私だってあなたを愛するつもりはありません、宰相殿

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5. 新婚初日の朝

 翌朝、朝食をとる為にプライベート用のダイニングルームへと案内されたシャルロットはジェフの大声に足を止める。プライベートダイニングは主にカーター家の主人一家が使用するダイニングで、それほど広い造りではない。冬に暖炉の火が温かい、そんな部屋である。
「な…なんだこれは!!」
「朝刊でございます。あ、これはこれは。おはようございます、奥様」
 シャルロットは初めて相対する福福しいおじいさん……もといセバスに小さな声で挨拶を返す。
「違う!! 違うだろ! この…この記事はなんだと聞いているんだ! おはよう、シャルロット」
「おはようございます」
 ジェフがボサボサ頭のガウン姿で新聞を広げ震えているところだった。何か不穏な空気なのかと様子を窺うが、セバスは満面の笑みである。
「奥様、どうぞジェフ様はお気になさらずお座りください。ミルクを?」
 促されるままテルミアが引いた椅子にちょこんと腰かけた。今朝は起きてから専属侍女というテルミアがまるで王女様のように自分の世話をしてくれた。誂えたようにピッタリな肌着に着心地の良いワンピース。シャルロットは昨日不本意に結婚したことを忘れそうになるくらいに心地よいサービスを受けてしまった。

 だけど別に夢ではない。自分はこの髪型ボサボサのおじさんと昨日(契約上の)夫婦になった。コポコポと左から水、右からホットミルクがサーブされる。
「ありがとうございます、いただきます」
「ところで昨日はまともにご挨拶が出来ず申し訳ございません。私はカーターで筆頭執事を務めさせていただいております、セバスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
 ダイニングルームにある全てを采配している風の好々爺がにっこりと微笑んで奥様に向かい胸に手を当てて腰を折った。丸っこくってシャルロットより少しだけ背丈のある優しそうな人だった。慌てて立ち上がり、改めて自らも自己紹介をする。
「シャルロットです。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします!」
「あ~、なんとお可愛らしい。屋敷に花が咲いたようですな、ジェフ様。どうぞどうぞ、お席にお戻りくださいませ。今テルミアが焼き立てのパンをお持ちしますよ」
 側を離れていたテルミアが籐籠に盛ったパンと共に戻り、シャルロットにどれにするかを尋ねてくれる。
「どれになさいますか?」
 差し出された籠には色んな種類のパンが入っている。
「わぁ……」
「で? だからどうして新聞に結婚のことがでかでかと載ってるんだ。シャルロット、好きなパンをいくつでも取りなさい」
「はい! じゃあ、これと…これをお願いします」
 嬉しそうにテルミアが取り分け、何度でもおかわりをと教えてくれる。パンは熱々だった。
「どうしてって、参列者にグラハムも呼んでいましたからね」
「グラハムってオロフ・グラハム? 新聞記者の? なんで呼んだ?」
「そりゃあ、坊ちゃまのハレの日ですから。私達、世界中に知らしめたいのです」
「おい、写真は別人じゃないか。思い切り新郎が立ってる!」
「バルカスさんのお友達だそうです。お二人とも髪の色が同じでしょう。白黒ですけど。まぁ後ろ姿ですから、わかりゃしませんよ。まさか新聞で車椅子に白目を剥いた新郎はいけませんから」

 あはははははは

 楽しそうなセバスを凝視した後、ジェフはシャルロットをチラリと見る。
「あの…私もその記事を見せて頂いても?」
「………」
 多少の間をおいてから、ジェフが長い指で紙面を抜き取り向かいへ差し出す。新聞にはモデルのような後ろ姿の二人が寄り添って大聖堂を出ていく写真、『カーター宰相、ついに再婚。お相手はマルーン公爵令嬢シャルロット・マルーン!』の見出し。
「ええええ」
 めちゃくちゃ名前が載っている!
 シャルロットは他人事のような自分の名を穴が空く程見つめ、顔を上げてジェフを見た。
「私です」
「そうだな」
「生れて初めて新聞に載りました!」
「嬉しかった?」
「全然」
 そうだな、と繰り返してまたペラペラの新聞を二本指で受け取り、ポイっと後ろに投げ捨てる。
「昨日、公にしないと言った後でバルカスとこそこそ喋っていたのはコレのことか」
「奥様、サラダのドレッシングはレモンオリーブかオニオンどちらになさいますか」
 主人を無視してセバスは奥様の世話に夢中である。
「酸っぱいドレッシングが好きです」
「かしこまりました、ではオリーブにいたしましょう」
「あ~、も~! セバス、金輪際グラハムは使うなよ。あいつは政治記者と見せかけて本当はゴシップネタの方が好きなんだ。あいつを贔屓にしたなんて他の記者に思われるのは嫌だ!」
「何を仰っているんですか。だからバルカスさんがグラハムを呼んだんでしょうに」
 ジェフが天井を仰ぎ見て顔をこすっている。
「奥様、サラダの中にお嫌いなものは無さそうですか?」
「はい、苦手な食べ物はありません」
「なんと、奥様! それは素晴らしいことですな。どうぞしっかりお召し上がりください」
「ありがとうございます」
 シャルロットは色んな食感が楽しいサラダをパクパク食べた。テルミアがブルーベリーソースのかかったヨーグルトを持ってきてくれる。朝から至れり尽くせりがすごい! シャルロットは思っていたよりも緊張せずに朝食をいただいた。

 セバスが丸くてピンク色をしたほっぺに笑みを浮かべ、側に来て少し屈んだ。
「奥様、三日後から王城勤めをしていたビビアンというものが参ります。それまで屋敷の中で要りような物のお買い物や用事などを済ませて頂ければと思います。公爵家からの新品の持参品はたくさん有ったようには思いますが、どうも奥様の私物的なものが何もございませんでしたので」
「あの……王城勤めって、元女官の方とかですか」
 リンドで女官は官僚と同じくらいに頭のいい女性の職業として認知されている。また勉強漬けになるのかとシャルロットは少し悲しくなった。
「ビビアンは奥様の教育係です。最終的にはジェフ様の……つまり宰相の奥方としての立ち振る舞いを教えます」
「宰相の」
 シャルロットは難しそうな顔をして新聞を読む男を見る。広げられた紙面で顔は見えない。
 そうだった、やっぱり宰相とは宰相である。冷や汗が出る思いだ。昨晩の話では期間限定の関係だったので、そういった教育が必要なのかは怪しいが。だが元来素直で真面目なシャルロットはとりあえず『かしこまりました』と請け負う。
 これも仮面夫婦の一環だ。そういう契約なのだから、何でも是としなければならない。

「……シャルロット」
「はい」
 パン!
 乾いた音にシャルロットはキュッと肩を竦める。ジェフが手の甲で新聞を折って叩いた音だ。そのまま行儀悪くテーブルに肘を付き、眉間に皺を寄せてこちらを見た。少し部屋の空気が冷えたような気がして、知らずシャルロットは背筋を伸ばす。老執事と専属侍女も手を止めて主人を見た。
「この家には君を縛るものは何もない。あってはならない。嫌なら嫌と、遠慮はしないこと」

 あれ。

 何か怒られるのかと身構えていたシャルロットだったが、思いがけぬ言葉に拍子抜けをする。
「……かしこ、まりました?」
「んー」
 再びジェフが新聞に目を戻す。
 セバスとテルミアが微笑み、また二人のお世話を再開する。
 それから先はのんびりとした食事の音とジェフとセバスの会話が響く、新婚初日の朝であった。
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