最後のエルフ少女、最期の郵便配達~たまにカラスがうるさい

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第02章:金のコンパスの試練(全07話)

第09話:古き盟約より、最後の守り人へ

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北へ。
金のコンパスが示す道は、次第に険しさを増していった。緑豊かな平原は遥か後方へと消え、目の前には、刃物のような岩肌を剥き出しにした「嘆きの山脈」が、巨大な壁のようにそびえ立っている。

「へっ、いよいよ本格的になってきたじゃねえか。ここから先は、まともな人間の住む土地じゃねえって話だぜ」

クロの言葉に、リコは答えなかった。彼女の目は、山脈を貫く唯一の道、その入り口に築かれた古びた関所に注がれていたからだ。
関所には、一人の老人が、ただ一人、椅子に座っていた。人間ではない。背は低く、しかし屈強な肩と、編み込まれた豊かな髭を持つ、ドワーフの老人だ。

リコが関所に近づくと、老人はゆっくりと顔を上げた。そして、リコの胸に輝く金のペンダントを見るなり、その目に驚愕の色を浮かべ、椅子から転げ落ちるように立ち上がった。

「……来たか。おお……やっと……。長かったわい……」

老人の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。それは、悲しみの涙ではなかった。数百年という、あまりにも長い時間の果てに、ようやく約束が果たされたことへの、深い、深い安堵の涙だった。

「わしは、この関所を守る一族の、最後の末裔。古き盟約に従い、いつか現れる『試練に挑む者』を待っていた。お前さんが、最後のエルフだな。……これで、わしの一族の役目も、ようやく終わる」

老人は、安堵のため息をつくと、リコに道を開けるため、重い関所の門へと手をかけようとした。
その、まさにその瞬間だった。

「……待って」

リコが、静かに制止した。
彼女の「目」は、門ではなく、その関所の脇に立つ、苔むした古い石碑を捉えていた。そこには、二つの魂の残滓が、互いを労わるように、寄り添うように重なっていた。

一つは、遥か昔、この地で力尽きた、気高きエルフの魂。
もう一つは、そのエルフと固い友情の盟約を結び、この関所を最初に築いた、ドワーフの守り人の祖先の魂。
二つの魂は、別々の想いを抱きながらも、ただ一つの共通の願いを持っていた。
それは、自分たちの跡を継ぎ、この長き盟約を守り抜いてくれた、最後の一人への、心からの感謝だった。

「……手紙を、書きます」

クロは、石碑の根元に咲いていた、一輪の青い高山植物をくちばしで摘んできた。
リコがその花に触れると、二つの魂の温かい光が、優しい唄となって流れ込み、花びらは瞬く間に、星屑を練り込んだかのような、美しい羊皮紙へと姿を変えた。
そこには、二つの種族の、古き文字が並んで記されていた。

リコは、その手紙を、目の前のドワーフの老人へと、静かに差し出した。
老人は、震える手でそれを受け取った。
宛名は、『我が誇り高き末裔、そして友よ』。
差出人は、「古きエルフ」と「最初の守り人」の、二人の連名だった。

手紙を読んだドワーフは、その場に崩れ落ちた。
彼は、ただ文字を読んでいたのではなかった。その魂に直接、聴こえていたのだ。無骨で、しかし温かい、祖先の声が。澄み渡る、古きエルフの声が。数百年という時を超えた二つの声が、重なり合い、一つの唄となって、彼に語りかけていた。「誇りに思う」と。
彼は、最後の一人ではなかった。この手紙を受け取った今、彼は、祖先と、その友と、確かに繋がったのだ。

「おお……おおお……」

嗚咽が、山脈の静寂に響き渡る。
二つの魂が、満足そうに頷くのがリコには視えた。光の粒子となり、リコの金のペンダントへと静かに吸い込まれていく。
ペンダントが、新たな方角を指し示した。

やがて、涙を拭った老人は、リコに深々と頭を下げた。

「ありがとう……ありがとう、若きエルフよ。あなたは、わしの一族全ての魂を救ってくれた」
「これこそが、わしが本当に受け取るべきだった『報酬』だ。さあ、お通りください。そして、これを持っていきなされ」

そう言って彼がリコに渡したのは、「古き北の地」の、忘れられた道や集落が記された、一枚の古い地図だった。



関所を抜け、新たな一歩を踏み出す。
ここから先は、忘れられた土地。魂は凍てつき、唄は地中深く眠っているという。

「なあ、リコ」

クロが、いつになく真剣な声で話しかけた。

「あの爺さん、お前さんがいなくても、いつかは『役目が終わった』って満足して死ねたんじゃねえのか? わざわざ、あんな手紙を届ける必要、あったのかね」

その問いに、リコは足を止め、関所の方を振り返った。
そこには、涙の跡が残る顔で、しかし、生涯で最も誇らしげな顔をして、昇る朝日を浴びるドワーフの老人の姿があった。

「……うん。必要だったんだよ」

リコは、静かに、しかし確信を持って答えた。

「役目を終えるのと、魂が救われるのは、きっと違うことなんだ。誰かに『ありがとう』って言ってもらえる。自分の人生が無駄じゃなかったって、信じられる。……それこそが、きっと……」

クロは、その答えに満足したように、一度だけ、大きく翼を広げた。

「へっ。言うことだけは、いっぱしの配達人様になったじゃねえか」

いつもの悪態。だが、その声には、彼女の覚悟を認め、祝福するかのような、誇らしげな響きがあった。

リコは、小さく微笑むと、再び北へと向き直った。
その足取りに、もう迷いはなかった。
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