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53. 番外編・シャルロット
「オズワルド、離婚を進めろ」
実の父親だったブランドンのその言葉を聞いた時、シャルロットは予想外の事態にただ驚きの『えっ』を発した。
だって、冗談かと思ったのだ。
結婚している本人たちじゃなくて、父親が決めるなんて変だし。でもそう考えた後で、結婚を決めた覚えも全くなかったと思い出して妙に腑に落ちてしまった。貴族って変なシステム持ってるんだなぁ、と。
「そんなわけないでしょ。さすがに突っ込むわ」
たくさんのトランクと共にマルーンの屋敷に移住してきたビビアンが呆れ顔で腕を組む。ブランドンから割り当てられたシャルロットの隣室で、ミラや他のメイドたちと荷解きをする。
カーターのお屋敷を出て行くことになったと告げると、親友は『え~、じゃあ私も行く~!』と一も二もなく付いて来ることを決めてくれた。最初は手ぶらでその日から泊まりに来てくれたので、父と兄との生活が少し不安だったシャルロットには強い強い味方になった。
しばらくしてウィリアムの許可を取ると、ブランドンの勧めで一人暮らしの住まいを引き払うことになった。一人暮らしの住まいと言ってもバルカスが建物全てを買い取っていたので住人は女性のみ、警備員が常駐する地域では有名なアパルトマンだが。
今日からビビアンも結婚までの間に完全に同居するのだ。『婚前交渉は許さん』という国王からすれば願ったり叶ったりだったらしい。元王女を我が家から嫁に出せる栄誉に胸を震わせ、持参品も持たせると父は張り切っている。
「でもほら、貴族の結婚て本人がどうとかって言うより、家同士の結びつきでしょ?」
「そぉんなの、ケースバイケースに決まってるじゃない。大好きだったら離れたくないんだから! 離婚したいのかどうかなんてロティが決めれば良いのよ」
「………そっかぁ」
意外にのんびりしているように見える親友に、ビビアンは明らかにショックを受けていたおじさんを思い出して気の毒に思った。
「ロティって結局、離婚したかったの? ジェフ様のこと、どう思ってるの」
シャルロットは何の迷いもなく『そんなの大好き!』とにっこりして即答する。
「お父様のこと、最初は信じられないくらいに酷い人だと思っていたし、そもそも実の娘じゃないって思っていたから、途中からは円満に離婚したり契約自体終了……満了? しないだろうなって殆ど確信してたの。だけど最後の最後に二転三転しちゃって。なんか気づいたら今日って感じ。選択肢に『離婚したくない』って思う暇がなかった」
「まぁ、そっか」
「後はもう……病院が最後で、全然会ってないから……ジェフが離婚のことどう思ってるのかとか、今どうしているのかわからないし」
「んん??」
大まかに荷解きが終わると、後はミラに託して二人は父の待つリビングルームへ向かう。
「わぁ、何度見てもこの真ん中の花瓶? オブジェ? が素晴らしいわね」
「ふふふ。ね、すごいよね」
マルーン邸の居間にある巨大な壺のような花瓶には、ロジアンのご主人が活けにきてくれるようになった。最初はあまりの桁違いな取引に震えたらしいが、マルーンが経営するフラワーショップの店長がサポートし、時々シャルロットも手伝いながらわいわいと楽しくオブジェが作られる。ブランドンがソファから楽しそうに眺める愛すべき時間である。
「荷物は落ち着いたかね」
「あ~! ドンちゃん、今日からよろしくお願いします!!」
ビビアンが遠慮なくブランドンにハグをしに行き、よく来たと撫でてもらう。
「今日からは君の二つ目の実家だと思って、好きなように過ごすんだよ」
「アイアイサー!」
「バルカスは遊びに来てもいいが、宿泊はダメだ。陛下との約束だからね?」
「パパに言わなきゃバレないでしょ」
「宰相殿は相当甘かったようだが、同じ娘を持つ身としては許可できない」
けちだと眉を下げるビビアンに二人が笑い、メイドがお茶の用意を始めていると仕事に一区切りつけたバティークも執務室から出てくる。
「やぁ、ビビアン。いらっしゃい」
「今日からどうぞよろしくお願いします、公爵様」
「ははは。君に改まれると僕が恐縮するよ。いや、しかし急ににぎやかになって! 良いですね、父上」
「ああ。ビビアン様が来られて、ロティも嬉しい」
「へへへ」
ブランドンが娘を見て口角を上げる。シャルロットもにっこり笑って父の腕に抱き着いた。
四人はテーブルに移動して、運ばれてきた紅茶やコーヒー、スイーツに手をつける。
「でもパパ、本当は、にぎやかって言うよりも私がちょっと抜けててうるさい娘だと思ってるかも」
「ロティ、うるさいなんて一度も思ったことはないが、抜けてるのはちょっとじゃないな」
「ひーっど!」
きゃははとビビアンが笑っている。
「そうよねぇ、本当にロティってば抜けているから。ジェフ様が毎日会いに来ていることにも気が付いていないみたいだし」
「え!?」
「ビビアン!!」
元王女がスーっと真顔になってバティークを見る。
「公爵様は勿論ご存知でしょう? 私、この引っ越しの支度でカーターのお屋敷に戻っていた間にバルカスに聞きましたよ。もうかれこれ二十日間近く通っていますね?」
「………」
「兄さま、それ、本当?」
「ロティ」
「どうしてロティに選択肢を与えないのですか!?」
シャルロットは驚いて、怒っているビビアンを見た。
「ビビアン様、そう怒らず。これを決めたのは私です」
ブランドンがゆったり構えて皆に向けて口を開く。
「病室で話した通り、様々な期待をかけて選別した結果がカーターでした。この選択は今でも間違いだとは思っておりません」
「ならば」
「これはシャルロットに一番よく聞いて欲しいのだが。ジェフ・カーターという男はどうも、自分のことを二の次に考える癖がある」
ビビアンはセバスのことをふと思い出した。老執事も同じようなことを言っていた。
「そういう思考の人間は、まぁ周囲を大事にするからそれは良いんだが……恐らく妻や子も自分の身の内に入れてしまえば、それすらも二の次にしてしまう。彼はそういう男だ。実の父親や母親ともそれなりだったようだが、ジェニー・カーターの葬儀の折には国際会議を優先していた。結婚を決めた時、一番引っかかっていたのがそれだ」
シャルロットはジェフの『母の死に目と葬儀より仕事を優先した』と言っていた顔を思い出した。だからセバス達にストライキされたのだと。
「あるいは宰相として、それが最上なのかもしれない。だけど、私は苦しんだ上でその選択をして欲しいんだ」
ブランドンの言葉に、若い三人は口を閉ざす。
それは娘を嫁がせる父だから出る言葉だった。
「傲慢だと思うかい?」
ビビアンが首を振る。
「ジェフが変われるのなら、変わってほしい。私の大事な娘なんだ。ちゃんと感じて考えて、苦しめるような人間になって……それでもう一度シャルロットが欲しいと言うのなら、許可しよう」
「パパ」
「だけど、必ず離婚は挟む。これはジェフに対するけじめだ。契約などという愚かな行為をした彼への罰だ。結婚そのものに全く向き合おうとしないのは、自分を蔑ろにしている証明だよ。ビジネスライクに離婚のスケジュールを立てる方がずっと楽だからね」
シャルロットはこぼれた涙を拭う。
「なぜ泣くんだい? ロティ」
「ジェフを悪く言わないで」
ぷっ、とビビアンが吹きだして、父も兄も苦笑する。
「彼が好きか」
頷いて涙を拭くミルクティー色の頭を、優しい手が撫でる。
「契約だって言ってくれたから、私の心は軽くなった。死にたい気持ちになったけど、ジェフが全部救ってくれた。ジェフは安心をくれたの。ママが死んでから、私は初めて疲れ以外で朝寝坊したし、遊ぶことに罪悪感がなくなった。生きることが辛くない時間が持てた」
ボサボサで新聞を読む一番よく見た姿も、酒ばかり飲んでいた楽しそうな時間も、一緒に眠った夜、温かい体温や夜会の夜に抱きしめてくれた身体、連れて行ってくれたティールームやクリスマスの歌も、指輪も、全部がシャルロットにとって欠くことの出来ないピースになってしまった。ジェフに会いたい。背が高くて、目尻の皺が優しい男。会いたい、会いたい、会って抱きしめて欲しかった。
顔を覆って告白する娘の背中を包んで、ブランドンが相槌を打つ。
「そうか……そうだな。それでロティ、それを彼に伝えるチャンスは有ったのか」
「……それは……契約関係だったし」
「そう、全てそこに尽きる。私はまだ彼を許すことは出来ない」
「パパ!」
「彼は一流の政治家だ。本意でなければ既に猛省しているだろうし、なりふり構わずお前を獲りに来るだろう。そうでなくてはもう渡さない。私たちが折れるまで、お前は安心して彼を待つと良い」
ビビアンはうんうん、といつの間にか軽快に頷きだしている。
「そうよね、その方が良いわ。あの枯れたおじさんにはそのくらいが丁度いい薬ね。やっぱりセバスちゃんじゃ甘いんだわ」
「でも僕、全然折れる気はないけどね」
「お前はその質の妙な私情を挟まぬように」
ブランドンが椅子を近づけて抱き寄せた娘を泣き止ませながら息子に目を眇める。
「妙ですって!? 失礼な」
「とにかく、公平な目でジャッジしろ。一国の宰相なんだ。ここで妙な借りを作るようなへまをするんじゃない。わかったな」
「わかりましたよ。まぁ、とにかくロティ、もうすぐ離婚は成立する。その後のことはその時に考える。まだ何も決まっていない。だけどロティが勝手にカーターの屋敷に行くことは禁止だよ。もう裁判所からも接近禁止令を出してもらっているからね」
「接近禁止令!?」
ビビアンとシャルロットが目を丸くする。
「そう。ジェフはマルーンの許可なく十メートルを超えて君に近づくことはできない」
想像してビビアンが笑い声を上げる。
「遠っ!!」
「その人に近づこうと努力して、目に見える距離と目標があればわかりやすい。良い作戦だろう?」
「父上は相変わらずのドライブ型ですよ」
バティークは嫌そうな顔をして紅茶を飲んだ。
「さぁ、ロティ。泣き止んでケーキを早く食べてしまいなさい。ビビアンも」
こくこくと頷いて、二人はパティシエご自慢の今日のケーキにフォークを入れる。
「ん、おいしい~!」
「ちょっとしょっぱい……」
そこからビビアンが思い出したようにヨガの話をし始めて、賑やかな声があがる。
シャルロットにとって生涯忘れられない四人での穏やかな生活が、ひととき続くことになる。
実の父親だったブランドンのその言葉を聞いた時、シャルロットは予想外の事態にただ驚きの『えっ』を発した。
だって、冗談かと思ったのだ。
結婚している本人たちじゃなくて、父親が決めるなんて変だし。でもそう考えた後で、結婚を決めた覚えも全くなかったと思い出して妙に腑に落ちてしまった。貴族って変なシステム持ってるんだなぁ、と。
「そんなわけないでしょ。さすがに突っ込むわ」
たくさんのトランクと共にマルーンの屋敷に移住してきたビビアンが呆れ顔で腕を組む。ブランドンから割り当てられたシャルロットの隣室で、ミラや他のメイドたちと荷解きをする。
カーターのお屋敷を出て行くことになったと告げると、親友は『え~、じゃあ私も行く~!』と一も二もなく付いて来ることを決めてくれた。最初は手ぶらでその日から泊まりに来てくれたので、父と兄との生活が少し不安だったシャルロットには強い強い味方になった。
しばらくしてウィリアムの許可を取ると、ブランドンの勧めで一人暮らしの住まいを引き払うことになった。一人暮らしの住まいと言ってもバルカスが建物全てを買い取っていたので住人は女性のみ、警備員が常駐する地域では有名なアパルトマンだが。
今日からビビアンも結婚までの間に完全に同居するのだ。『婚前交渉は許さん』という国王からすれば願ったり叶ったりだったらしい。元王女を我が家から嫁に出せる栄誉に胸を震わせ、持参品も持たせると父は張り切っている。
「でもほら、貴族の結婚て本人がどうとかって言うより、家同士の結びつきでしょ?」
「そぉんなの、ケースバイケースに決まってるじゃない。大好きだったら離れたくないんだから! 離婚したいのかどうかなんてロティが決めれば良いのよ」
「………そっかぁ」
意外にのんびりしているように見える親友に、ビビアンは明らかにショックを受けていたおじさんを思い出して気の毒に思った。
「ロティって結局、離婚したかったの? ジェフ様のこと、どう思ってるの」
シャルロットは何の迷いもなく『そんなの大好き!』とにっこりして即答する。
「お父様のこと、最初は信じられないくらいに酷い人だと思っていたし、そもそも実の娘じゃないって思っていたから、途中からは円満に離婚したり契約自体終了……満了? しないだろうなって殆ど確信してたの。だけど最後の最後に二転三転しちゃって。なんか気づいたら今日って感じ。選択肢に『離婚したくない』って思う暇がなかった」
「まぁ、そっか」
「後はもう……病院が最後で、全然会ってないから……ジェフが離婚のことどう思ってるのかとか、今どうしているのかわからないし」
「んん??」
大まかに荷解きが終わると、後はミラに託して二人は父の待つリビングルームへ向かう。
「わぁ、何度見てもこの真ん中の花瓶? オブジェ? が素晴らしいわね」
「ふふふ。ね、すごいよね」
マルーン邸の居間にある巨大な壺のような花瓶には、ロジアンのご主人が活けにきてくれるようになった。最初はあまりの桁違いな取引に震えたらしいが、マルーンが経営するフラワーショップの店長がサポートし、時々シャルロットも手伝いながらわいわいと楽しくオブジェが作られる。ブランドンがソファから楽しそうに眺める愛すべき時間である。
「荷物は落ち着いたかね」
「あ~! ドンちゃん、今日からよろしくお願いします!!」
ビビアンが遠慮なくブランドンにハグをしに行き、よく来たと撫でてもらう。
「今日からは君の二つ目の実家だと思って、好きなように過ごすんだよ」
「アイアイサー!」
「バルカスは遊びに来てもいいが、宿泊はダメだ。陛下との約束だからね?」
「パパに言わなきゃバレないでしょ」
「宰相殿は相当甘かったようだが、同じ娘を持つ身としては許可できない」
けちだと眉を下げるビビアンに二人が笑い、メイドがお茶の用意を始めていると仕事に一区切りつけたバティークも執務室から出てくる。
「やぁ、ビビアン。いらっしゃい」
「今日からどうぞよろしくお願いします、公爵様」
「ははは。君に改まれると僕が恐縮するよ。いや、しかし急ににぎやかになって! 良いですね、父上」
「ああ。ビビアン様が来られて、ロティも嬉しい」
「へへへ」
ブランドンが娘を見て口角を上げる。シャルロットもにっこり笑って父の腕に抱き着いた。
四人はテーブルに移動して、運ばれてきた紅茶やコーヒー、スイーツに手をつける。
「でもパパ、本当は、にぎやかって言うよりも私がちょっと抜けててうるさい娘だと思ってるかも」
「ロティ、うるさいなんて一度も思ったことはないが、抜けてるのはちょっとじゃないな」
「ひーっど!」
きゃははとビビアンが笑っている。
「そうよねぇ、本当にロティってば抜けているから。ジェフ様が毎日会いに来ていることにも気が付いていないみたいだし」
「え!?」
「ビビアン!!」
元王女がスーっと真顔になってバティークを見る。
「公爵様は勿論ご存知でしょう? 私、この引っ越しの支度でカーターのお屋敷に戻っていた間にバルカスに聞きましたよ。もうかれこれ二十日間近く通っていますね?」
「………」
「兄さま、それ、本当?」
「ロティ」
「どうしてロティに選択肢を与えないのですか!?」
シャルロットは驚いて、怒っているビビアンを見た。
「ビビアン様、そう怒らず。これを決めたのは私です」
ブランドンがゆったり構えて皆に向けて口を開く。
「病室で話した通り、様々な期待をかけて選別した結果がカーターでした。この選択は今でも間違いだとは思っておりません」
「ならば」
「これはシャルロットに一番よく聞いて欲しいのだが。ジェフ・カーターという男はどうも、自分のことを二の次に考える癖がある」
ビビアンはセバスのことをふと思い出した。老執事も同じようなことを言っていた。
「そういう思考の人間は、まぁ周囲を大事にするからそれは良いんだが……恐らく妻や子も自分の身の内に入れてしまえば、それすらも二の次にしてしまう。彼はそういう男だ。実の父親や母親ともそれなりだったようだが、ジェニー・カーターの葬儀の折には国際会議を優先していた。結婚を決めた時、一番引っかかっていたのがそれだ」
シャルロットはジェフの『母の死に目と葬儀より仕事を優先した』と言っていた顔を思い出した。だからセバス達にストライキされたのだと。
「あるいは宰相として、それが最上なのかもしれない。だけど、私は苦しんだ上でその選択をして欲しいんだ」
ブランドンの言葉に、若い三人は口を閉ざす。
それは娘を嫁がせる父だから出る言葉だった。
「傲慢だと思うかい?」
ビビアンが首を振る。
「ジェフが変われるのなら、変わってほしい。私の大事な娘なんだ。ちゃんと感じて考えて、苦しめるような人間になって……それでもう一度シャルロットが欲しいと言うのなら、許可しよう」
「パパ」
「だけど、必ず離婚は挟む。これはジェフに対するけじめだ。契約などという愚かな行為をした彼への罰だ。結婚そのものに全く向き合おうとしないのは、自分を蔑ろにしている証明だよ。ビジネスライクに離婚のスケジュールを立てる方がずっと楽だからね」
シャルロットはこぼれた涙を拭う。
「なぜ泣くんだい? ロティ」
「ジェフを悪く言わないで」
ぷっ、とビビアンが吹きだして、父も兄も苦笑する。
「彼が好きか」
頷いて涙を拭くミルクティー色の頭を、優しい手が撫でる。
「契約だって言ってくれたから、私の心は軽くなった。死にたい気持ちになったけど、ジェフが全部救ってくれた。ジェフは安心をくれたの。ママが死んでから、私は初めて疲れ以外で朝寝坊したし、遊ぶことに罪悪感がなくなった。生きることが辛くない時間が持てた」
ボサボサで新聞を読む一番よく見た姿も、酒ばかり飲んでいた楽しそうな時間も、一緒に眠った夜、温かい体温や夜会の夜に抱きしめてくれた身体、連れて行ってくれたティールームやクリスマスの歌も、指輪も、全部がシャルロットにとって欠くことの出来ないピースになってしまった。ジェフに会いたい。背が高くて、目尻の皺が優しい男。会いたい、会いたい、会って抱きしめて欲しかった。
顔を覆って告白する娘の背中を包んで、ブランドンが相槌を打つ。
「そうか……そうだな。それでロティ、それを彼に伝えるチャンスは有ったのか」
「……それは……契約関係だったし」
「そう、全てそこに尽きる。私はまだ彼を許すことは出来ない」
「パパ!」
「彼は一流の政治家だ。本意でなければ既に猛省しているだろうし、なりふり構わずお前を獲りに来るだろう。そうでなくてはもう渡さない。私たちが折れるまで、お前は安心して彼を待つと良い」
ビビアンはうんうん、といつの間にか軽快に頷きだしている。
「そうよね、その方が良いわ。あの枯れたおじさんにはそのくらいが丁度いい薬ね。やっぱりセバスちゃんじゃ甘いんだわ」
「でも僕、全然折れる気はないけどね」
「お前はその質の妙な私情を挟まぬように」
ブランドンが椅子を近づけて抱き寄せた娘を泣き止ませながら息子に目を眇める。
「妙ですって!? 失礼な」
「とにかく、公平な目でジャッジしろ。一国の宰相なんだ。ここで妙な借りを作るようなへまをするんじゃない。わかったな」
「わかりましたよ。まぁ、とにかくロティ、もうすぐ離婚は成立する。その後のことはその時に考える。まだ何も決まっていない。だけどロティが勝手にカーターの屋敷に行くことは禁止だよ。もう裁判所からも接近禁止令を出してもらっているからね」
「接近禁止令!?」
ビビアンとシャルロットが目を丸くする。
「そう。ジェフはマルーンの許可なく十メートルを超えて君に近づくことはできない」
想像してビビアンが笑い声を上げる。
「遠っ!!」
「その人に近づこうと努力して、目に見える距離と目標があればわかりやすい。良い作戦だろう?」
「父上は相変わらずのドライブ型ですよ」
バティークは嫌そうな顔をして紅茶を飲んだ。
「さぁ、ロティ。泣き止んでケーキを早く食べてしまいなさい。ビビアンも」
こくこくと頷いて、二人はパティシエご自慢の今日のケーキにフォークを入れる。
「ん、おいしい~!」
「ちょっとしょっぱい……」
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