私だってあなたを愛するつもりはありません、宰相殿

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13. 新婚旅行①

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「新婚旅行ですよ」
「良いね」
屋敷のカウンターバーの中で頬を染めた老執事の言葉に、栗色の髪をひとつに結いながらバルカスが頷く。
「私がウキウキしちゃいます」
「私も~!」
バルカスの横、酒を片手にスツールに座るビビアンがしな垂れかかって賛同する。
「最近はすっかりビビまで『契約破棄の会』メンバーだな」
「他家からスケジュールまで買い漁って引きずり込んだのバルカスじゃない! まぁ大体、人の恋路ほど楽しいものはないわ。それがあの枯れた宰相様だって言うんだから。シャルロット様は可愛いし!」
「そうです、奥様はリンドいち、お可愛らしい」
セバスはグラスを拭きあげながら深く賛同した。
「ギリギリ娘でも通用するくらい年の離れた可愛い奥さんよ? 不満を言えるような立場じゃないのに。一体何が不満なのか全然わかんないわ、あの偏屈おじさま」
「おっしゃる通りですよ。しかしこの所、一気にお二人の距離は縮んでいます。ここにきての」
「新婚旅行!!」
「そう、バルカスさん、正解。是非もっと距離を縮めていただかねば」
布巾を置いた丸っこい手が顎を撫でる。
「でもどうやって縮めるの? 案外、仮面舞踏会は成功だったし、また閉じ込めるぅ? また一晩御守りをしたって良いわよ、ねぇ? バルカス」
「………」

「それですが、私は考えました」
ぱん! と手を叩いて、カクテルを飲んでいたテルミアが背を伸ばす。
「テルミアたん! いたのね!」
「奥様はおそらく、ご旅行自体が初めてです。お母様に余裕は無かったでしょうし、学校でも旅費が支払えず、ご友人から見せて頂いた卒業旅行などのお写真の中にもいらっしゃいませんでした」
「ああ、そうだろうね。ロジアンも一度も休んだりしなかったし」
バルカスが頷く。
「ですから、きっと海も初めてです。公爵領にもアリンドにも海もありませんから。いかがでしょう? 奥様と旦那様を夕陽の砂浜でお二人にしてみては」
「うんうん、どうせジェフ様、泳がないしな」
「むしろ坊ちゃまはもう泳げないのでは」
「いいじゃないそれ! 私もしたいくらい」
「それと、新婚旅行の記念にお互いにプレゼントを贈りあうなどはいかがでしょう。旅行中に観光名所の宝飾店などへお連れすれば、ジェフ様もごく自然に選べますし」
「テルミア、あなたは天才ですか?」
「いえ、どうもあなた方にお任せしては方向がゲス…失礼しました、上品にはならなさそうかと」
「テルミアたん、下衆って言いかけた?」
「言っておりません」
「本当は生演奏を入れてディナーの後でしっぽりダンスして頂くとか、最高なんですがね」
「セバス、それが出来るジェフ様なら俺たちは不要だよ」
「おっしゃる通り。はは。私としたことが…急いては事を仕損じますな」

「ところで、セバスちゃん達はいったいどれくらいシャルロット様について調べたの?」
「カティネの中までは調べられませんでしたが、元々お人柄を知るという調査でしたからね。学校の教師、ご友人やロジアン、ロジアンの客などには人を使って調査を入れましたよ。後でバレない様、それとなくを装ってね」
「へぇ~。それでお眼鏡に叶った訳だ」
「わたしはお陰ですっかり奥様が可愛くて仕方なくなりました。お会いする前から既に」
テルミアが思い出した様子を見せる。
「合格も合格、大合格!です。シャルロット様なら絶対にメイドの娘を売り捌きません」
「いや、それする奥様の方が圧倒的に世の中少ないからね?」
呆れたようなビビアンの言葉に、セバスもテルミアも軽やかに笑う。

「そう、普通の感覚で良い。シャルロット様はごく一般的な感覚をお持ちです。お母様に沢山愛されて育てられたから、お友達とも仲が良く、生活に不便があるご事情でしたが誰一人疎ましがったり邪険にはしなかった。相思相愛です。子爵家での惨状は知りえませんでしたが…それもあっての今の奥様なら逆に我々には言うことがありません」
「へぇ、良いお友達がたくさんいらっしゃるのね…それ、いいなぁ~!」
「大事にされて、大事するやり取りを知っている。それだけで十分です。身分とか教養とかそんな雑音はどうでも。私達は奥様にジェフ様を大事にして欲しいのです。熱烈な愛がなくてもいい。そうして、ジェフ様にも本当の意味で誰かを特別にする体験をしてほしい」
「でもさぁ~、ジェフ様って良い意味でこだわり無いって言うかフラットって言うか。とにかく淡泊じゃない?」
セバスはため息をつく。
「それですよ。とにかく坊ちゃまは頭が良すぎて、残念ながら五歳の頃からほぼ今とお変わりがありません。御母堂のジェニー様は大変に溺愛されていたのですが、あまりにジェフ様がしつこくチェスを強要し続けたり、ジェニー様にはわからない言語で話しかけたり、全ての贅沢について『貧困層がいるのに、なぜ』を連発されるのでカントリーハウスに立て籠もるようになっておしまいになり…御父上であるステファン様も気が弱く、七歳の頃には神童坊ちゃまに頭が上がりませんでした」
「なにそれぇ。そんな息子やだぁ」
「でもね、坊ちゃまは我々に身を削って良くしてくださる。温情ある方なのは確かなんです。だけど、全くご自分に興味がない。自分の幸せにあれほど無頓着な人を私たちは知りません」
「そう、だから肝心なところで男としてあり得ないことをする。結局前妻のミレーヌ様だって間男を作ってしまった原因はジェフ様にあるんだ。欲しがるままセザンヌ通りのアパルトマンを買い与えたのがきっかけ」
「え~!セザンヌ通りのアパルトマンなんて私も住みたい!オシャレの最先端よ!」
「そりゃあ最初はミレーヌ様も喜んだけどなぁ。でもあんなの、夫婦なら買っちゃいけなかった。そういうのも全然読めないというか…読む気もない。どうでも良すぎて」
「屋敷から居なくなったと後から気づいて小躍りしていらっしゃいましたからね。静かだ静かだ、って」
「そりゃあ自分だけベッドで寝るわ」
「それでも本人は大事にしているつもりだったのが凄いよ。何を考えてそうなるのかさっぱりわからない。頭の中を覗くことは出来ないからなぁ…」
バルカスが天井を仰ぐ。
皆がなんとなく同じように天井を見て、枯れた天才を思い出した。
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