パーティー追放された少年、死に戻りからの無限魔素生成で最強の座へ 〜生き返ったら無限にMP生成できるようになってました。え?魔法は貴族特権?

阿羅リョウジ

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第6章

第30話『招かれざる診察』

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「改めまして、私の名はリシェル・アールシュ。グラディア伯爵家の一人娘です」

 少女は姿勢を正し、青い瞳でまっすぐこちらを見据えた。気丈な面差しの奥に、寝不足の影が滲んでいる。

「名門ではありません。父の代までは地方の有力家門という程度で、王都の大貴族からは疎まれてきました。父が病で倒れてからは、母が領地を立て直してきましたが……敵は少なくありません」

 ラティナが視線だけでカイルに合図する。許しを得るような、しかし鋭く現実的な目だった。

「……風の噂でね。ここは“派閥”から外れている。援助は細いし、助け船は期待できない。孤立している……そういう家よ」

 リシェルは苦笑にもならぬ笑みを浮かべ、こくりと頷いた。

「だから、賭けでした。名も地位も問わず、母を救えるかもしれない“力”に縋ること。──皆さまの魔素水に」

 ミリエルが身を乗り出す。

「詳しく、聞かせてください」

 リシェルは呼吸を整えるように、細く息を吐いた。

「発端は五日前の夜明け。母が突然、倒れました。高熱、痙攣、そしてすぐに昏睡。城下の医師では手が出せず、急ぎ王都の神殿から司祭を呼びましたが、祈祷も浄化も効き目はなく……まるで、祈りを弾く見えない膜に閉ざされているかのようだと」

 フィノが眉根を寄せる。

「祈祷が“弾かれる”。ふむ」

「母の周りには、目に見えないけれど……空気が重いんです。部屋に入ると体が冷たくなるような、でも芯から焼けるような……説明のつかない圧がある」

 ラティナが短く息を呑み、ミリエルがそっとリシェルの手に触れた。

「すぐ、診せてください」

 カイルは席を立った。

「案内を」

 リシェルが頷く。執事が先導し、一行は長い回廊へと歩を進めた。
 壁には先祖の肖像画、床の敷物は静かに足音を吸い込む。
 行き交う使用人は皆、深い礼をするが、顔色には不安が張り付いている。

(……家全体が、息を潜めている)

 最奥の扉の前で、執事が立ち止まった。

「奥方様のお部屋でございます。入室は最小限にとどめております」

 戸が開く。室内は薄暗く、厚手のカーテンが陽光を遮っている。香が焚かれているらしく、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

 寝台の上には、蒼白な女性が横たわっていた。髪は枕に広がり、胸元は規則的に上下しているが、その呼吸は深い眠りというより氷の底に沈むようだ。

 ──視えた。

 カイルの皮膚が総毛立つ。微細な粒の煌めきが、空気中に散っていた。淡い墨色の霧が床から立ち上がり、寝台の周りでゆらゆらと揺れている。

(魔素……いや、魔素の“影”?)

 ただの濃度ではない。形を持ち、流れを逆行させるような、意志めいた圧がある。

「電灯を強くしないでください」

 フィノが素早く制した。

「屈折で見落とす」

 彼女は懐から小さなガラス器具を取り出し、寝台の脇にそっと置く。
 薄い円盤が微かに震え、表面に波紋のような紋が浮かぶ。

「反応あり。……やっぱり“呪詛”に似た構造ね。でも、古典的な呪術の糸ではない。魔素の層を重ね、毒の代謝のように循環を汚染している」

 ミリエルが、手を握り締めた。

「毒……?」

「たとえ話よ。でも意味は近い。体内に取り込まれた魔素の循環を、外側から“偏らせる”。酸素が行き渡らないみたいに、魔力が必要な場所へ届かなくなる。器官が順に落ちていく」

 ラティナが低く問う。

「解けるの?」

「理屈は単純。外から“正しい流れ”を上書きしてやればいい。でも、これは巧妙よ。三重に“返し”が入ってる。表層を剥がしても、次の層が逆流で噛みついてくる」

 カイルは寝台に歩み寄り、そっと女性の手に触れた。
 冷えているのに、微かに内側から熱を感じる。熱と冷たさの矛盾が同時に存在する、不快な感覚。

 指先に意識を集中すると、カイルの中の泉が静かに湧き、水脈のような魔素の流れが手のひらへ移ろっていく。触れた瞬間、黒い霧がぶるりと震え、わずかに退いた。

「……嫌がってる」

 ミリエルが息を呑む。

「“浄化”の波形を知ってるんだろうね」

 フィノが器具に目を落とした。

「刻んである。返しのパターンが……一、二……三。最深部は“封”。これ、長くはもたない」

「どれくらい?」

 ラティナが問う。

 フィノは短く目を閉じ、開いた。

「三日。そこまでに核を押し流せなければ、循環が崩れて心臓か脳……どちらかが落ちる」

 リシェルの喉から、かすれた声が漏れた。

「三日……」

 ミリエルが彼女の肩を支える。

「大丈夫。間に合わせる」

 カイルは母の寝顔を見下ろしながら、静かに息を吸った。

(──時間との勝負だ)

 部屋に張り詰めた空気が、一層重くなった。

 《つづく》

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