私だってあなたを愛するつもりはありません、宰相殿

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45. 大使館にて①

 ダフネは民主化も早くに終え、能力のあるものに淘汰された時代も過ぎ、昔から広い国土を持つ数国には及ばないが欧州内ではめきめきと国力を伸ばして来ている。ある意味その象徴と言っても良い大使館は白く堅牢な建物で、囲んだ鉄柵も威厳があった。
 大使館の周りはリンド兵が警備に当たり、鉄柵の外側にはスーツの長身、内側にはダフネの警備員と二人のスーツの男が向き合っている。
「大使が不在だから、大使以外の人間に会いたいと言っている」
「ですから、大使がご不在の今、どなたもお入れするわけにはいきません」
 延々と同じやり取りが門前で繰り返されて、バルカスはイライラしていた。
「大体、貴国が大変な時に大使は何をされているのですか。肝心な時に連絡がつかない大使など意味がない!」
「……私どもにはわかりません……私たちだって国へ帰れるのかどうか…」
 他国に派遣されている人間は基本的にアシッド派ではない。戻っても身の安全の保障はなかった。バルカスと門を挟んで立つ二人も困惑しかないのだ。

 パパーーーーッ

 クラクションが鳴り、正門前で固まっていた群れにボロ車が近づいてくる。
「大使!」
 助手席に座って手を振る鷲鼻が見え、二人は急いで開門し始める。
「グリュクンこ……」
 バルカスは大使からふと目線を後部座席に向けて固まった。助手席の男が窓を下げ、にこやかに挨拶をする。
「やぁ、ウェーバー君じゃないか。ああ、クーデターの件で帰国には心配をかけてしまって申し訳ない」
「大使、後ろには誰が?」
 薄汚れた後部座席に男物のコートを頭から被った女性二人が見える。コートからはみ出しているクルクルの赤毛に、コートを掴んだ手、指、爪。

 なんっだこの状況は。絶対にビビじゃないか!?

 バルカスの体温が上がる。ビビアンなら指先ひとつ見間違えることはない。
 ということは、隣で姿が見えない女性はシャルロット様じゃないのか?
「いやね、少し街中で用事がありまして。その時具合の悪くなった女性を保護しましたから、大使館でゆっくりして頂こうと、では」
 バッとバルカスが窓枠を掴む。
「ありがとうございます、リンド国民ならこちらで保護します、降ろして下さい!」
「いやいや、大丈夫だよ、彼女の父親を先にこちらで預かっているからね。親子でゆっくり休んでもらう」
「父親!? 何を言ってるんだ、ちょっと!」
「失礼するよ。ああ、忙しいな。貴国の滞在者の無事など確認を早くしなければね? だけど一体どのツテから連絡がとれるか……必要な連絡は追って電話します。今日の所は申し訳ないがお帰りを。さぁ、車を入れろ」
 グッと車のスピードが上がった。
「大使!」
 車が入ると速やかに正門が閉まる。
「申し訳ございません、では私どももこれで」
「え、ちょっと!」


 正門には内側のダフネ警備兵のみを残し、バルカスは頭を掻き毟る。
「なんだ、どうなってる! 電話……電話だ、そうだ!」
 とにかくジェフに連絡を、と車に引き返そうとしたバルカスの目の前に青い顔をしたテルミアが現われた。
「バルカスさん!」
「テルミア!?」
「バルカスさん、奥様とビビアンが中に」
「どうなってる? 何しているんだ、あの二人は」
「あの高校時代の友達からの手紙から、話せば長いのですが。とにかくセバスに言ってジェフ様の所に向かわせています。バルカスさんでも大使館には入れないのですか?」
「セバスに? んぁぁぁぁ、そうだよ、俺でも入れない! 大使館だけは別の国だからな!!」


 ****

 大使館の中はホテルみたいな豪華な造りだった。
 丸く巨大なガラス細工の照明が輝く広い玄関ホールにはふかふかの絨毯、二人は『大使』と呼ばれていた男に導かれて両開きの扉の先、建物の奥へと足を踏み入れていく。
『ウェーバー君はちょっと面倒っぽいなぁ。宰相が来たらさすがに追い返すのが手間だ』
 ダフネ語でぼやくグリュクンの元へ、秘書が走り寄った。
『おかえりなさいませ。大使、本国から通達がありました』
 十中八九、大使の解任と帰国命令だろう。新政権と馴れ合わない者を外交の表舞台に立たせる馬鹿はいない。
『通達はなんと?』
『大使の任を解くと。一切の外交権をはく奪されました』
『……まだ聞いていないことにする……暫く私は不在にしていると突っぱねてくれ』
 グリュクンの顔が険しくなる。秘書も立場が危ぶまれることは承知である。素早く頷いて通達を仕舞いこむ。
 何とかして土産を手にして帰国しなければ! 最悪、投獄も有り得る。
『ああ……あ、君、彼女たちは僕の財布をグルになってスろうとした悪い子たちなんだ。大使館の中で盗みを働くといけないから、あそこに入れといてくれるか』
 大柄な警備員は敬礼をした後、無言で女子ふたりの塊をつまむ。
『かしこまりました』
「え?」
「ちょっと何するの!?」
『大使の財布を狙ったのか。獲物が大き過ぎたな。さぁさぁ、処分が決まるまでこちらに』
「なに? なんて言ったの? ビビ!」
「ダフネ語なんてわからないわよ、え~、あー、ナンダッテ?」
「あ~…オマエ、ワルイ」
「はぁ~!?」
 大声を上げるが無視される。ずるずると二人はどこか知らぬ部屋まで移動させられた後、別の人間が目の前で絨毯を捲って床下の扉を開けた中を指し示された。
「ハイレ」
「………」
 シャルロットが小さな入り口を覗き込む。下は奥が見えないが、小部屋のようだった。
「ハイレ!!」
 もう一度大きな声で言われ、ビクッとした後でそろそろと這って足を降ろし、最後は手を離して硬い床に転がり落ちた。続けてビビアンも同様に落ちてくる。
 上から男二人が覗き込み、無言で扉が閉まった。


 突然目の前が真っ暗になった。
 ドキドキとシャルロットの心臓が脈を打ち始める。呼吸が浅くなってくる。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫)
「ロティ~! おしりいたぁい」
(あっ、そうだった! ひとりじゃなかった)
「ビビ、どこ? ねぇ、手を繋いで」
「ここ、ここ、ほら」
 指が触れる。温かさにホッとして、二人は両手を繋ぐ。
 パッと見だったが、ほぼ何もない小部屋だったと思う。隅っこに中くらいの瓶みたいなのが見えただけだ。シャルロットは大きく深呼吸をした。
「ビビ、どうして来ちゃったの」
「じゃあ聞くけど、逆だったらどうするの」
 え~、と声を上げた後で、やっぱり行くかと納得するしかない。
「テルミアたんと一緒だったの。探偵社まで」
「テルミアさんと? テルミアさんは今どこにいるの?」
「わからないわ。でもさっきの完全にバルカスだったし、まぁ私たちがココにいることはどうせ筒抜けでしょうよ」
「筒ぬけ……」
 良いのか悪いのか。シャルロットの眉が寄る。
「さっき全部知ってるって言ったわよね? 本当の父親を探していたのも知っていたってこと? 探偵に依頼して」
「知ってた! テルミアたんに教えてもらったの。あの家にプライバシーとかないわよ」
「………」
「まぁでもおかげで迎えは来るから大丈夫ってことよね」
「……迎えが来るかはわからないわよ」
「どうして」
「私はシャルロット・マルーンじゃなかったんだから」
「ロティ、結局本当の父親だって人に会ってないよね? その報告書が嘘なんじゃないの」
「報告書が嘘!?」
「なんかだって、おかしいでしょ。全部おかしいじゃない」
「それはまぁ」
 おかしい。今の所、千パーセントおかしかった。
「呼んでもないダフネの大使が探偵社で待っているのも変だし、いつまで経っても父親現れないのも変だし、あのタイミングでバルカスがここに来ているのも変だわ」
「銃で脅されて連れてこられるのも、ビビを人質に取られるのも、こんな部屋に閉じ込められるのも変だものね」
「実の父親と会う道のりがハード過ぎる」
「たしかに」

 あ~、なんかちょっと疲れちゃった。
 手を繋いで、ふたりは暗闇の中でゴロンとくっついた。

「ビビがいてくれて、良かった」
「でしょう!?」
「もうカーターのお屋敷には戻らないつもりで出てきたの。だから、ビビともお別れのつもりだった」
「ロティ……ロティ、ごめんね」
「何が!? 今ので謝るのは私でしょう」
「だってロティはいろんな問題をひとりで抱えていたのに、私、ずっとロティにちゃんと自分のことを話してこなかったから……だからロティも私に言えなかった……そうでしょう?」
「やっぱりマフィアの娘なの?」
「はぇ?」
 急激なパワーワードに間抜けな声を出してから、いや、全然違うけど、とビビアンがケラケラ笑う。
「えーっと、じゃあアッチだ、国家に育てられた女スパイの方?」
「ねぇ、ロティって本当は頭の中でそんなことばっかり考えてたわけ?」
「だってビビって想像力を掻き立てられるから。それになんとなく、みんながビビをそっとしているような気がして」
「あー…違うの、それはそっとしているんじゃなくて、腫れ物に触るみたいにしているだけ」
「腫れ物なの?」
「……わたしね」


 それから延々と、ビビアンは自分語りをした。シャルロットは暗闇だったことに感謝した。自分は相当間抜けな顔で聞いていただろうから。

「……それで、ロティにもなかなか言えなかった、ってわけ」
「やーーーーーーーーーーーーーーーーーっば!!!!!」

 繋いだままの手も足もバタバタさせてシャルロットが感想を述べる。
「やばかった?」
「マフィアよりもやばかった!!」
 きゃ~、となぜか二人はハグする。

 ねぇ、でもなんか、似てるね? とシャルロットが首を傾げる。
「お揃いみたい」
「そうでしょ!?」
「まぁ、私が公爵令嬢なのかはまだわからないけど。でも、そっかぁ……すごいね?ビビ。自分から、継承権とか全部要らないなんて」
「何もすごくないよ。別に持っていたって意味なんてないんだもの。私、自分のことは自分で決めたくなった。誰も私のことを一番にしないなら、私が一番大事にしてあげたかった」
「……私も、ビビが大事よ」
「んんんんんんんん!? 二度と会えなくしようとしたのに?」
「ねぇ、一緒に移民になろうよ」
「何それ。移民て、あの大陸に行くマヌエルの移民のこと?」
「だって私、偽物だったのに毎日あんな贅沢して過ごして、ドレスや毛皮やバックに靴に旅行に…とにかく必要ない経費をいっぱいかけさせたんだもの。お金持ちになって少しでも良いから返さなきゃ」
「移民て小麦とか作るんだっけ……ふぅ~む、いいよ! 行く~!」
「え、本当に!?」
「ねぇ、バルカスも連れて行こうよ」
「え、バルカスさんも?」
「だっていつまで経ってもパパが結婚して良いって言わないし。大陸まで行っちゃったら誰と結婚しようが関係ないから。男手あった方が農業も助かる!」
「名案!!」

 真っ暗でも狭くても、何にも怖くなかった。
 すっかり忘れてシャルロットはお喋りに夢中で過ごした。
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