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第1話
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私の住むメルブラン侯爵領には、独特の風習があります。
毎年四月に、領主である侯爵様に、領民たちが豚肉を用いた料理を作って献上するのです。奇妙と言えば奇妙な風習ですが、私が生まれた頃からずっと続いていることなので、私自身は、それが当たり前のことだと思っていました。
私は、お母さんと二人暮らし。
お母さんは寡黙な人で、あまり私とおしゃべりはしませんが、とても料理上手で、毎年この時期は腕を振るって豚肉の料理を作ります。当然、私もそのお手伝いをするので、自然とお母さんと話せる機会が増えます。だから私は、四月が大好きでした。
しかし、今年の四月は、いつもの四月とは違っていました。
お母さんは、私に手伝いをさせず、なんだか鬼気迫る様子で厨房に立ち続けています。心配になって声をかけると、「気が散るから話しかけるな」と怒鳴られてしまいました。
そう言われては、これ以上話しかけることもできず、私はただただ、お母さんの調理が終わるのを待ちました。そして、しばらくの時間が流れた後、お母さんは感極まった表情で一皿の料理を持ってきました。
これは、豚肉を焼いたものでしょうか? 独特のタレがしみ込んでいるようであり、食欲をそそるかぐわしい香りが、部屋中に満ちていきます。
お母さんは、肉を一切れつまむと、高く掲げて、自分の口に落とします。むしゃむしゃという咀嚼音の後、ゴクリと喉を鳴らして、肉はお母さんの胃の中に納まりました。
「素晴らしいわ……これこそ、あたしが長年追い求めていた、至高の焼き豚……。今年の豚肉は最上の質だったから、良いものができると思ってたけど、まさかこれほどのものができるなんて……」
どうやら、今年の料理は最高の出来のようです。
私は微笑んで、お母さんに言いました。
「良かったね、お母さん。これを献上すれば、きっと侯爵様も喜んでくれるね」
その言葉で、どこか夢見心地だったお母さんの顔が露骨に曇りました。
眉を顰め、心底不愉快そうに舌打ちをします。
「ちっ……そうだったわね。これ、あの豚侯爵に献上しなきゃいけない料理だったわ。だから、こんなに良い肉を分けてもらえたんだものね。ああ……惜しいなあ……こんな、天上の神々が食べるような美食を、みすみす他人にやらなきゃならないなんて……」
大変失礼なことなのですが、『豚侯爵』というのは、領民たちがつけた侯爵様のあだ名です。侯爵様は特に領地の見回りなどをされず、領民たちと顔を合わせることがないので、その外見は誰も知りません。
だからと言うわけでもないのでしょうが、誰かがこんなことを言いだしたのです。『豚の料理をわざわざ領民に献上させるくらいなんだから、きっと豚みたいな顔をした豚侯爵に違いないぞ』って。
それ以来、侯爵様の通り名は豚侯爵で決まってしまいました。酷い話です。もちろん、領民すべてが、そのような呼び方をしているわけではないのですが……
毎年四月に、領主である侯爵様に、領民たちが豚肉を用いた料理を作って献上するのです。奇妙と言えば奇妙な風習ですが、私が生まれた頃からずっと続いていることなので、私自身は、それが当たり前のことだと思っていました。
私は、お母さんと二人暮らし。
お母さんは寡黙な人で、あまり私とおしゃべりはしませんが、とても料理上手で、毎年この時期は腕を振るって豚肉の料理を作ります。当然、私もそのお手伝いをするので、自然とお母さんと話せる機会が増えます。だから私は、四月が大好きでした。
しかし、今年の四月は、いつもの四月とは違っていました。
お母さんは、私に手伝いをさせず、なんだか鬼気迫る様子で厨房に立ち続けています。心配になって声をかけると、「気が散るから話しかけるな」と怒鳴られてしまいました。
そう言われては、これ以上話しかけることもできず、私はただただ、お母さんの調理が終わるのを待ちました。そして、しばらくの時間が流れた後、お母さんは感極まった表情で一皿の料理を持ってきました。
これは、豚肉を焼いたものでしょうか? 独特のタレがしみ込んでいるようであり、食欲をそそるかぐわしい香りが、部屋中に満ちていきます。
お母さんは、肉を一切れつまむと、高く掲げて、自分の口に落とします。むしゃむしゃという咀嚼音の後、ゴクリと喉を鳴らして、肉はお母さんの胃の中に納まりました。
「素晴らしいわ……これこそ、あたしが長年追い求めていた、至高の焼き豚……。今年の豚肉は最上の質だったから、良いものができると思ってたけど、まさかこれほどのものができるなんて……」
どうやら、今年の料理は最高の出来のようです。
私は微笑んで、お母さんに言いました。
「良かったね、お母さん。これを献上すれば、きっと侯爵様も喜んでくれるね」
その言葉で、どこか夢見心地だったお母さんの顔が露骨に曇りました。
眉を顰め、心底不愉快そうに舌打ちをします。
「ちっ……そうだったわね。これ、あの豚侯爵に献上しなきゃいけない料理だったわ。だから、こんなに良い肉を分けてもらえたんだものね。ああ……惜しいなあ……こんな、天上の神々が食べるような美食を、みすみす他人にやらなきゃならないなんて……」
大変失礼なことなのですが、『豚侯爵』というのは、領民たちがつけた侯爵様のあだ名です。侯爵様は特に領地の見回りなどをされず、領民たちと顔を合わせることがないので、その外見は誰も知りません。
だからと言うわけでもないのでしょうが、誰かがこんなことを言いだしたのです。『豚の料理をわざわざ領民に献上させるくらいなんだから、きっと豚みたいな顔をした豚侯爵に違いないぞ』って。
それ以来、侯爵様の通り名は豚侯爵で決まってしまいました。酷い話です。もちろん、領民すべてが、そのような呼び方をしているわけではないのですが……
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