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第6章
第28.5話『道中の語らい』
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コトコトと、車輪が石畳を抜け、土道を走る音が響く。
ベルダルクの街を出て数時間、馬車の揺れにも皆が慣れ、車内は少しずつ穏やかな空気に包まれていた。
「ふぅ……やっと街の喧騒から離れられたね」
ミリエルが窓から外を覗き込み、青く広がる空に目を細めた。
カイルは対面の席に座り、旅の荷物を足元に置いたまま、ただその声を聞いていた。隣ではラティナが帳簿のような紙を広げ、数字とにらめっこをしている。
「ミリエル、窓から身を乗り出すと危ないわよ」
ラティナが紙から目を離さずに注意すると、ミリエルは舌を出して引っ込んだ。
「はーい。……でも、こうして馬車で旅するの、やっぱりいいなあ。子どものころを思い出すよ」
「子どものころ?」
フィノが首をかしげる。小さな体を背もたれに預け、興味深そうにミリエルを見つめた。
「うん。まだ家が没落する前ね。王都から領地まで、よくこうして馬車で往復してたの。あのころは……何も考えなくてよかった」
少し寂しげに笑うミリエル。その目には、過去と現在の落差がわずかに映っていた。
「没落したって、こうして笑えてるのはすごいことだと思う」
カイルがぽつりと口を開く。
「うーん……笑わないと、やってられないっていうのもあるかな。でもね、今はちゃんと“やりたいこと”があるから、前よりずっと楽しいの」
そう言って、ミリエルはカイルをまっすぐ見た。
「カイルのおかげだよ。あの日、あなたと出会わなかったら、私はまだ何もできないまま、ただ過去を嘆いてたと思う」
「……俺は、そんな立派なことをした覚えはないけどな」
「それでも、私にとっては十分。フィノだって、そうじゃない?」
急に話を振られたフィノは、目を瞬かせてから、少しだけ頬を赤くした。
「……まあ、そうかも。私、ずっと閉じ込められた書庫で過ごしてたから。外の世界を歩けるなんて思ってもみなかったし、誰かと旅をするなんて、もっと考えられなかった」
「私は……」
ラティナが言葉を切り、帳簿を閉じた。
「正直、最初は利害だけで動くつもりだった。でも、あんたと一緒にいると、どうしても計算が狂うのよね。……悪い意味じゃないわよ?」
カイルは苦笑を浮かべた。
「そう言われると、ちょっと嬉しいな」
「だから……」
ミリエルがゆっくりと手を膝の上で握った。
「ありがとう、カイル。あなたがいてくれるから、私たちは希望を持てる。どんなに不安でも、きっと大丈夫だって思える」
その言葉に、カイルは返事を探しあぐねた。胸の奥がくすぐったく、少しだけ痛い。
(……希望、か)
窓の外に目をやると、陽光が金色の草原を照らしていた。
けれど、その美しさの奥に、別の景色が重なる。血の匂い、暗いダンジョン、そして胸を貫かれたあの日──。
(俺の希望は、まだ……終わっていない)
脳裏に浮かんだのは、かつての仲間たちの顔。
レオンの冷笑、セリーヌの揺れる瞳、そして背を向けて去っていく足音。
怒りが、静かに胸の奥から湧き上がる。
だが、それを悟られぬよう、カイルは笑みを作った。
「……まあ、俺もお前たちがいてくれるから、旅が続けられてるんだと思う」
「でしょ?」
ミリエルが嬉しそうに頷き、馬車の揺れに合わせて身体を小さく揺らした。
その様子を見ながら、カイルは胸の奥で小さく誓いを立てる。
──仲間を守るためにも、あの裏切りの答えを必ず取り戻す。
馬車は、夕陽へと向かって走り続けた。
その道の先に待つものが、彼らをさらに試すことになるとも知らずに。
《つづく》
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ベルダルクの街を出て数時間、馬車の揺れにも皆が慣れ、車内は少しずつ穏やかな空気に包まれていた。
「ふぅ……やっと街の喧騒から離れられたね」
ミリエルが窓から外を覗き込み、青く広がる空に目を細めた。
カイルは対面の席に座り、旅の荷物を足元に置いたまま、ただその声を聞いていた。隣ではラティナが帳簿のような紙を広げ、数字とにらめっこをしている。
「ミリエル、窓から身を乗り出すと危ないわよ」
ラティナが紙から目を離さずに注意すると、ミリエルは舌を出して引っ込んだ。
「はーい。……でも、こうして馬車で旅するの、やっぱりいいなあ。子どものころを思い出すよ」
「子どものころ?」
フィノが首をかしげる。小さな体を背もたれに預け、興味深そうにミリエルを見つめた。
「うん。まだ家が没落する前ね。王都から領地まで、よくこうして馬車で往復してたの。あのころは……何も考えなくてよかった」
少し寂しげに笑うミリエル。その目には、過去と現在の落差がわずかに映っていた。
「没落したって、こうして笑えてるのはすごいことだと思う」
カイルがぽつりと口を開く。
「うーん……笑わないと、やってられないっていうのもあるかな。でもね、今はちゃんと“やりたいこと”があるから、前よりずっと楽しいの」
そう言って、ミリエルはカイルをまっすぐ見た。
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急に話を振られたフィノは、目を瞬かせてから、少しだけ頬を赤くした。
「……まあ、そうかも。私、ずっと閉じ込められた書庫で過ごしてたから。外の世界を歩けるなんて思ってもみなかったし、誰かと旅をするなんて、もっと考えられなかった」
「私は……」
ラティナが言葉を切り、帳簿を閉じた。
「正直、最初は利害だけで動くつもりだった。でも、あんたと一緒にいると、どうしても計算が狂うのよね。……悪い意味じゃないわよ?」
カイルは苦笑を浮かべた。
「そう言われると、ちょっと嬉しいな」
「だから……」
ミリエルがゆっくりと手を膝の上で握った。
「ありがとう、カイル。あなたがいてくれるから、私たちは希望を持てる。どんなに不安でも、きっと大丈夫だって思える」
その言葉に、カイルは返事を探しあぐねた。胸の奥がくすぐったく、少しだけ痛い。
(……希望、か)
窓の外に目をやると、陽光が金色の草原を照らしていた。
けれど、その美しさの奥に、別の景色が重なる。血の匂い、暗いダンジョン、そして胸を貫かれたあの日──。
(俺の希望は、まだ……終わっていない)
脳裏に浮かんだのは、かつての仲間たちの顔。
レオンの冷笑、セリーヌの揺れる瞳、そして背を向けて去っていく足音。
怒りが、静かに胸の奥から湧き上がる。
だが、それを悟られぬよう、カイルは笑みを作った。
「……まあ、俺もお前たちがいてくれるから、旅が続けられてるんだと思う」
「でしょ?」
ミリエルが嬉しそうに頷き、馬車の揺れに合わせて身体を小さく揺らした。
その様子を見ながら、カイルは胸の奥で小さく誓いを立てる。
──仲間を守るためにも、あの裏切りの答えを必ず取り戻す。
馬車は、夕陽へと向かって走り続けた。
その道の先に待つものが、彼らをさらに試すことになるとも知らずに。
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