パーティー追放された少年、死に戻りからの無限魔素生成で最強の座へ 〜生き返ったら無限にMP生成できるようになってました。え?魔法は貴族特権?

阿羅リョウジ

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第6章

第32話『書斎に潜む綻び』

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 兄の部屋は、母の寝室から離れた南翼にあった。
 廊下の突き当たり、半円形に張り出した一角。扉の上には家紋と、学帽をかぶった梟の小さな飾り彫りがある。

「兄は……学問好きでした。自分の部屋を“書斎”と呼んで、朝から晩まで籠もっていたくらいには」

 リシェルが鍵束を取り出し、ためらいを飲み込むように回す。
 軋む音とともに扉が開いた。鼻腔をくすぐるのは古紙と革表紙、インクの匂い。

 壁三面を占める本棚は天井まで届き、梯子がレールにかけられている。中央には大きな机、その奥に低いキャビネットと地球儀。窓辺には重ねられた羊皮紙と、乾ききらないインクの跡。

「人の気配は最近まで……」

ラティナが窓の留め具や床の傷を目で追い、低く呟く。

「閉め切った埃の溜まり方じゃないわね」

「うわぁ……!」

 フィノの声が半音高く跳ねた。彼女は無意識に本棚へ吸い寄せられ、背表紙を撫でる指先に喜色がにじむ。

「魔術理論、古語辞典、化学調薬、星位測量、交易法……分類は雑だけど、量がすごい。読破印の折り返しも少ない。……速読、いや、拾い読みの癖?」

 ミリエルは机の上に視線を落とす。散らかった紙の中に、妙に平らな空白が一つ。そこだけ埃が薄い。

「ここ、最近まで何か置いてあったよ。長方形……箱?」

 カイルは部屋の中央で目を閉じ、息を整えた。
 いつものように、体内の泉が静かに満ち、空気の凹凸が感覚へとせり上がってくる。

(……流れがある。部屋は静かなのに、本棚の一角が“鳴って”いる)

 目を開くと、視線は自然と右手の棚の中段――無造作に差し込まれた古びた四六判へ吸い寄せられた。
 装丁は地味、題名は擦れて読めない。なのに、その一冊だけが、冬の川面みたいに冷たく微光って見える。

「カイル?」

 ミリエルが首を傾げる。

「ちょっと待ってくれ」

 カイルは本棚に近づいた。指先を伸ばしかけた、そのとき。

「触る前に全体を見たほうがいいわ。罠なら“押す”動作に反応するものが多いはずよ。」

 ラティナが机の引き出しを軽く引き、留め金の遊びを確かめながら言った。

「詳しいな」

 カイルが手を止めて言うと、ヴァンスあの人の受け売りだけどね、と返ってきた。

 フィノは机側へ回り込むと、椅子を引き、座面の裏を覗き込む。

「……ん。こっちは普通。でも、この机、脚が重いわりに片方だけ擦り傷が深い。動かしてる跡」

 リシェルはキャビネットの上に手を置き、指先をぎゅっと握った。

「どうぞ、遠慮なく。兄のためにも、母のためにも、必要なら」

 カイルは頷き、改めて問題の本の前に立つ。
 近づけば近づくほど、魔素の密度が針のように肌へ刺さる。だが、それは“本そのもの”ではなく――

(棚の内側。木板の奥に、魔素の線が走っている。……仕掛けだ)

「手を出すの、ちょっと待って」

 ミリエルが別の棚列を見ていた視線をこちらへ戻す。

「もしものときは、私が支えるから」

 ラティナは扉の側で短剣を逆手に構え、気配に集中する。

「合図を」

 フィノは机から薄い金属板――定規のような板を拝借し、ひょいと掲げた。

「隙間、探してみる。机側、何かあるはず」

 机の縁、引き出しの桟、板の合わせ目。フィノは指先の感覚で微細な段差を拾っていき──

「あった」

 机の天板と側板の合わせ目に、ごく浅い“遊び”。板を差し込んで、ほんの一ミリ押し込む。

「……カイル、今」

 カイルは頷き、問題の本へと手を伸ばした。

 背表紙の上部に、指をかける。軽く引く──抜けない。押す──沈む感触。「コッ」という乾いた音。
 直後、足元から、ごく僅かな振動が伝わってきた。

「動いた!」

 ラティナの声が硬くなる。

 ミリエルが息を呑んだ。

「本棚が……」

 カイルは一歩退き、壁全体を見た。右の棚と左の棚、その間の“柱”が、他よりわずかに暗い。影が揺れ、隙間が呼吸するように広がる。

「まだ終わってない」

 フィノが机下から顔を出す。

「スイッチはたぶん二つ。今ので“錠”が外れて、もう一つで“鍵”が回ると予想」

「二段構え……ずいぶん慎重だこと」

 ラティナが舌打ちを飲み込み、視線だけで部屋を一巡させる。
 ミリエルが棚の中段を睨み、ふっと目を細めた。

「ねえ、この一列だけ、背表紙の“焼け”が浅いよ。陽の当たり方が違うっていうより、最近差し替えられた?」

 カイルもそこへ手を伸ばし、背の低い本を一本、抜く──。
 その奥、棚板の背後に、親指ほどの穴。細い棒状のものが差し込めそうな、丸い穴だ。

「細工用の棒、借りるわ」

 フィノが胸元から細いピンを取り出す。耳飾りの芯を引き抜いたものだ。

「回すんじゃなくて、。反動があるかも」

 やる、とカイルが申し出る。フィノは頷き、ピンを渡した。

 カイルは穴へピンを差し入れ、呼吸を整える。泉の流れを指先へ絞り、内部の“噛み合い”の形を探る。

 歯車──違う、楔とバネ。押し込むと引っかかり、引くと戻る“返し”。

(押して、半呼吸、引け)

 押す。半呼吸、引く──カチリ。

 静寂の底で、小さな合図が確かに鳴った。

 次の瞬間、壁一面の本棚が、そして、
 重い石の擦れる音。床下の仕組みがゆっくりと動き、奥から冷たい空気が流れ出す。

 《つづく》

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