The Outsider ~規矩行い尽くすべからず~

藤原丹後

文字の大きさ
27 / 76
第1章 ダンジョン

第27話 非難は愚者でもできる 理解は賢者しかできない

しおりを挟む
 思考の堂々巡りに陥ったままマヤは抜け出しそうにないので、別の話で助け舟をだしてあげる。
「サークレットでの通訳ってどういう風に訳されているのかな? 例えば『主人公』という言葉を別の言葉で言い換えるとどうなるの?  」

「『演劇等での中心人物』、若しくは宗教談義において、『本来の自分』という意味で使用しています」

「『幽玄* 』だと? 」

「中国という国での本来の意は『幽深知難』。それが伝わった日本では複数の意味があって、一般的に認知されているのは『神秘性を帯びたもの』です。芸術分野では『優美』、ほかには『茫漠不明』という意味で使われることもあります」

「つまり俺の日本語知識を読み取っているのか。そういうことであれば誤訳の余地はないかな。安心した」

「……はぁ、そうですか」
 不得要領な返事。気まずい。「何言ってんだ? こいつ」という表情を見せるマヤに、もう少し補足して説明した方が良さそうなので言葉を思案していると。


「ダンジョンには行かないのですか? 」

 ……もしかしてこの。早く仕事を終わらせたいのか?
「確認していなかったけれど、ダンジョンに同行してもらえるということでいいの? 」

「はい。そのように申しつかっております」

「報酬はダンジョン内で取得した物を分配すればいいのかな? 」

「いえ。報酬は家令さんから頂戴しておりますから不要です」

「え? え~と、君の仕事ってダンジョン初心者の補助? 」

「ダンジョン初心者ではなく、家令さんの補助です。それと報酬ではないのですが、ダンジョン内で見つかったアイテムで家令さんが興味をもった品については、代金をお支払いいたしますので譲ってください」

 ……アイテムは気にするのか。まぁそれぐらいはしょうがないか。どのみち俺一人では行き詰っていたしな。
「わかった。ダンジョンへの同行は明日からお願い。その前に俺のダンジョン装備を見て欲しい。先に言っておくけれど、君を怒らせようとしているのではなくて、昨日まで実際に装備していたものだよ」
 そう言うと俺は装備を置いてある隣室へマヤを案内した。

・木製バット
・物干し竿に五寸釘を打ち込んだ投槍 70cmが6本、150cmが3本
・機動隊の旧装備一式
   ヘルとツナギ(防水難燃加工 ダンジョン仕様の耐衝撃・斬撃部分プロテクト込み)
   籠手/手袋/脛当/安全靴

・ポンチョ
龕灯ガンドウ
・ヘッドライト
・バックパック[カメラバック]
 蝋燭3本/ファイヤーピストン/ポリエステル仮撚糸ロープ10m/夏用毛布
   泉州フェイスタオル 中厚手3枚/鈴10個(音がしないようにタオルに包んである)
   スチールボール6mm200個/パラフィンオイル500ml 3本/タバコ1箱
   防水マッチ25本/衣類圧縮袋(ハンドポンプ付き) 特大2枚 大2枚 中2枚
 レジ袋M10枚/結束バンド50本/ナイロン テグス(釣り糸)200号 500m

・水筒 真空断熱式 750ml
・防災用のミルクビスケット1缶
・公社製腕時計
・多機能ナイフ
・方位磁針

 マヤは俺の手製投槍を手に取ると興味深そうに、いや、冷めた目で眺めている。
 そういう顔もするんだなぁと横から顔を見ていると、こちらの視線に気がついて向きなおる。

「なんですか、コレ」

「自作の投槍。日本は治安が良いことでこっちの世界では広く知られているけれど、まともな武器が手に入らない国でもある。俺もソレが有用な武器だとは考えていないよ。できる範囲で最大限工夫した産物がソレ」

「話になりません」

「話ができるように、まともな武器の入手を君に期待できるととても嬉しい」

「どういう武器をお望みですか? 」

「今は赤オーブで打撃と投槍と槍を持っているけれど、硬オーブ(橙)を取得次第別のスキルを取ってもいいよ。特に拘りは無い。ただ、俺に前衛は望まないでね」

「わかっています」

「他に必要な物ってある? 軟オーブ(赤)を10個と軽傷治癒の魔法は日に3回使えるから、医薬品は用意していないよ」

「幾つか用途の分からない物があります。ダンジョン内でタバコを吸われるのですか? 」

「いや。俺はタバコを吸ったことはない。それは……口で説明するのが難しいけれど、簡易時限装置とか、袋に油を移しかえて目標に投げつけた後、投槍で火を点けるのに使えるかなと頭の中で考えている。実際に試した事はないから上手くいくかどうかはやってみないと分からないが」
 マヤは眉をひそめて何かを考え込んでいる。明日は代わりの人がやって来そうな雲行きだ。

「あれっ? タバコが通じるんだ」

「タバコもジャガイモもありますよ」

「それって日本人が君の世界に持ち込んだの? 」

「おそらく違うと思います。周囲が止めるのを聞かずに『ジャガイモは食べられる』と言って、食べて死んだ日本人の話は……広く知られています」

 今。マヤは言葉を選んだな。

「どうして日本の人たちはジャガイモを食べられると思い込んでいるのですか? 」

「ほとんどの日本人はが出たジャガイモには注意するけれど、さえでていなければ問題ないことを知っている。ただ、問題となるのは“元々有毒植物だったジャガイモを数百年かけて毒性を薄めていったのだ”ということを日本人の大半が知らない事。君の世界では誰もジャガイモを食べられるように改良しなかったとするならば、原種に近いものだったのではないかな。翻訳アイテムの弊害だね。原種に近いジャガイモを日本人が見ても、それがジャガイモだとは気がつかなかったと思う。君の世界の誰かがそれはジャガイモだと言ったから、その日本人はジャガイモであれば食べられると考えてしまったのだろう」

「ノーフォーク農法はご存知ですか? 」

「あぁ、ノーフォーク農法は実現しているんだ」

「いえ。家令さんやその他の方々にその話はしないでくださいね」

「何故? 」

「その言葉を口にすると、会話を打ち切られます。過去には怒り出した日本人が良識に欠ける振る舞いを行ったので処刑されたこともありました。残念なことにその農法を押し付けようとしてくる日本人はかなりの数になりますし、不幸な結果に終わった日本人も比例して……」





____________________________________________________________
* 能勢朝次『幽玄論』河出書房 1944
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...