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50. シャルロット
泣いてばかりの専属侍女にタオルを渡すと、新婦は挙式場のスタッフにドリンクを頼む。
「そんなに泣いてはカラカラになりますよ」
笑顔で果実水を持ってきてくれたスタッフがテルミアに手渡すと、反省してはいるものの流れる涙はどうしようもないと険しい顔をボロ泣きのままで引き締める。
「式の間に泣き過ぎて呼吸困難で倒れるかもしれませんが、絶対に最後まで見届ける所存です。絶対に病院には運ばないで下さい」
「大げさなんだから、テルミアたんは。私は一回目の式が見たかったわぁ」
「私も本人じゃなくて参列者として見たかった~!」
「我々は気が気じゃなかったですけどね」
「ジェフが目を覚ましたら逃げ出していたでしょうね」
「絶対逃げたわね。でも私のダーリンの方が足が速いし、どうせ捕まるか」
「あ、そっかぁ」
ひと際美しく仕上がった新婦が控室で動く度、さらさらと繊細なレースが揺れる。控室で動き回る女性たちはその様子をうっとりと眺めた。今日と言う良き日にはやっぱりマダム・ジャンヌに作ってもらったクラシカルなウェディングドレス。肩と鎖骨が出た真っ白な総レースの長袖に、レース下ではV字の胸元から光沢を放つホワイトのビスチェタイプスカートが広がる。
マダム曰く『渾身の』レースは北欧の伝統的な編み上げ手法で作られていた。気の遠くなるような数の小花が組み合わさって大ぶりな花を描く世界にたった一つのオーダーメイドレースは、シャルロットの素朴な可愛さも可憐な美しさも両方を引き立てる。珍しくジェフの希望があって、一切の宝飾はドレスには付けられなかった。
「やっぱ可愛いね、ジャンヌ!」
「マダム天才! 何着も何着もどうしてこんなに可愛いドレスが思いつけるのかしら。ビビのドレスも最高に可愛かったぁ」
三か月前に過ぎた親友の挙式を思い出してシャルロットはほっこりする。
深く反省した義理の(元)息子によるしつこい懇願は実を結び、ブランドンは再度の結婚を許可した。結局ジェフしか許可できる相手もいないようなので収まるところに収まるしかない。バティークだけは最後まで渋っていたが、次の離婚後は一生をマルーンで終えるというシャルロットにとっては謎の条件で許可してくれた。兄はいつ妹離れするのだろうと不思議だが、ジェフはそう言うと黙ってしまう。
今回の結婚式では好きに自分で色んなことを決めた。
全く同じ大聖堂を選んだのは単純に『やり直し』たかったから。ついでに噓つき神父も指名してやった。
眼鏡ザルと一緒にマルーンの庭園でフラワーシャワーに混ぜる薔薇の花びらを摘んだ。眼鏡ザルはマルーン兄妹を小馬鹿にする態度を改めようとはしないが、兄妹はそれぞれが独自の呪いをかけつづけている。
テルミアとリングピローを作った。テルミアの元カレがセバスだと聞いてビビアンと一生分笑った。カーター家の恋バナは、主人という一番大きな決着がついた所なので、家人たちは次の話題探しに余念がない。
ビビアンとドレスのデザインを選んだ。カーター家から徒歩五分のウェーバー子爵邸に住みだした次期子爵夫人はことあるごとにシャルロットを耳年増にしようとしてくるので、時々テルミアに怒られている。
兄と式の後にするパーティーの食事を決めた。またジェフと結婚することに決まってから、なぜか兄とジェフが時々無言で熱く見つめ合っているのが気になる。
バルカスとセバス、メイドの皆でパーティー用の飾り付けを作った。バルカスはビビアンとの結婚を許して貰いに行く日に長い髪を切った。覚悟を示したかったというが、ビビアンは『またもっとモテてしまうからさっさと伸ばしてよ!!』と絶叫していた。
シャルロットがカーターの屋敷に戻った日、セバスは無言で抱きしめてくれた。信じられないと言わんばかりの顔で老執事からシャルロットを引きはがしたジェフを見て、セバスは頬を染めていた。
パパと花嫁の父としてのモーニングを決めた。本当にこれはジェフにも内緒だが、シャルロットはねだってブランドンと一緒に寝たことがある。寝る前にママがよく歌っていた『恋の歌』を歌ってあげた。それはブランドンとソフィアが付き合っていた時に流行っていた曲だった。歌っている間、パパはずっと鼻水が出ていた。
式の前日には父と兄と、三人だけで小さな食卓を囲んだ。
「それでは花嫁様は御移動をお願いします」
「はぁい!」
頻りに鼻水を拭う父が扉の前で待っている。
「パパ、泣かないで」
「うう…ロティ……なんて可愛いんだ。前のウェディングドレスも良かったけど、それもたまらなく綺麗だね。ソフィアは今日もしっかり見ているよ」
胸ポケットに入れてくれている母の写真をそっと撫でておしえてくれる。前回もそうしてくれていたらしい。
「ありがとう」
それから父の手ずからベールが下ろされて、スタッフによって重厚な扉が開く。
「いってらっしゃいませ!」
バージンロードで満面の笑みで迎えてくれる人々は全員がシャルロットの、ジェフの大事な人になった。冗談みたいに同じ式場で、前よりたくさん増えた参列者に見守られて新婦は今度こそ父から新郎へと渡される。
参列者から忍び笑いが漏れるのは仕方がない。
本人たちが爆笑していた。
「立ってる!」
「意識があるからなぁ」
穏やか仮面に穏やかに睨まれて、静かに猫を被った二人が寄り添って立った。
綺麗だよ、とジェフが甘い顔で囁く。ジェフも今度こそ恰好良い新郎だった。
宣誓も誓いのキスも鮮やかに過ぎ、嘘つき神父が白々しく再びの夫婦の誕生を祝った。
じっと見つめるシャルロットに、神父は多めに祝福を授ける。
「さぁシャルロット、また明日の朝刊に載る。恰好良い後姿で大聖堂を去ろう」
「違いますよ、ジェフ。グラハムさんにはキスしてる写真を載せてもらうようにセバスさんが頼んでいました」
「なんだって!?」
「坊ちゃまが一番幸せな瞬間が最も人々を幸せにするって」
「俺は教祖か。病気だな」
「坊ちゃま病だから」
後でグラハムに電話しよう、とジェフがぼやいていたが、全ての先回りを終わらせているのがカーター家の流儀なので果たして『間に合う』のかは定かではない。
大変な家に嫁いだな、と人によっては思うかもしれない。だけどのんきな街娘のシャルロット・アップルトンは賑やかなカーター家が大好きである。
参列者たちのフラワーシャワーの中で先に大聖堂を降り、永遠の愛を奏でるという大鐘を鳴らしに扉を出る。
聖堂横の広場に集まり、ふたりで鐘を鳴らす紐を引くとリンゴンリンゴンと大きな音が鳴った。
「そう言えば、こんな音鳴ってた気も」
したりしなかったり。
逃げ出すことしか考えていなかった一回目を振り返って、シャルロットは不思議の国に迷い込んだみたいな気持ちになる。まるで何かに追い立てられるように、こんな所まで来てしまった。
「と言うことは、永遠を二回も約束してもらったな」
「ポジティブ~!」
大聖堂の最も高い尖塔の中で大きな鐘が揺れる。
シャルロットはジェフと並んで青い空を見上げた。
ママと今、目が合っている気がする。
あの時には予想もしていない今日。夫に父に兄に親友に屋敷の人々、両手で数えきれないくらいの大事な人ができた。間違いなくシャルロットは天涯孤独ではなくなった。
きっともう、ローレンスの丘でひとり泣くこともない。
次はきっと、ずーっと笑顔でママに話ができると思うよ。
私の夫を紹介するね。前の人と同じだけど。
兄が嬉しそうに手を広げて寄ってくる。
「ロティ、世界一綺麗だ……ハグをして」
「いいぞバティーク、おいで」
「ジェフじゃない」
シャルロットが嬉しそうに笑う。
「幸せになるんだよって言いたいが、そうでもない日もあるだろう。何かあったらいつでも、一人ででも直ぐに家に帰っておいで」
「兄上殿、ロティの予定に幸せじゃない日はないが」
「いやいやジェフ、世の中何が起こるかわからない。実際一度離婚したわけだし」
「………」
「ありがとう、兄さま。次は再来週のパパのバースデーに帰ります! スペシャルアップルパイを焼きに」
「父上のバースデーなら俺も一緒に帰らなくては」
「いやいや。ジェフは忙しいでしょうから、無理しないで下さい」
「バティークだってワクチン工場の注文が殺到してパンク寸前だろう」
今日からは余裕の『夫』は爽やかな笑顔である。
眼鏡に付き添われ、参列者の最後尾からブランドンとウィリアムがやってくる。
「いや、楽しい式だった。まさかお前が本当に三度目の正直を見せてくれるとはね」
「四度目はありませんよ」
「当たり前だろう。シャルロット、いつもビビと仲良くしてくれてありがとう。また新婚旅行をプレゼントしよう、どこに行きたいかジェフにねだっておきなさい」
「こちらこそ、いつも仲良くさせてもらってありがとうございます。新婚旅行!! 嬉しいです!」
喜ぶ新婦を甘い表情で見守る新郎を、ウィリアムと、遠くから頬を染めた老執事が感慨深く見守っている。
「バティーク、ロティが二回も嫁いだなら、次こそはお前の結婚式だな……諦めていたが、ロティのおかげで体調も良い。私の目が黒いうちに」
へ、とバティークが間の抜けた声を出した。
時折切なそうな目で世界一可愛い娘を見る息子が、ブランドンは不憫ながらも鬱陶しくて仕方がない。
「陛下、良い女性はいらっしゃいませんか。世情が落ち着いている内にリンドとしても良い縁が結べると良いでしょう」
「本人を目の前にして政治的が過ぎませんか!?」
「ああ、それは良いね。王女とかどうだい? 売れ残っていてもやはり品がある。貰ってやると恩を売れるし。実際、年上の女性は包容力があっておすすめだぞ」
「ふむ。確かに我の強すぎる女性だとロティが寄り付かなくなってしまいそうだ。釣書など見せていただけましたら幸いにございます」
「うんうん、ジェフに持たせよう」
「良かったな、兄上殿。父上のバースデーに君にもプレゼントが持って行けそうだ」
「ジェフ、ジェフ、頼むよ」
「だから忠告して差し上げたのに」
馬鹿にしたようにオズワルドが呟く。
「ふふふ、また王女様か~! 仲良くなれそう! また家族が増えるなら、楽しみですね、ジェフ……ジェフ?」
ジェフが顎を撫でながらぶつぶつ一人で何か言っていた。
「どうしたの?」
「確かにまだこうしていられるうちに早く家族を増やさないと。避難する状況になってくれば子どもと離れ離れになる」
目を丸くしたシャルロットはだんだんと赤くなる。
世界は混沌とした荒波へと向かっていく。だけどなるようになるものだ。シャルロット・マルーンは再び愛する夫に嫁ぐ。
だって私はあなたを愛していますから、宰相様。
「そんなに泣いてはカラカラになりますよ」
笑顔で果実水を持ってきてくれたスタッフがテルミアに手渡すと、反省してはいるものの流れる涙はどうしようもないと険しい顔をボロ泣きのままで引き締める。
「式の間に泣き過ぎて呼吸困難で倒れるかもしれませんが、絶対に最後まで見届ける所存です。絶対に病院には運ばないで下さい」
「大げさなんだから、テルミアたんは。私は一回目の式が見たかったわぁ」
「私も本人じゃなくて参列者として見たかった~!」
「我々は気が気じゃなかったですけどね」
「ジェフが目を覚ましたら逃げ出していたでしょうね」
「絶対逃げたわね。でも私のダーリンの方が足が速いし、どうせ捕まるか」
「あ、そっかぁ」
ひと際美しく仕上がった新婦が控室で動く度、さらさらと繊細なレースが揺れる。控室で動き回る女性たちはその様子をうっとりと眺めた。今日と言う良き日にはやっぱりマダム・ジャンヌに作ってもらったクラシカルなウェディングドレス。肩と鎖骨が出た真っ白な総レースの長袖に、レース下ではV字の胸元から光沢を放つホワイトのビスチェタイプスカートが広がる。
マダム曰く『渾身の』レースは北欧の伝統的な編み上げ手法で作られていた。気の遠くなるような数の小花が組み合わさって大ぶりな花を描く世界にたった一つのオーダーメイドレースは、シャルロットの素朴な可愛さも可憐な美しさも両方を引き立てる。珍しくジェフの希望があって、一切の宝飾はドレスには付けられなかった。
「やっぱ可愛いね、ジャンヌ!」
「マダム天才! 何着も何着もどうしてこんなに可愛いドレスが思いつけるのかしら。ビビのドレスも最高に可愛かったぁ」
三か月前に過ぎた親友の挙式を思い出してシャルロットはほっこりする。
深く反省した義理の(元)息子によるしつこい懇願は実を結び、ブランドンは再度の結婚を許可した。結局ジェフしか許可できる相手もいないようなので収まるところに収まるしかない。バティークだけは最後まで渋っていたが、次の離婚後は一生をマルーンで終えるというシャルロットにとっては謎の条件で許可してくれた。兄はいつ妹離れするのだろうと不思議だが、ジェフはそう言うと黙ってしまう。
今回の結婚式では好きに自分で色んなことを決めた。
全く同じ大聖堂を選んだのは単純に『やり直し』たかったから。ついでに噓つき神父も指名してやった。
眼鏡ザルと一緒にマルーンの庭園でフラワーシャワーに混ぜる薔薇の花びらを摘んだ。眼鏡ザルはマルーン兄妹を小馬鹿にする態度を改めようとはしないが、兄妹はそれぞれが独自の呪いをかけつづけている。
テルミアとリングピローを作った。テルミアの元カレがセバスだと聞いてビビアンと一生分笑った。カーター家の恋バナは、主人という一番大きな決着がついた所なので、家人たちは次の話題探しに余念がない。
ビビアンとドレスのデザインを選んだ。カーター家から徒歩五分のウェーバー子爵邸に住みだした次期子爵夫人はことあるごとにシャルロットを耳年増にしようとしてくるので、時々テルミアに怒られている。
兄と式の後にするパーティーの食事を決めた。またジェフと結婚することに決まってから、なぜか兄とジェフが時々無言で熱く見つめ合っているのが気になる。
バルカスとセバス、メイドの皆でパーティー用の飾り付けを作った。バルカスはビビアンとの結婚を許して貰いに行く日に長い髪を切った。覚悟を示したかったというが、ビビアンは『またもっとモテてしまうからさっさと伸ばしてよ!!』と絶叫していた。
シャルロットがカーターの屋敷に戻った日、セバスは無言で抱きしめてくれた。信じられないと言わんばかりの顔で老執事からシャルロットを引きはがしたジェフを見て、セバスは頬を染めていた。
パパと花嫁の父としてのモーニングを決めた。本当にこれはジェフにも内緒だが、シャルロットはねだってブランドンと一緒に寝たことがある。寝る前にママがよく歌っていた『恋の歌』を歌ってあげた。それはブランドンとソフィアが付き合っていた時に流行っていた曲だった。歌っている間、パパはずっと鼻水が出ていた。
式の前日には父と兄と、三人だけで小さな食卓を囲んだ。
「それでは花嫁様は御移動をお願いします」
「はぁい!」
頻りに鼻水を拭う父が扉の前で待っている。
「パパ、泣かないで」
「うう…ロティ……なんて可愛いんだ。前のウェディングドレスも良かったけど、それもたまらなく綺麗だね。ソフィアは今日もしっかり見ているよ」
胸ポケットに入れてくれている母の写真をそっと撫でておしえてくれる。前回もそうしてくれていたらしい。
「ありがとう」
それから父の手ずからベールが下ろされて、スタッフによって重厚な扉が開く。
「いってらっしゃいませ!」
バージンロードで満面の笑みで迎えてくれる人々は全員がシャルロットの、ジェフの大事な人になった。冗談みたいに同じ式場で、前よりたくさん増えた参列者に見守られて新婦は今度こそ父から新郎へと渡される。
参列者から忍び笑いが漏れるのは仕方がない。
本人たちが爆笑していた。
「立ってる!」
「意識があるからなぁ」
穏やか仮面に穏やかに睨まれて、静かに猫を被った二人が寄り添って立った。
綺麗だよ、とジェフが甘い顔で囁く。ジェフも今度こそ恰好良い新郎だった。
宣誓も誓いのキスも鮮やかに過ぎ、嘘つき神父が白々しく再びの夫婦の誕生を祝った。
じっと見つめるシャルロットに、神父は多めに祝福を授ける。
「さぁシャルロット、また明日の朝刊に載る。恰好良い後姿で大聖堂を去ろう」
「違いますよ、ジェフ。グラハムさんにはキスしてる写真を載せてもらうようにセバスさんが頼んでいました」
「なんだって!?」
「坊ちゃまが一番幸せな瞬間が最も人々を幸せにするって」
「俺は教祖か。病気だな」
「坊ちゃま病だから」
後でグラハムに電話しよう、とジェフがぼやいていたが、全ての先回りを終わらせているのがカーター家の流儀なので果たして『間に合う』のかは定かではない。
大変な家に嫁いだな、と人によっては思うかもしれない。だけどのんきな街娘のシャルロット・アップルトンは賑やかなカーター家が大好きである。
参列者たちのフラワーシャワーの中で先に大聖堂を降り、永遠の愛を奏でるという大鐘を鳴らしに扉を出る。
聖堂横の広場に集まり、ふたりで鐘を鳴らす紐を引くとリンゴンリンゴンと大きな音が鳴った。
「そう言えば、こんな音鳴ってた気も」
したりしなかったり。
逃げ出すことしか考えていなかった一回目を振り返って、シャルロットは不思議の国に迷い込んだみたいな気持ちになる。まるで何かに追い立てられるように、こんな所まで来てしまった。
「と言うことは、永遠を二回も約束してもらったな」
「ポジティブ~!」
大聖堂の最も高い尖塔の中で大きな鐘が揺れる。
シャルロットはジェフと並んで青い空を見上げた。
ママと今、目が合っている気がする。
あの時には予想もしていない今日。夫に父に兄に親友に屋敷の人々、両手で数えきれないくらいの大事な人ができた。間違いなくシャルロットは天涯孤独ではなくなった。
きっともう、ローレンスの丘でひとり泣くこともない。
次はきっと、ずーっと笑顔でママに話ができると思うよ。
私の夫を紹介するね。前の人と同じだけど。
兄が嬉しそうに手を広げて寄ってくる。
「ロティ、世界一綺麗だ……ハグをして」
「いいぞバティーク、おいで」
「ジェフじゃない」
シャルロットが嬉しそうに笑う。
「幸せになるんだよって言いたいが、そうでもない日もあるだろう。何かあったらいつでも、一人ででも直ぐに家に帰っておいで」
「兄上殿、ロティの予定に幸せじゃない日はないが」
「いやいやジェフ、世の中何が起こるかわからない。実際一度離婚したわけだし」
「………」
「ありがとう、兄さま。次は再来週のパパのバースデーに帰ります! スペシャルアップルパイを焼きに」
「父上のバースデーなら俺も一緒に帰らなくては」
「いやいや。ジェフは忙しいでしょうから、無理しないで下さい」
「バティークだってワクチン工場の注文が殺到してパンク寸前だろう」
今日からは余裕の『夫』は爽やかな笑顔である。
眼鏡に付き添われ、参列者の最後尾からブランドンとウィリアムがやってくる。
「いや、楽しい式だった。まさかお前が本当に三度目の正直を見せてくれるとはね」
「四度目はありませんよ」
「当たり前だろう。シャルロット、いつもビビと仲良くしてくれてありがとう。また新婚旅行をプレゼントしよう、どこに行きたいかジェフにねだっておきなさい」
「こちらこそ、いつも仲良くさせてもらってありがとうございます。新婚旅行!! 嬉しいです!」
喜ぶ新婦を甘い表情で見守る新郎を、ウィリアムと、遠くから頬を染めた老執事が感慨深く見守っている。
「バティーク、ロティが二回も嫁いだなら、次こそはお前の結婚式だな……諦めていたが、ロティのおかげで体調も良い。私の目が黒いうちに」
へ、とバティークが間の抜けた声を出した。
時折切なそうな目で世界一可愛い娘を見る息子が、ブランドンは不憫ながらも鬱陶しくて仕方がない。
「陛下、良い女性はいらっしゃいませんか。世情が落ち着いている内にリンドとしても良い縁が結べると良いでしょう」
「本人を目の前にして政治的が過ぎませんか!?」
「ああ、それは良いね。王女とかどうだい? 売れ残っていてもやはり品がある。貰ってやると恩を売れるし。実際、年上の女性は包容力があっておすすめだぞ」
「ふむ。確かに我の強すぎる女性だとロティが寄り付かなくなってしまいそうだ。釣書など見せていただけましたら幸いにございます」
「うんうん、ジェフに持たせよう」
「良かったな、兄上殿。父上のバースデーに君にもプレゼントが持って行けそうだ」
「ジェフ、ジェフ、頼むよ」
「だから忠告して差し上げたのに」
馬鹿にしたようにオズワルドが呟く。
「ふふふ、また王女様か~! 仲良くなれそう! また家族が増えるなら、楽しみですね、ジェフ……ジェフ?」
ジェフが顎を撫でながらぶつぶつ一人で何か言っていた。
「どうしたの?」
「確かにまだこうしていられるうちに早く家族を増やさないと。避難する状況になってくれば子どもと離れ離れになる」
目を丸くしたシャルロットはだんだんと赤くなる。
世界は混沌とした荒波へと向かっていく。だけどなるようになるものだ。シャルロット・マルーンは再び愛する夫に嫁ぐ。
だって私はあなたを愛していますから、宰相様。
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