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第3話
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「マリエラ、ようやく会うことができたな。こんなにもきみを待たせた愚かな私を、どうか許してほしい」
瞳に負けぬ温かな声でそう言ったレオナールは、マリエラの手を取り、その甲に口づけをした。まるで、騎士が女王に対しておこなうような動作であった。その所作には、揺るぎのない愛情と絶対の忠誠が感じられた。
ウィルハルド王太子と聴衆たちは大いに驚いたが、不思議とマリエラは驚かず、この状況を受け入れていた。オルムスト聖王国で受けた酷い仕打ちで無感動になっていたからではない。なんだか、ずっと前からレオナールのことをよく知っていたような、そんな気がしたのだ。
だからレオナールが言った、『ようやく会うことができた』『こんなにもきみを待たせた』という奇妙な言葉も、マリエラは特に変だと思わなかった。どういうわけか、彼女自身も『ようやく会うことができた』というような心情だった。
マリエラの方はまだ一言も発していないのに、二人は見つめ合うだけで、心を通い合わせているようだった。着込まなければ5分と立っていられない冷たいホールが、春の日差しを受けているように温かくなった――そう錯覚するほど、心地よい空気が二人の間に流れていた。
だが、その空気をぶち壊す者がいた。
ウィルハルド王太子だ。彼の緩んだ脳細胞は、自らが処罰したマリエラに対してレオナールが跪いたことで、どういうわけか『あの恐るべき魔王が聖王国の権威にへりくだっている』と理解したらしい。先程までの怯えようはどこへやら、いつも通りの尊大な態度でレオナールに喚きたてる。
「ふん! 魔王レオナールよ! 事前通告なしの無礼な訪問ではあるが、寛大な心で今回は許してやろう! その女はそなたに対する贈り物だ! 遠慮なく受け取るがいい! そして、受け取った『物』をどうしようとそなたの自由だ! 煮るなり焼くなり、好きに……ぁぎっ」
ウィルハルド王太子が突然黙ったのは、自らの下劣な物言いを恥じたからではない。魔王レオナールが怒りを込めた視線を向けただけで、端正な唇が顎ごと凍ってしまったからだ。レオナールは、マリエラに声をかけた時とは正反対の冷たい言葉をウィルハルドに投げつける。
「黙っていろ、下衆が。マリエラは私の妻となる女性で、唯一の救いだ。そんな彼女を『物』あつかいしたことは、許しがたい大罪。このまま、そのくだらん顎を砕いてやろうか?」
長く美しい指をウィルハルドに向けるレオナール。指先に、青白い光が集まっていく。何かの魔法だろう。どうやら本当に、ウィルハルドの凍った顎を粉々にしてしまうつもりらしい。
頭の緩いウィルハルドも、レオナールの憎悪に満ちた視線を受けて冗談じゃないと悟ったのか、ガタガタと震えだした。ホールにいる屈強な近衛兵たちは、動くこともできなかった。皆、命を懸けてまでこの馬鹿な王太子のために戦うほどの忠誠心はないし、何よりも、レオナールが恐ろしすぎるからだ。
瞳に負けぬ温かな声でそう言ったレオナールは、マリエラの手を取り、その甲に口づけをした。まるで、騎士が女王に対しておこなうような動作であった。その所作には、揺るぎのない愛情と絶対の忠誠が感じられた。
ウィルハルド王太子と聴衆たちは大いに驚いたが、不思議とマリエラは驚かず、この状況を受け入れていた。オルムスト聖王国で受けた酷い仕打ちで無感動になっていたからではない。なんだか、ずっと前からレオナールのことをよく知っていたような、そんな気がしたのだ。
だからレオナールが言った、『ようやく会うことができた』『こんなにもきみを待たせた』という奇妙な言葉も、マリエラは特に変だと思わなかった。どういうわけか、彼女自身も『ようやく会うことができた』というような心情だった。
マリエラの方はまだ一言も発していないのに、二人は見つめ合うだけで、心を通い合わせているようだった。着込まなければ5分と立っていられない冷たいホールが、春の日差しを受けているように温かくなった――そう錯覚するほど、心地よい空気が二人の間に流れていた。
だが、その空気をぶち壊す者がいた。
ウィルハルド王太子だ。彼の緩んだ脳細胞は、自らが処罰したマリエラに対してレオナールが跪いたことで、どういうわけか『あの恐るべき魔王が聖王国の権威にへりくだっている』と理解したらしい。先程までの怯えようはどこへやら、いつも通りの尊大な態度でレオナールに喚きたてる。
「ふん! 魔王レオナールよ! 事前通告なしの無礼な訪問ではあるが、寛大な心で今回は許してやろう! その女はそなたに対する贈り物だ! 遠慮なく受け取るがいい! そして、受け取った『物』をどうしようとそなたの自由だ! 煮るなり焼くなり、好きに……ぁぎっ」
ウィルハルド王太子が突然黙ったのは、自らの下劣な物言いを恥じたからではない。魔王レオナールが怒りを込めた視線を向けただけで、端正な唇が顎ごと凍ってしまったからだ。レオナールは、マリエラに声をかけた時とは正反対の冷たい言葉をウィルハルドに投げつける。
「黙っていろ、下衆が。マリエラは私の妻となる女性で、唯一の救いだ。そんな彼女を『物』あつかいしたことは、許しがたい大罪。このまま、そのくだらん顎を砕いてやろうか?」
長く美しい指をウィルハルドに向けるレオナール。指先に、青白い光が集まっていく。何かの魔法だろう。どうやら本当に、ウィルハルドの凍った顎を粉々にしてしまうつもりらしい。
頭の緩いウィルハルドも、レオナールの憎悪に満ちた視線を受けて冗談じゃないと悟ったのか、ガタガタと震えだした。ホールにいる屈強な近衛兵たちは、動くこともできなかった。皆、命を懸けてまでこの馬鹿な王太子のために戦うほどの忠誠心はないし、何よりも、レオナールが恐ろしすぎるからだ。
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