The Outsider ~規矩行い尽くすべからず~

藤原丹後

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第1章 ダンジョン

第24話 どなたもどうかお入りください 決してご遠慮はありません*

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 自宅マンションのベランダへと通じる銀白色の霧状のものがある部屋。
 置いてある方位磁石と時計と設置型のランプを回収する。持ち歩いている時計と磁石共々未だに狂いはない。
 ちなみに車椅子と人形は昨日の内に、マンション別フロアーにあるトランクルームへ収納しておいた。

「ここが日本と通じている部屋です。確認なのですが、こういう出入り口と球冠キュウカン鏡を通じての出入りには通る人数の回数制限があるのでしょうか? 」

球冠キュウカン鏡に関しては今回初めて使用したのでわかりません。事前に注意を受けなかったので、おそらく問題ないと思います。ダンジョンに関しては、一時的にでも通り抜けられなくなるという話は聞いたことがありません」

「そうですか。それを聞いて安心しました。日本側に出ると右側に布が垂れ下がっています。初めて聞く大きな音や変な臭いがするかもしれませんが、音や臭いに不審を感じたら、そこからダンジョンに引き返してください。絶対に大声は出さないでもらえますか。そのまま無言で1メートルほど歩いて、左側の開いている入り口から部屋に入ってください」

 あとは……地雷でなければいいのだけれど。言わないと俺の家には入れられないから言うしかないな、俺は潔癖症なんだからしかたがない。
「今からお湯と拭く布と履物と靴下を持ってきます。少しの時間このままでお待ちください。その後、私は直ぐに退室して10分後に戻ってきますので、その間に靴を脱いで足を拭っておいてもらえますか。あぁ、時計はご存知ですか? 」

「はい。そのような小さな物は裕福な方々の持ち物ですが、時計は分かります」

「では、そのまま5分ほど待っていてください」
 そう言うと俺は安物の腕時計をマヤに預けてベランダにでた。

 俺の住むマンションは交通量の多い幹線道路沿いで、深夜でも1分以上車が通らない時間帯というものはない。ダンジョンの静寂とはまるで違う、騒々しい日常がそこにあった。
 日よけシェードを張って、ベランダに新聞紙を敷き詰める。給湯器からお湯をバケツに溜めると左手に持ち、右手で客用スリッパと母用にまとめ買いしてある新品靴下(俺は新品を洗わずにそのまま穿く派)と、母の介護用に大量にある使い古しのタオルを1枚手に取りダンジョンに向かった。

 ダンジョンに入ると、マヤは靴を脱いで裸足で待っていてくれた。裸足を異性に見せないという文化的な羞恥心とは無縁なようで安堵した。
「未だ日本は寒いので、このスリッパと靴下も使ってください」
 そう言い残して自宅に向かう。

 ベランダを経由して自宅に入るとリビングのソファにシーツを掛け、高脚炬燵の電源を入れる。その後キッチンに向かうと薬缶ヤカンにミネラルウォーターを入れ、湯を沸かす準備を整える。ちらちらと時計を見ながら来客用の湯呑みとティーカップを洗いはじめたときに思った。
 最後にコレを使ったのは何年前だったのだろうか。

 ふと、背後に人の気配を感じる。振り向くとマヤが立っていた。
 洗い終えたティーカップを水切り器に置くと手を拭いて向き直る。

 ……革鎧を着込んだまま、片手剣も腰に下げている。何と闘うつもりなのだろう。
 賢治の小説* ではないのだから、これ以上脱げだの物を外せだのと言うのも億劫オックウになり、腕時計だけを受け取ると、ソファを指さして座って待っていて欲しいと告げる。
 指差す方向に歩きかけたマヤはリビングの水屋に目をとめると立ち止まった。

「マヤさん? 」
 ピクリと肩が動き話し掛けられていることに気付いてくれた。

「はいっ」

「陶磁器や漆器シッキに興味があるのですか? 」

「凄く高価な物を沢山お持ちなのですね」

「小銭で買える安物ではないですけれど、日雇い仕事の1時間分から3時間分位の給金で買える物が大半ですよ。日常的に使う物です。その中の高価な物でも日雇い仕事の日当1日分位の価値しかありません。まぁ年単位の時間をかけて少しずつ集めた物なので、単純にお金を出せば買えるという物でもないですが」

「文化的な差異とオッシャていた事の意味が少しわかりました」

 厳密に言うと世の中の仕組みや人々の暮らし向きが全く異なっているから金銭価値の相対化は無意味なんだがな。
 米価で換算すると1両は約4万円。そば代だと1両は約12万円。大工の手間賃になると1両が約30万円。江戸時代は長いから初期と幕末ではこの換算も全部違ってくる。
 ついでに言うと金銀銅の交換比率も何度か変更されていたりする。
 まぁ歴史の講義をするわけではないから言わないけれど。
 
 もう一度ソファに座ってくれるようにお願いすると今度は聞き入れてくれた。

 さてと、コンロに火をつけて俺は考え込む。
 母が好んで飲んでいた紅茶は何となく捨てられずに残しているが、もう飲めないだろう。
 外国人は緑茶に砂糖を入れて飲むのを好むと聞いたことがあるが、あれは不味いチョコレート好きの米人のことだったかな?
  珈琲の苦味を子供は嫌がるという話もあったな。

 ホットミルクが無難だろうか。
 でも俺、ホットミルクなんか試したことがない。鍋に入れて加熱しとけばいいのだろうか? 日本人は牛乳で腹をこわす人が一定数いるってのも何処かで聞いたことがあるけれど、彼女は大丈夫なのか。
 あぁそういえば、緑茶に牛乳を入れるのもありかな? 抹茶ラテだったか。

 マヤに聞いた方がいいなと振り向くと、少女はリビングにいない。
 ……見まわすと閉めておいたはずの俺の部屋のドアが開いている。
 自室に入るとマヤは部屋の中央で書棚を見上げていた。

「ここにある本は全て読まれたのですか? 」

 何故俺の部屋にはじめて入ってくると皆同じことを言うのだろう。どこかにそう聞けと張り紙でもしてあるのかな? 俺には見えない張り紙が。






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* 宮沢賢治 『注文の多い料理店』 角川文庫 1995
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