13 / 69
13. 新婚旅行①
「新婚旅行ですよ」
「良いね」
屋敷のカウンターバーの中で頬を染めた老執事の言葉に、栗色の髪をひとつに結いながらバルカスが頷く。
「私がウキウキしちゃいます」
「私も~!」
バルカスの横、酒を片手にスツールに座るビビアンがしな垂れかかって賛同する。
「最近はすっかりビビまで『契約破棄の会』メンバーだな」
「他家からスケジュールまで買い漁って引きずり込んだのバルカスじゃない! まぁ大体、人の恋路ほど楽しいものはないわ。それがあの枯れた宰相様だって言うんだから。シャルロット様は可愛いし!」
「そうです、奥様はリンドいち、お可愛らしい」
セバスはグラスを拭きあげながら深く賛同した。
「ギリギリ娘でも通用するくらい年の離れた可愛い奥さんよ? 不満を言えるような立場じゃないのに。一体何が不満なのか全然わかんないわ、あの偏屈おじさま」
「おっしゃる通りですよ。しかしこの所、一気にお二人の距離は縮んでいます。ここにきての」
「新婚旅行!!」
「そう、バルカスさん、正解。是非もっと距離を縮めていただかねば」
布巾を置いた丸っこい手が顎を撫でる。
「でもどうやって縮めるの? 案外、仮面舞踏会は成功だったし、また閉じ込めるぅ? また一晩御守りをしたって良いわよ、ねぇ? バルカス」
「………」
「それですが、私は考えました」
ぱん! と手を叩いて、カクテルを飲んでいたテルミアが背を伸ばす。
「テルミアたん! いたのね!」
「奥様はおそらく、ご旅行自体が初めてです。お母様に余裕は無かったでしょうし、学校でも旅費が支払えず、ご友人から見せて頂いた卒業旅行などのお写真の中にもいらっしゃいませんでした」
「ああ、そうだろうね。ロジアンも一度も休んだりしなかったし」
バルカスが頷く。
「ですから、きっと海も初めてです。公爵領にもアリンドにも海もありませんから。いかがでしょう? 奥様と旦那様を夕陽の砂浜でお二人にしてみては」
「うんうん、どうせジェフ様、泳がないしな」
「むしろ坊ちゃまはもう泳げないのでは」
「いいじゃないそれ! 私もしたいくらい」
「それと、新婚旅行の記念にお互いにプレゼントを贈りあうなどはいかがでしょう。旅行中に観光名所の宝飾店などへお連れすれば、ジェフ様もごく自然に選べますし」
「テルミア、あなたは天才ですか?」
「いえ、どうもあなた方にお任せしては方向がゲス…失礼しました、上品にはならなさそうかと」
「テルミアたん、下衆って言いかけた?」
「言っておりません」
「本当は生演奏を入れてディナーの後でしっぽりダンスして頂くとか、最高なんですがね」
「セバス、それが出来るジェフ様なら俺たちは不要だよ」
「おっしゃる通り。はは。私としたことが…急いては事を仕損じますな」
「ところで、セバスちゃん達はいったいどれくらいシャルロット様について調べたの?」
「カティネの中までは調べられませんでしたが、元々お人柄を知るという調査でしたからね。学校の教師、ご友人やロジアン、ロジアンの客などには人を使って調査を入れましたよ。後でバレない様、それとなくを装ってね」
「へぇ~。それでお眼鏡に叶った訳だ」
「わたしはお陰ですっかり奥様が可愛くて仕方なくなりました。お会いする前から既に」
テルミアが思い出した様子を見せる。
「合格も合格、大合格!です。シャルロット様なら絶対にメイドの娘を売り捌きません」
「いや、それする奥様の方が圧倒的に世の中少ないからね?」
呆れたようなビビアンの言葉に、セバスもテルミアも軽やかに笑う。
「そう、普通の感覚で良い。シャルロット様はごく一般的な感覚をお持ちです。お母様に沢山愛されて育てられたから、お友達とも仲が良く、生活に不便があるご事情でしたが誰一人疎ましがったり邪険にはしなかった。相思相愛です。子爵家での惨状は知りえませんでしたが…それもあっての今の奥様なら逆に我々には言うことがありません」
「へぇ、良いお友達がたくさんいらっしゃるのね…それ、いいなぁ~!」
「大事にされて、大事するやり取りを知っている。それだけで十分です。身分とか教養とかそんな雑音はどうでも。私達は奥様にジェフ様を大事にして欲しいのです。熱烈な愛がなくてもいい。そうして、ジェフ様にも本当の意味で誰かを特別にする体験をしてほしい」
「でもさぁ~、ジェフ様って良い意味でこだわり無いって言うかフラットって言うか。とにかく淡泊じゃない?」
セバスはため息をつく。
「それですよ。とにかく坊ちゃまは頭が良すぎて、残念ながら五歳の頃からほぼ今とお変わりがありません。御母堂のジェニー様は大変に溺愛されていたのですが、あまりにジェフ様がしつこくチェスを強要し続けたり、ジェニー様にはわからない言語で話しかけたり、全ての贅沢について『貧困層がいるのに、なぜ』を連発されるのでカントリーハウスに立て籠もるようになっておしまいになり…御父上であるステファン様も気が弱く、七歳の頃には神童坊ちゃまに頭が上がりませんでした」
「なにそれぇ。そんな息子やだぁ」
「でもね、坊ちゃまは我々に身を削って良くしてくださる。温情ある方なのは確かなんです。だけど、全くご自分に興味がない。自分の幸せにあれほど無頓着な人を私たちは知りません」
「そう、だから肝心なところで男としてあり得ないことをする。結局前妻のミレーヌ様だって間男を作ってしまった原因はジェフ様にあるんだ。欲しがるままセザンヌ通りのアパルトマンを買い与えたのがきっかけ」
「え~!セザンヌ通りのアパルトマンなんて私も住みたい!オシャレの最先端よ!」
「そりゃあ最初はミレーヌ様も喜んだけどなぁ。でもあんなの、夫婦なら買っちゃいけなかった。そういうのも全然読めないというか…読む気もない。どうでも良すぎて」
「屋敷から居なくなったと後から気づいて小躍りしていらっしゃいましたからね。静かだ静かだ、って」
「そりゃあ自分だけベッドで寝るわ」
「それでも本人は大事にしているつもりだったのが凄いよ。何を考えてそうなるのかさっぱりわからない。頭の中を覗くことは出来ないからなぁ…」
バルカスが天井を仰ぐ。
皆がなんとなく同じように天井を見て、枯れた天才を思い出した。
「良いね」
屋敷のカウンターバーの中で頬を染めた老執事の言葉に、栗色の髪をひとつに結いながらバルカスが頷く。
「私がウキウキしちゃいます」
「私も~!」
バルカスの横、酒を片手にスツールに座るビビアンがしな垂れかかって賛同する。
「最近はすっかりビビまで『契約破棄の会』メンバーだな」
「他家からスケジュールまで買い漁って引きずり込んだのバルカスじゃない! まぁ大体、人の恋路ほど楽しいものはないわ。それがあの枯れた宰相様だって言うんだから。シャルロット様は可愛いし!」
「そうです、奥様はリンドいち、お可愛らしい」
セバスはグラスを拭きあげながら深く賛同した。
「ギリギリ娘でも通用するくらい年の離れた可愛い奥さんよ? 不満を言えるような立場じゃないのに。一体何が不満なのか全然わかんないわ、あの偏屈おじさま」
「おっしゃる通りですよ。しかしこの所、一気にお二人の距離は縮んでいます。ここにきての」
「新婚旅行!!」
「そう、バルカスさん、正解。是非もっと距離を縮めていただかねば」
布巾を置いた丸っこい手が顎を撫でる。
「でもどうやって縮めるの? 案外、仮面舞踏会は成功だったし、また閉じ込めるぅ? また一晩御守りをしたって良いわよ、ねぇ? バルカス」
「………」
「それですが、私は考えました」
ぱん! と手を叩いて、カクテルを飲んでいたテルミアが背を伸ばす。
「テルミアたん! いたのね!」
「奥様はおそらく、ご旅行自体が初めてです。お母様に余裕は無かったでしょうし、学校でも旅費が支払えず、ご友人から見せて頂いた卒業旅行などのお写真の中にもいらっしゃいませんでした」
「ああ、そうだろうね。ロジアンも一度も休んだりしなかったし」
バルカスが頷く。
「ですから、きっと海も初めてです。公爵領にもアリンドにも海もありませんから。いかがでしょう? 奥様と旦那様を夕陽の砂浜でお二人にしてみては」
「うんうん、どうせジェフ様、泳がないしな」
「むしろ坊ちゃまはもう泳げないのでは」
「いいじゃないそれ! 私もしたいくらい」
「それと、新婚旅行の記念にお互いにプレゼントを贈りあうなどはいかがでしょう。旅行中に観光名所の宝飾店などへお連れすれば、ジェフ様もごく自然に選べますし」
「テルミア、あなたは天才ですか?」
「いえ、どうもあなた方にお任せしては方向がゲス…失礼しました、上品にはならなさそうかと」
「テルミアたん、下衆って言いかけた?」
「言っておりません」
「本当は生演奏を入れてディナーの後でしっぽりダンスして頂くとか、最高なんですがね」
「セバス、それが出来るジェフ様なら俺たちは不要だよ」
「おっしゃる通り。はは。私としたことが…急いては事を仕損じますな」
「ところで、セバスちゃん達はいったいどれくらいシャルロット様について調べたの?」
「カティネの中までは調べられませんでしたが、元々お人柄を知るという調査でしたからね。学校の教師、ご友人やロジアン、ロジアンの客などには人を使って調査を入れましたよ。後でバレない様、それとなくを装ってね」
「へぇ~。それでお眼鏡に叶った訳だ」
「わたしはお陰ですっかり奥様が可愛くて仕方なくなりました。お会いする前から既に」
テルミアが思い出した様子を見せる。
「合格も合格、大合格!です。シャルロット様なら絶対にメイドの娘を売り捌きません」
「いや、それする奥様の方が圧倒的に世の中少ないからね?」
呆れたようなビビアンの言葉に、セバスもテルミアも軽やかに笑う。
「そう、普通の感覚で良い。シャルロット様はごく一般的な感覚をお持ちです。お母様に沢山愛されて育てられたから、お友達とも仲が良く、生活に不便があるご事情でしたが誰一人疎ましがったり邪険にはしなかった。相思相愛です。子爵家での惨状は知りえませんでしたが…それもあっての今の奥様なら逆に我々には言うことがありません」
「へぇ、良いお友達がたくさんいらっしゃるのね…それ、いいなぁ~!」
「大事にされて、大事するやり取りを知っている。それだけで十分です。身分とか教養とかそんな雑音はどうでも。私達は奥様にジェフ様を大事にして欲しいのです。熱烈な愛がなくてもいい。そうして、ジェフ様にも本当の意味で誰かを特別にする体験をしてほしい」
「でもさぁ~、ジェフ様って良い意味でこだわり無いって言うかフラットって言うか。とにかく淡泊じゃない?」
セバスはため息をつく。
「それですよ。とにかく坊ちゃまは頭が良すぎて、残念ながら五歳の頃からほぼ今とお変わりがありません。御母堂のジェニー様は大変に溺愛されていたのですが、あまりにジェフ様がしつこくチェスを強要し続けたり、ジェニー様にはわからない言語で話しかけたり、全ての贅沢について『貧困層がいるのに、なぜ』を連発されるのでカントリーハウスに立て籠もるようになっておしまいになり…御父上であるステファン様も気が弱く、七歳の頃には神童坊ちゃまに頭が上がりませんでした」
「なにそれぇ。そんな息子やだぁ」
「でもね、坊ちゃまは我々に身を削って良くしてくださる。温情ある方なのは確かなんです。だけど、全くご自分に興味がない。自分の幸せにあれほど無頓着な人を私たちは知りません」
「そう、だから肝心なところで男としてあり得ないことをする。結局前妻のミレーヌ様だって間男を作ってしまった原因はジェフ様にあるんだ。欲しがるままセザンヌ通りのアパルトマンを買い与えたのがきっかけ」
「え~!セザンヌ通りのアパルトマンなんて私も住みたい!オシャレの最先端よ!」
「そりゃあ最初はミレーヌ様も喜んだけどなぁ。でもあんなの、夫婦なら買っちゃいけなかった。そういうのも全然読めないというか…読む気もない。どうでも良すぎて」
「屋敷から居なくなったと後から気づいて小躍りしていらっしゃいましたからね。静かだ静かだ、って」
「そりゃあ自分だけベッドで寝るわ」
「それでも本人は大事にしているつもりだったのが凄いよ。何を考えてそうなるのかさっぱりわからない。頭の中を覗くことは出来ないからなぁ…」
バルカスが天井を仰ぐ。
皆がなんとなく同じように天井を見て、枯れた天才を思い出した。
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる
狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。
しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で………
こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
愛を知った私は、もう二度と跪きません
阿里
恋愛
泥だらけのドレス、冷え切った食事、終わりのない書類仕事。
家族のために尽くしてきたエカテリーナに返されたのは、あまりにも残酷な追放宣告だった。
「呪われた男にでも喰われてこい」
そう笑って送り出した彼らは知らなかった。辺境伯ゼノスが、誰よりも強く、美しく、そして執着心が強い男だということを。
彼の手によって「価値ある女」へと生まれ変わったエカテリーナ。
その輝きに目が眩み、後悔して這いつくばる元家族たち。
「エカテリーナ様、どうかお助けを!」
かつて私を虐げた人たちの悲鳴を聞きながら、私は最愛の夫の腕の中で、静かに微笑む。