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27. 安眠
空になったカップを手にテルミアが下がると、灯りを落とした部屋のベッドでシャルロットは目を開けてじっとして過ごす。
三十分ほどそうしてから、おもむろにベッドから起き上がった。白くて洒落たデスクの浅い引き出しを開けて、手紙や書類を雑多に混ぜてある中から茶色い大きな封筒を取り出す。中には探偵社のフランコからの手紙と、彼に見せた(その際フランコは写真に撮っていた)写真である。
品の良い便箋には、友人を装った体で『進展はない』と暗に記してあった。まだ写真の男の素性はわからないのだ。
便箋を再度読んで綴じた後、シャルロットは安堵の息をついて写真を摘まむ。
探偵社に行ってから二週間近くが過ぎていた。先日初めて届いた手紙を見た瞬間、心臓はとまりかけた。
『母と共に写る男の素性を調べて欲しい』
それが、フランコにした依頼である。
ブランドンの机の引き出しには、母の男性遍歴についての報告書と、数枚の同じ男と寄り添う記念写真が同封されていた。白黒の二人は若く美しく幸せそうで、繋ぎ合った指先一つから相手への気持ちが滲み出ていた。その中でもはっきりと男の顔がわかる写真を抜き取ってきたのだ。
恐らくこれが、自分の本当の父親なのではないか…
紙きれの報告書と写真から、シャルロットは推察している。今更大きな驚きは無かったが、数々の男性遍歴の中に、ブランドンの名は無かった。
しかしやはりうっかり見つけてしまった諸々の衝撃は大きく、自分を身籠ったであろう時期に書かれていた男性の名を把握し忘れたことに気が付いたのはカーターに戻ってからだ。だけど写真があったから、恐らく父親だと思しきこの男が誰なのか調べてもらうことにしたのだ。母が時折酒を飲みながら歌った恋の相手は一体どんな人だったのか…
写真の男は美青年と言って良かった。どこか影のある流し目、スッとした顎。
細い指先で母と男の輪郭を辿り、シャルロットはまた堂々めぐる思考に嵌る。
本当の父親がまだ生きているなら、会いたかった。
だけど、それはマルーンの娘ではないことを意味している。隠し子でもなんでもないのだ。
明るみに出れば、この契約婚にも意味がなくなるだろう。ジェフはどこの馬の骨かわからぬ女を妻にして面倒を見た挙句に慰謝料を払うわけである。そんな馬鹿な話はない。
だけどマルーンの出方がわからなかった。少なくともブランドンはこのことを知っている筈だった。彼の机の引き出しにあったのだから。
つまり、ブランドンは初めからシャルロットについての全てをでっち上げ、無理やり娘を誕生させてジェフにあてがった。カーターの屋敷の者たちはみんな騙されてしまったのだ。
(ひどすぎる…)
母と関係があったのは本当かもしれないが、きっとブランドンには女がいっぱいいたのだろう。隠し子だって両手で足りないくらいいるのかもしれない。その中で境遇的に一番利用しやすかったのが自分だったのだ。
シャルロットが生まれるより前の古い写真の顔から、今の姿でこの男が探し出せるのかは少し難しいかもしれないとフランコは言った。記念写真もどこかの店という訳でもなく、どこかの白い壁だけ。とにかく少し時間を貰うよ、と返事は鈍いものだった。
この二週間近く、シャルロットは怯えて暮らしている。
自分が公爵家の娘なんかではないという現実が突き付けられたその後、まず住む家がない。これは大問題だ。もちろん職もない。花屋でまた雇ってもらえれば助かるが、人生はそううまくいかないのも知っている。まさか自分からカティネの物置に戻る訳にはいかないし、住み込みでどこかで働くとか、あるいはジェフとかバルカスから多少の金を借りて最初に部屋だけ何とか調達するとか?
カーター家の人々が騙されていることに気が付いて欲しい思いと、気が付かれなければ良いという自分勝手な欲に引き裂かれそうになる。だけどまだ、真実は何もわからない。
郵便が届く時間になればドキドキして、でもそれを表に出さぬようにした。更に身の振り方を考えなければならないし、テルミアやビビアンとの会話も上の空で、一日中気もそぞろに過ごして疲れて終わる…その繰り返し。とてもじゃないが前みたいに遊べなかった。
夜になれば気が小さくなって、依頼を取り下げようかと思ったりもする。
不安で胸がいっぱいになり、嫌な夢ばかりを見た。
ノックの音が聞こえて、シャルロットは急いで手紙と写真を引き出しに戻す。
光の速さでベッドに戻り、『はい』と答えた。
「あれ、もう寝てるのか」
「ジェフ?」
間接照明だけが照らす部屋を覗き込んで、ジェフが入って良いかと聞いてくる。
「どうぞ、まだ眠ってはいません」
「早くないか?まだ九時前だ」
衝立の向こうからジェフの声が近づいてくる。シャルロットはベッドで上半身を起こした。
「規則正しい生活を心がけているんです」
「ふーん」
「今日はお帰りが早かったんですね」
「ああ。久しぶりにな。だけど一人でディナーを」
「私は五時台のテーブルで皆と一緒に頂きました」
「五時! おやつの時間だな」
「どうして、三時でしょう、それ」
小さく笑った娘の声にホッとして、衝立から優しい顔が現われる。
「久しぶりですね、ジェフ」
「ああ、君の顔を見るのは久しぶりだ」
二人は知らずに笑んで、互いを見つめる。
「今日はお酒は飲まないのですか?」
「んぁ~、食事の時に少しは……一緒に飲む?」
シャルロットはジェフの提案に首を振る。
「さっきホットミルクを飲んだから、お腹がたぽたぽになっちゃう」
「そうか。眠りが浅いって?」
「少し」
「頭を押してやろうか」
言いながらジェフが笑い、シャルロットも笑い始める。
「嗅いだりしないでくださいね」
「よし」
シャルロットがベッドの位置をずらして、ジェフが隣にあがった。
脚の間に置いたミルクティー色の頭を、ゆっくり優しくジェフが押す。
「あ」
「痛い?」
「ううん、気持ちいいですね」
「そうだろ」
「すごく、疲れが押されてる感じがする」
「そうだ、押されて頭汁になって疲れが出て行く。疲れが酷いと頭汁は臭う」
「ネーミング!」
「眼鏡ザルと同じくらいのインパクトだろう」
「ふふふ、じゃあジェフはすっごく疲れ…」
「疲れてたから?」
しまったと口を閉じたシャルロットの鼻を摘まんでやるとケタケタと笑う。
「あ、待って」
鼻から離れる手を咄嗟に掴んでクンクンすると、それほど臭わず、シャルロットの口元は満足げに緩んだ。
「君の頭は臭くはならないな」
「ちょっと、やっぱり嗅いだんでしょう? あの時!」
「ははは。ちょっとな」
だけど甘い匂いがした。思い出してシャルロットの膨らんだ頬を突いて空気を抜いてやる。
「眠れないから元気がない?」
「いえ、元気がないことはありません。食欲もありますし。いつも通りです」
「そうか。ちょっと、君のことが気になって」
「私の?」
「あれから碌に顔を見ていなかったから。もう少しその…ゆったり墓参りができたら良かったんじゃないかと」
「……あ…あの時は…ありがとうございました。逆にあれはスッキリしました」
「スッキリ?」
「はい。誰にも言ったことがなかったんです。ずっと誰かに聞いて欲しかったみたい。言ったら不思議とスッキリしました」
「そうか」
「言ったからって、罪が軽くなる訳ではないのに、不思議なものですね」
「ひとつも君の罪はない。安心しなさい」
「ふふ。ジェフ、神父様みたい」
「大聖堂でなら働けそうだな」
「そうですね。あの強引で嘘つきな大聖堂でなら私も働けます」
ゆっくりゆっくり押される間に、シャルロットの不安も頭汁と一緒に出て行きそうになる。
「頭汁が出ればいいのになぁ……」
「君、変わってるね」
「じゃあ、次はジェフの頭汁の番!」
「お、いいな、ソレ」
交代でジェフが寝ころび、シャルロットが頭を押した。
「んー…いいね、やっぱり! 最高」
「頭汁屋さんをすれば、良い仕事になりそう」
本当にいいな。安眠・凝りに頭汁。結構人気が出そう。
「名前が気持ち悪いな。シャルロットの頭屋さんとかどうだ」
「床屋みたい。名前だと恥ずかしいから苗字ですかね。アップルトンズアタマッサージ、とか」
「長いな」
「じゃあロティズアタマッサージ? ジェフも来てくださいね。安くします」
「ほぉ」
マッサージを終えると、二人は互いに嗅ぐのは禁止だと牽制し合いつつ洗面で手を洗う。
「私はそんな洗う必要はないくらいだが」
「絶対しっかり洗っておいて!」
洗面所から出ると、逆に頭がすっきりしたシャルロットがジェフを遊びに誘う。
「それか、お酒を飲みに戻りますか?」
「良いよ、君が眠くなるまで付き合おう」
「ん~、じゃあ二人で遊べるゲームを持ってきてもらいます」
「そんなのしたら、いつまで経っても頭が休まらないだろ」
「じゃあ何をするの? しりとり?」
「ん~…楽しくて眠くなるやつ…」
なにそれ、とシャルロットが目を丸くする。ジェフも言ってはみたものの具体的に出てこない。
「あ」
「ん?」
「ジェフ、今まで読んだ本、覚えているんでしょう? 面白かった本の話をして下さいよ」
「ほー。そうだな、それならシャルロットも眠たくなりそうだ。よし、つまらん本の話をしよう」
「面白いの!」
クスクス笑いながらベッドへ向かう。今度はシャルロットが寝入る体制になり、ジェフがクッションに肘をついた姿勢で横になって、ミルクティー色の頭を見下ろした。
「そう言えば、さっき『ロティ』と」
「え? ああ、お店の名ですね。母や仲良しのお友達からはロティと呼ばれていました」
「ふーん」
「ジェフはどうやってもジェフですね」
「シャルロットのように長くないからな」
ジェフはそれからリクエストを聞いて、面白かった本の話を始める。渋くて低い声がたまにおどけた声や高い声になってシャルロットを笑わせた。その顔を見て、男の口角も上がる。
物語が終わらぬうちにジェフの声が途切れだすと、シャルロットの瞼もくっつきだした。
「ん…」
契約妻の寝ぼけた鼻声に、契約夫が手を伸ばして頭を撫でる。ふぅ、と最後に吐いたジェフの小さな息を聞いた後で二人は深い深い眠りについた。
****
「途中からあわや大事件勃発かと思った私が浅はかだった」
「期待したのはあなただけではありませんよ、セバス」
「あたまじるがドバドバ出そう」
「正直、お二人は同じレベル感ですね。中等部の同級生くらいかしら」
年長の二人はため息をつきながら聞き耳を立てていたドアを閉め、戸口から去る。一応気遣ったジェフが扉を開けていたので、聞こうと思えば中の様子は丸聞こえである。
むしろセバスなどは締め切って南京錠で閉じ込めてやりたいくらいだが。婚前の男女に必要とされる紳士ぶりが逆に腹立たしい。今必要なのはそこじゃない! 大声で言いたい。
「どうやっても色気のある展開にならないなぁ…坊ちゃまだってまだ若いのに。ちょっと二人はいい感じに思うんだけどね」
テルミアも頷く。
「ええ、お二人は悪くない。悪くはないですが、グッとくるような決め手に欠けるんでしょうか。下品なのはいただけませんが、確かに枯れ具合が心配です。あんなに可愛らしい据え膳があってお話ですって? ピロートークを勘違いしているのか、お疲れが過ぎるんじゃ?」
「だからと言って休暇をとっても飲みまくるんだ。やっぱりバルカスさんの言う通り薬を盛るしかないのか…」
「奥様に投げられてお終いですよ」
「なるほど」
「何か良い手はありませんかねぇ…」
三十分ほどそうしてから、おもむろにベッドから起き上がった。白くて洒落たデスクの浅い引き出しを開けて、手紙や書類を雑多に混ぜてある中から茶色い大きな封筒を取り出す。中には探偵社のフランコからの手紙と、彼に見せた(その際フランコは写真に撮っていた)写真である。
品の良い便箋には、友人を装った体で『進展はない』と暗に記してあった。まだ写真の男の素性はわからないのだ。
便箋を再度読んで綴じた後、シャルロットは安堵の息をついて写真を摘まむ。
探偵社に行ってから二週間近くが過ぎていた。先日初めて届いた手紙を見た瞬間、心臓はとまりかけた。
『母と共に写る男の素性を調べて欲しい』
それが、フランコにした依頼である。
ブランドンの机の引き出しには、母の男性遍歴についての報告書と、数枚の同じ男と寄り添う記念写真が同封されていた。白黒の二人は若く美しく幸せそうで、繋ぎ合った指先一つから相手への気持ちが滲み出ていた。その中でもはっきりと男の顔がわかる写真を抜き取ってきたのだ。
恐らくこれが、自分の本当の父親なのではないか…
紙きれの報告書と写真から、シャルロットは推察している。今更大きな驚きは無かったが、数々の男性遍歴の中に、ブランドンの名は無かった。
しかしやはりうっかり見つけてしまった諸々の衝撃は大きく、自分を身籠ったであろう時期に書かれていた男性の名を把握し忘れたことに気が付いたのはカーターに戻ってからだ。だけど写真があったから、恐らく父親だと思しきこの男が誰なのか調べてもらうことにしたのだ。母が時折酒を飲みながら歌った恋の相手は一体どんな人だったのか…
写真の男は美青年と言って良かった。どこか影のある流し目、スッとした顎。
細い指先で母と男の輪郭を辿り、シャルロットはまた堂々めぐる思考に嵌る。
本当の父親がまだ生きているなら、会いたかった。
だけど、それはマルーンの娘ではないことを意味している。隠し子でもなんでもないのだ。
明るみに出れば、この契約婚にも意味がなくなるだろう。ジェフはどこの馬の骨かわからぬ女を妻にして面倒を見た挙句に慰謝料を払うわけである。そんな馬鹿な話はない。
だけどマルーンの出方がわからなかった。少なくともブランドンはこのことを知っている筈だった。彼の机の引き出しにあったのだから。
つまり、ブランドンは初めからシャルロットについての全てをでっち上げ、無理やり娘を誕生させてジェフにあてがった。カーターの屋敷の者たちはみんな騙されてしまったのだ。
(ひどすぎる…)
母と関係があったのは本当かもしれないが、きっとブランドンには女がいっぱいいたのだろう。隠し子だって両手で足りないくらいいるのかもしれない。その中で境遇的に一番利用しやすかったのが自分だったのだ。
シャルロットが生まれるより前の古い写真の顔から、今の姿でこの男が探し出せるのかは少し難しいかもしれないとフランコは言った。記念写真もどこかの店という訳でもなく、どこかの白い壁だけ。とにかく少し時間を貰うよ、と返事は鈍いものだった。
この二週間近く、シャルロットは怯えて暮らしている。
自分が公爵家の娘なんかではないという現実が突き付けられたその後、まず住む家がない。これは大問題だ。もちろん職もない。花屋でまた雇ってもらえれば助かるが、人生はそううまくいかないのも知っている。まさか自分からカティネの物置に戻る訳にはいかないし、住み込みでどこかで働くとか、あるいはジェフとかバルカスから多少の金を借りて最初に部屋だけ何とか調達するとか?
カーター家の人々が騙されていることに気が付いて欲しい思いと、気が付かれなければ良いという自分勝手な欲に引き裂かれそうになる。だけどまだ、真実は何もわからない。
郵便が届く時間になればドキドキして、でもそれを表に出さぬようにした。更に身の振り方を考えなければならないし、テルミアやビビアンとの会話も上の空で、一日中気もそぞろに過ごして疲れて終わる…その繰り返し。とてもじゃないが前みたいに遊べなかった。
夜になれば気が小さくなって、依頼を取り下げようかと思ったりもする。
不安で胸がいっぱいになり、嫌な夢ばかりを見た。
ノックの音が聞こえて、シャルロットは急いで手紙と写真を引き出しに戻す。
光の速さでベッドに戻り、『はい』と答えた。
「あれ、もう寝てるのか」
「ジェフ?」
間接照明だけが照らす部屋を覗き込んで、ジェフが入って良いかと聞いてくる。
「どうぞ、まだ眠ってはいません」
「早くないか?まだ九時前だ」
衝立の向こうからジェフの声が近づいてくる。シャルロットはベッドで上半身を起こした。
「規則正しい生活を心がけているんです」
「ふーん」
「今日はお帰りが早かったんですね」
「ああ。久しぶりにな。だけど一人でディナーを」
「私は五時台のテーブルで皆と一緒に頂きました」
「五時! おやつの時間だな」
「どうして、三時でしょう、それ」
小さく笑った娘の声にホッとして、衝立から優しい顔が現われる。
「久しぶりですね、ジェフ」
「ああ、君の顔を見るのは久しぶりだ」
二人は知らずに笑んで、互いを見つめる。
「今日はお酒は飲まないのですか?」
「んぁ~、食事の時に少しは……一緒に飲む?」
シャルロットはジェフの提案に首を振る。
「さっきホットミルクを飲んだから、お腹がたぽたぽになっちゃう」
「そうか。眠りが浅いって?」
「少し」
「頭を押してやろうか」
言いながらジェフが笑い、シャルロットも笑い始める。
「嗅いだりしないでくださいね」
「よし」
シャルロットがベッドの位置をずらして、ジェフが隣にあがった。
脚の間に置いたミルクティー色の頭を、ゆっくり優しくジェフが押す。
「あ」
「痛い?」
「ううん、気持ちいいですね」
「そうだろ」
「すごく、疲れが押されてる感じがする」
「そうだ、押されて頭汁になって疲れが出て行く。疲れが酷いと頭汁は臭う」
「ネーミング!」
「眼鏡ザルと同じくらいのインパクトだろう」
「ふふふ、じゃあジェフはすっごく疲れ…」
「疲れてたから?」
しまったと口を閉じたシャルロットの鼻を摘まんでやるとケタケタと笑う。
「あ、待って」
鼻から離れる手を咄嗟に掴んでクンクンすると、それほど臭わず、シャルロットの口元は満足げに緩んだ。
「君の頭は臭くはならないな」
「ちょっと、やっぱり嗅いだんでしょう? あの時!」
「ははは。ちょっとな」
だけど甘い匂いがした。思い出してシャルロットの膨らんだ頬を突いて空気を抜いてやる。
「眠れないから元気がない?」
「いえ、元気がないことはありません。食欲もありますし。いつも通りです」
「そうか。ちょっと、君のことが気になって」
「私の?」
「あれから碌に顔を見ていなかったから。もう少しその…ゆったり墓参りができたら良かったんじゃないかと」
「……あ…あの時は…ありがとうございました。逆にあれはスッキリしました」
「スッキリ?」
「はい。誰にも言ったことがなかったんです。ずっと誰かに聞いて欲しかったみたい。言ったら不思議とスッキリしました」
「そうか」
「言ったからって、罪が軽くなる訳ではないのに、不思議なものですね」
「ひとつも君の罪はない。安心しなさい」
「ふふ。ジェフ、神父様みたい」
「大聖堂でなら働けそうだな」
「そうですね。あの強引で嘘つきな大聖堂でなら私も働けます」
ゆっくりゆっくり押される間に、シャルロットの不安も頭汁と一緒に出て行きそうになる。
「頭汁が出ればいいのになぁ……」
「君、変わってるね」
「じゃあ、次はジェフの頭汁の番!」
「お、いいな、ソレ」
交代でジェフが寝ころび、シャルロットが頭を押した。
「んー…いいね、やっぱり! 最高」
「頭汁屋さんをすれば、良い仕事になりそう」
本当にいいな。安眠・凝りに頭汁。結構人気が出そう。
「名前が気持ち悪いな。シャルロットの頭屋さんとかどうだ」
「床屋みたい。名前だと恥ずかしいから苗字ですかね。アップルトンズアタマッサージ、とか」
「長いな」
「じゃあロティズアタマッサージ? ジェフも来てくださいね。安くします」
「ほぉ」
マッサージを終えると、二人は互いに嗅ぐのは禁止だと牽制し合いつつ洗面で手を洗う。
「私はそんな洗う必要はないくらいだが」
「絶対しっかり洗っておいて!」
洗面所から出ると、逆に頭がすっきりしたシャルロットがジェフを遊びに誘う。
「それか、お酒を飲みに戻りますか?」
「良いよ、君が眠くなるまで付き合おう」
「ん~、じゃあ二人で遊べるゲームを持ってきてもらいます」
「そんなのしたら、いつまで経っても頭が休まらないだろ」
「じゃあ何をするの? しりとり?」
「ん~…楽しくて眠くなるやつ…」
なにそれ、とシャルロットが目を丸くする。ジェフも言ってはみたものの具体的に出てこない。
「あ」
「ん?」
「ジェフ、今まで読んだ本、覚えているんでしょう? 面白かった本の話をして下さいよ」
「ほー。そうだな、それならシャルロットも眠たくなりそうだ。よし、つまらん本の話をしよう」
「面白いの!」
クスクス笑いながらベッドへ向かう。今度はシャルロットが寝入る体制になり、ジェフがクッションに肘をついた姿勢で横になって、ミルクティー色の頭を見下ろした。
「そう言えば、さっき『ロティ』と」
「え? ああ、お店の名ですね。母や仲良しのお友達からはロティと呼ばれていました」
「ふーん」
「ジェフはどうやってもジェフですね」
「シャルロットのように長くないからな」
ジェフはそれからリクエストを聞いて、面白かった本の話を始める。渋くて低い声がたまにおどけた声や高い声になってシャルロットを笑わせた。その顔を見て、男の口角も上がる。
物語が終わらぬうちにジェフの声が途切れだすと、シャルロットの瞼もくっつきだした。
「ん…」
契約妻の寝ぼけた鼻声に、契約夫が手を伸ばして頭を撫でる。ふぅ、と最後に吐いたジェフの小さな息を聞いた後で二人は深い深い眠りについた。
****
「途中からあわや大事件勃発かと思った私が浅はかだった」
「期待したのはあなただけではありませんよ、セバス」
「あたまじるがドバドバ出そう」
「正直、お二人は同じレベル感ですね。中等部の同級生くらいかしら」
年長の二人はため息をつきながら聞き耳を立てていたドアを閉め、戸口から去る。一応気遣ったジェフが扉を開けていたので、聞こうと思えば中の様子は丸聞こえである。
むしろセバスなどは締め切って南京錠で閉じ込めてやりたいくらいだが。婚前の男女に必要とされる紳士ぶりが逆に腹立たしい。今必要なのはそこじゃない! 大声で言いたい。
「どうやっても色気のある展開にならないなぁ…坊ちゃまだってまだ若いのに。ちょっと二人はいい感じに思うんだけどね」
テルミアも頷く。
「ええ、お二人は悪くない。悪くはないですが、グッとくるような決め手に欠けるんでしょうか。下品なのはいただけませんが、確かに枯れ具合が心配です。あんなに可愛らしい据え膳があってお話ですって? ピロートークを勘違いしているのか、お疲れが過ぎるんじゃ?」
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