生人形師喜三郎が駆ける

CHIHARU

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4   黛花魁の人形を作るんですよ

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 またも、
「数も多うて、豪華六四体だっせぇ」
 横合いから庄助が口をはさんだ。

 小屋に一歩入れば、いきなり『浅茅ヶ原一ツ家』の恐ろしい場面が展開する。
 鬼婆が包丁を片手に、妊婦に迫る場面。
 観音の化身である童子を殺めようとするのを、鬼婆の娘が必死に諫める場面が続く。

「今にもこちらを向いて、襲って来そうですな」
 小日向屋も、老婆の人形の出来に、思わず溜め息をつく。

 胴組みは『提灯胴』と呼ばれる、提灯のような円筒である。
 着物を脱がせれば身も蓋もない、空虚な張り子、張りぼてだった。
 反面、頭、手、足などは精緻に作られ、本物らしく凝った衣装を着せているので、生きているかのように見える。

「小日向屋さん。まさに、『信心と遊楽の一体を目指す』です。ご当地、浅草寺の縁起にも関わる題目なのが良いでしょう。観音さまの利生譚ですから」

 喜三郎は、観音を信仰しているので、〝観音さま〟の一語に、思わず力がこもる。


 市中の話題を当て込んだ出し物だった。
 今年になって、人気の歌川国芳が、一ツ家の絵馬を観世音開帳に合わせて奉納し、大評判になっている。

「けど、話がちとおかしいような……。浅茅が原の鬼婆と、安達ヶ原の鬼婆が混ざってやしませんか」
 小日向屋が矛盾を指摘した。

 浅茅ヶ原の言い伝えでは、『娘を餌に旅人を誘い込んで殺す老婆がいたが、ある夜、娘が旅人の身代わりになって死に、悔やんだ鬼婆が姥ヶ池に身を投げて死んだ』という筋立てである。

「『妊婦の腹を割いて、胎児の生き肝を取り出す』ってーのが、安達ヶ原の鬼婆伝説なのは、じゅうじゅう存じてますがね。鬼婆の恐ろしさを増すほうが一層、でえじかと思いやしてね」


 最初は間違いに気付かず、場面の想を練っていたが、途中で気付いた。
 が、出し物の面白さ、扇情性を優先するために、あえて混ぜた。

「けど、喜三郎さん。これだけでは、まだ足りませんな」
 小日向屋は、またも意地悪く呟いた。

 いや、意地悪くというより、心配げというほうが当たっているだろう。
 客の入り、金の入り具合に関しては、小日向屋と喜三郎は、一蓮托生なのだから。

 思案に、場が重く沈み込んだ。

「そや。聞いてんか」
 庄助が突然、頓狂な声を上げた。

「日本堤で水茶屋をしてた親父からから聞いた話やけど。あの水茶屋の婆ァ、昨日、ぽっくり死によりましてんて」

「え」
 喜三郎は、絶句した。

 喜三郎は、地震のおり助け起こした縁で、水茶屋の老婆と懇意になっていた。

「それは気の毒に。あの婆さんのお陰で、真に迫った人形が作れたのだがなあ」
 梅干しのように皺くちゃだが、金壺眼を鋭く光らせた、老婆の顔が目に浮かんだ。

「ま、鬼気迫る、極悪非道な鬼婆の人形だから、出来上がりを見ねえほうが良かったかもしれねえな」

 今回の一ツ家の生人形の主役、鬼婆の顔には、凝りに凝った。
 水茶屋の姥の顔を絵に写しとり、おかげで迫真の人形が出来上がった。

 老婆は、若い頃には、客を無理矢理ぐいぐい引っ張り込む噂で悪名高い、羅城門河岸の女郎をしていたという。
 まさに鬼婆がこの世にいれば、かくやという絶好の素材だった。


「婆さんには悪いが……。これは使えるぞ」
 名案が閃いた喜三郎は、膝を打った。

「小日向屋さん。婆さんが亡くなったことを吹聴するんですよ。で、この人形が、夜な夜な小屋の中で恐ろしい声を上ると、噂を流すんです」

 怪異話は、大衆に受ける。
 早々に、前宣伝のための引き札にされるだろう。

「『水茶や姥の魂入候とて大評判大入になる』っちゅうわけでんな。そうなれば、もう一度、いや、何度でも吉原に連れて行ってもらえまっせ。剛毅な小日向屋はんにー」
 庄助が、間の手のように、口を挟んだ。


『一ッ家』に続いて、『為朝島廻り』『粂の仙人』『吉原仮宅』などの場面をざっと見て回った小日向屋は、
「目玉が『一ッ家』では、ちょいと弱いですな。興行前に、色刷りで引き札を刷ってもらうには無理がある。辰五郎さんに頼んで、次からは、竹田絡繰りの人形と興行をさせてもらいましょうかね。竹田の人形のほうが、よっぽど当て込みが上手い」と、渋い結論を出した。

 またも竹田縫之助の肩を持つ小日向屋の言葉に、喜三郎の堪忍袋の緒が切れた。

「あんなつまらねえ木偶のほうが勝ってるたあ、どういう了見だよ。いくら金主さまだからって、言って良いことと悪いことがあるんだよ」
〝破談〟覚悟で、小日向屋の分厚い胸ぐらを掴み、四角い顔を見下ろした。

「こちらは、既に三百両注ぎ込んでますからね。喜三郎さんは〝当て込み〟が弱い。弱いんですよ。わたしは本当のことを言っているだけですよ。それを力尽くでとは無体な」

 恰幅の良い小日向屋が、太短い腕を目一杯に伸ばす。
 痩躯の喜三郎の胸ぐらを掴み返して、揉み合いになった。
 両者の剣幕に、小日向屋の若衆や丁稚がおろおろする。

「まあまあ。今になって喧嘩はあらしまへんで。どちらはんも、興行間近の今ここで手ぇ引いたら、大損ですがな」
 庄助が猿顔をさらに紅くにして、間に割って入った。

「中に立ってもろた、辰五郎親分の顔もありまっせ。辰五郎親分の機嫌を損ねたら、兄ぃは、この先、江戸で興行できまへんで。それにや。小日向屋さんかて、火事のとき、〝を〟組はんに、あんじょう、火ぃ消しに来てもらえんようになりまっせ」
 庄助は飛び上がらんばかりになりながら、短い腕を振り回す。

 珍妙なさまに、喜三郎も小日向屋も、可笑しくなった。
 憑き物が落ちたように冷静になり、お互いの手を離した。

「ところで、黛花魁のことでっけどなぁ」
 庄助は、絶好の間合いを見逃さない。

「え。黛がどうかしたのかい」
 黛の名を聞いただけで、先程の怒りはどこへやら、小日向屋は、相好を崩した。
 苦虫を噛み潰したような顔が、恵比寿顔に豹変する。

「北町奉行の井戸対馬守様から、ご褒美を賜ったて、読売(瓦版)に書いてありましたがな。たいした評判ですなあ」

「ほお。庄助さんも知ってたのかい。そんなに評判なのかね」
 小日向屋は、ますます目尻を下げた。
 細い目がなくなってしまう。

「黛はん自身も大きな被害を被らはったのに、大枚金三十両もはたかはって、御救小屋へ炊き出しの鍋を、仰山、贈らはったそうでんなぁ。みんな、黛はんの善行に感謝するやら、感心するやら。小日向屋はんは、大店の奥ででんと座ってはるから、下々の噂に疎いかも知れまへんけどなぁ。町中、黛はんの噂で、そらもう、ほんまに持ちきりでっせぇ」
 庄助は、さすがに舌先三寸で生きている口上である。
 たちまち小日向屋の機嫌をとることに成功した。

「黛は、世情を救済する観音さんというわけだな」
 小日向屋は、少し白髪の混じった鬢の当たりを、得意げに撫でた。

 喜三郎は〝観音〟という一語に、頭に血が上った。

 どうせ、売名のためだろう。
 金は小日向屋にねだったか、でなきゃ、他の馴染みに出させたに違いねえ。

 こざかしい真似が人々の賞賛を受けていることに、むかっ腹が立った。
 遊び女の話題に、篤く信仰する観音さまの御名が出るなど、汚らわしいにもほどがある。

 そうだ。
 腹立ち紛れに、黛を利用することを思いついた。

 黛を、助兵衛な客どもが大喜びするような人形に仕立ててやろう。
 客受けと、ささやかな意趣返しが、一挙にできる。

「小日向屋さん。良い案が思いつきましたぜ」
 喜三郎は、黒い笑いを隠し、満面の笑みを作った。

「黛花魁の人形を作るんです。この度の興行では、吉原仮宅で、遊女が化粧やら髪結いやら、身仕舞い(身ごしらえ)する、〝内証〟の場を作ったんですがね。それだけじゃ、趣向が足りないと苦慮してたんでさあ」

「おお。そりゃいい。まさに本当の〝当て込み〟ですな」

 案の定、小日向は、芒で切ったように細い目を輝かせ、身を乗り出した。

「黛さんを人形に写すにゃ、もう一度、間近でじっくりと見てえんです。特に、肌の色を確認してえんですが……」

「合点承知の助ですよ。わたしを誰だと思ってるのですか。それに、今の吉原は、仮宅での営業ですからね。なおさら融通も利く。早速、明日にでも、手筈を整えますからね」

 小日向は、裏口の木戸をくぐり、さっさと大小屋の外に出ていく。
 まだ子供じみた顔立ちの若衆と、縞木綿に前掛けの丁稚が、大慌てで後を追った。
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