1つは、拾えるだけオーブを拾ったら、公社に自宅ダンジョンの存在を明かし、自宅を公社に買い取ってもらう。
 もちろん入場登録を行いダンジョン装備を購入したときには、自宅にそんなものはなかったと開き直って嘘をつきとおす。

 実際には一択か。後者しかないよなぁ。公社のセキュリティと職員を直接見に行ったけれど、素人がちょっと考えただけで出し抜けるなんていう甘いものではないことが分かってしまった。

 とりあえず拾うか。俺は物干しざおで天井を突いてまわり、スライムが擬態して潜んでいないのを確認してから、布団叩きで硬い赤オーブ3個を手元に引き寄せてバックパックに放り込んだ。

 全部硬オーブだった。とりあえず打撃武器のスキルだけは取っておくか。あとは保留。使い道が思いつかない。格闘技系だと、空手? キックボクシング? 対人戦闘は柔道一択? 全部とっておこうか…… 何が良いのかさっぱりわからん。
 第2層に備えて弓を買っておくべきなのかもしれないが、矢の値段が高い。繰り返し使用できるようにジュラルミン矢を買うにしても、2・3回で使えなくなるようじゃ何しにダンジョンに来ているのか分からなくなる。

 高くなったと言えば銀塩フィルム。
 デジカメではバッテリーの持ちが悪いので、昔の電池を使わないマニュアルカメラの需要が喚起された。
 それによって中古価格が高騰したが、フジは銀塩フィルムを量産する気がないらしい。コダックが変な色気をみせているが、もうあの会社は何がどうなってるのかさっぱり分からん。ましてや、東欧の聞いたこともないフィルムなんか手に入れるスベがない。
 某国のカメラメーカーがマニュアル銀塩対応の古い規格のレンズとマウントアダプターを売りにだしたが、あれ、鉛入りなのだろうか? だとすれば欧米市場じゃ販売できないし、暗いF値のレンズをダンジョンに持ち込んでも、使い道が限られていることはどこまで一般に周知されているのだろうか。

 ちなみに、日本の中古マニュアルレンズはダンジョン騒動と同時にジャンク品共々中古市場から消えた。

 公社が公開しているダンジョン内画像は、チルドボックスにフィルムと現像道具一式を放り込んで、ダンジョン内でフィルムの現像までやっているそうだが金持ちは羨ましい。モノクロフィルムだったら俺でもできるが、フィルムや溶液が使える限界時間を把握するまで、どれだけのフィルムを無駄にするのかと思えば、現行の高いフィルムではちょっと試す気にはなれない。

 などという事をだらだらと考えながらコの字になっている通路を40メートル程進むと、変則十字路にち当たった。
 左右は3・4メートルぐらいで行き止まりに見える。
 クランク状になった正面の通路を数メートル進んだところで突然広い空間にでた。

 左右は10メートルぐらいだが、奥行きは20メートルぐらいだろうか、龕灯ガンドウでは分かり難いので、思い切ってヘッドライトの光量を上げ、天井と壁を丹念に眺める。
 左右に何かが隠れられそうな瘤状の壁があり、空間への立ち入りを躊躇させられる。

 天井を物干し竿で突きながら、車椅子を数メートル押し込む。人形の肩越しに龕灯ガンドウを両太腿の上に置き、ヘッドライトを消して、俺は後ろに下がってしゃがみこみ、数分間様子を窺った。

 ゴトゴトと五月蠅い音が止み沈黙と暗がりが周囲を支配する。
 バイザーを下ろしたヘルメットの息苦しさに耐えながら、俺は2つのことを考える。
 1つは探索続行。まだ1時間もダンジョン内に滞在していないのだから、帰るには早すぎる。
 もう1つは、龕灯ガンドウの蝋燭を消し、カイロを張り付けた頭巾はそのままにして、明日人形がどうなっているのか1日時間をおいて確かめること。

 スライムはダンジョン内に存在するのか? 存在していても此の人形には反応しないのか? 先にそれを確認した方がいいような気がしてきた。

 わかっている。俺が今苛ついているのは、あの何の役にも立っていない人形と車椅子を持ち込んだ自身の間抜けさにだという事は。
 もし、このダンジョンにスライムの他に何かいるとしとしたら、大きな音をたてながら通路を進むのは、それらを呼び寄せる自殺行為だ。
 野外で野生生物相手であるのなら、音を出すことは悪い事ばかりではない。でも、こんな閉鎖空間で音を出しながら進むことに利点は何もないだろう。
 それにスライムが全くいないというのも不審だ。何故いない。

 クールダウンのために仕切りなおして帰ろう。そう思いながら龕灯ガンドウを回収するために、ヘッドライトを再点灯させて車椅子の方にとぼとぼと歩いて行く。

 今、目に見える範囲の空間を瓢箪型として、手前と奥の2部屋と仮定すると手前の部屋右奥に、注連縄シメナワが張ってあれば磐座イワクラに見えないこともない横幅4・5メートルぐらいの大岩の上で何かが光ったことを視角の端で捉えた。
 天井と大岩の死角に注意を払いながら、人形と車椅子を放置して高さ1メートルぐらいの大岩に近づく。

 テーブル状の岩の中央に、直径20cmぐらいの銀色をした金属? 製の輪。サークレット? が置かれている。

 咄嗟に天井を見上げる。やはり何もいない。念のために物干し竿で天井を突いてから、布団叩きを逆にもってサークレットを引っ掛け回収する。
 直径5ミリぐらいの金属一本で円環状の物。1カ所だけくの字になっている所が額を当てる箇所だろうか。

 俺は人形と車椅子をそのまま放置して、来た道を引き返した。
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