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第6話
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「えっと、その、ごめんなさい、私、てっきり……」
「いえいえ、お気になさらず。この辺りの常識で言えば、二十歳を過ぎて独身の医者など、まず存在しませんからね。……でも私は、医者だからといって、『若いうちに誰でもいいから結婚してしまえ』という風習は乱暴すぎると、常々思っているんです。実際、不本意な相手と慌てて結婚し、かえって不幸になった医師を、何人か知っていますから」
「そういうことも、あるんでしょうね」
「地方医師会の会長から、もう三度ほど縁談を持ちかけられましたが、すべて断っています。自分の愛する人くらい、自分の意思で決めたいですからね」
「ふふ、でも、そんなにかたくなな態度を取っていたら、そのうち、医師会の会長さんに睨まれちゃうんじゃないですか?」
「そうなんですよ。そのうちどころか、最近は会長の態度が露骨に厳しくなってきて……」
私とダンストン先生は、その後もたっぷり長話をした。
記憶を失ってから引っ込み思案になってしまった私は、あまりおしゃべりが好きではなかったが、優しいダンストン先生と話すのだけは、大好きだった。
・
・
・
結局、記憶を取り戻すためのセラピーは継続することになった。
ダンストン先生が、『記憶はこれまで生きてきた証なのですから、やっぱり、少しずつでも思い出す努力をした方がいいと思います』と言ってくれたからだ。
これまで生きてきた証、か。
確かにその通りだわ。
前向きになった私は、今までより積極的にセラピーを受けた。その甲斐あってか、最近ちょっとずつ、幼少期の頃を、思い出してきた。特に、父と母に関することが、かなりハッキリと分かるようになった。これは、大いなる前進だ。
「やりましたね、エリザベラさん。さあ、ここまでくれば、あと少しですよ。一緒に頑張りましょう」
ダンストン先生がそう言って、自分のことのように記憶の回復を喜んでくれるので、今まで以上に頑張れる。なんだか、とても良い気分だ。やっぱり先生の言う通り、思い出す努力を続けて良かった。
そんなある日のこと。
家の近くの十字路で、視界の先に、私は偶然バーナルドを見つけた。
少し前までなら、バーナルドと会うのは気が重かったが、今の私は気持ちが前向きだし、記憶が戻りつつあることを報告したら、バーナルドもダンストン先生のように喜んでくれるに違いない。
そう思い、私は笑顔でバーナルドの名を呼んだ。
だが……
バーナルドはこちらをちらりと一瞥すると、まるで『嫌な奴に会った』とでも言いたげな表情をして、足早に行ってしまった。
「いえいえ、お気になさらず。この辺りの常識で言えば、二十歳を過ぎて独身の医者など、まず存在しませんからね。……でも私は、医者だからといって、『若いうちに誰でもいいから結婚してしまえ』という風習は乱暴すぎると、常々思っているんです。実際、不本意な相手と慌てて結婚し、かえって不幸になった医師を、何人か知っていますから」
「そういうことも、あるんでしょうね」
「地方医師会の会長から、もう三度ほど縁談を持ちかけられましたが、すべて断っています。自分の愛する人くらい、自分の意思で決めたいですからね」
「ふふ、でも、そんなにかたくなな態度を取っていたら、そのうち、医師会の会長さんに睨まれちゃうんじゃないですか?」
「そうなんですよ。そのうちどころか、最近は会長の態度が露骨に厳しくなってきて……」
私とダンストン先生は、その後もたっぷり長話をした。
記憶を失ってから引っ込み思案になってしまった私は、あまりおしゃべりが好きではなかったが、優しいダンストン先生と話すのだけは、大好きだった。
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結局、記憶を取り戻すためのセラピーは継続することになった。
ダンストン先生が、『記憶はこれまで生きてきた証なのですから、やっぱり、少しずつでも思い出す努力をした方がいいと思います』と言ってくれたからだ。
これまで生きてきた証、か。
確かにその通りだわ。
前向きになった私は、今までより積極的にセラピーを受けた。その甲斐あってか、最近ちょっとずつ、幼少期の頃を、思い出してきた。特に、父と母に関することが、かなりハッキリと分かるようになった。これは、大いなる前進だ。
「やりましたね、エリザベラさん。さあ、ここまでくれば、あと少しですよ。一緒に頑張りましょう」
ダンストン先生がそう言って、自分のことのように記憶の回復を喜んでくれるので、今まで以上に頑張れる。なんだか、とても良い気分だ。やっぱり先生の言う通り、思い出す努力を続けて良かった。
そんなある日のこと。
家の近くの十字路で、視界の先に、私は偶然バーナルドを見つけた。
少し前までなら、バーナルドと会うのは気が重かったが、今の私は気持ちが前向きだし、記憶が戻りつつあることを報告したら、バーナルドもダンストン先生のように喜んでくれるに違いない。
そう思い、私は笑顔でバーナルドの名を呼んだ。
だが……
バーナルドはこちらをちらりと一瞥すると、まるで『嫌な奴に会った』とでも言いたげな表情をして、足早に行ってしまった。
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