夫より強い妻は邪魔だそうです【第一部完】

小平ニコ

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第37話

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『毒蛇』という異名にふさわしい、まさに毒牙のような一撃だった。

 だが……

「あまいんだよ、ウスノロ」

 首を切り裂かれたのは、毒蛇の方だった。鮮血が噴き上がり、玄関に置かれていた調度品を真っ赤に染め上げていく。その血は、近くに立っていたカールの顔にもかかった。

 ヘザーはあまいと言ったが、毒蛇の攻撃は鋭かった。相手が普通の使い手なら、確実に仕留めていただろう。実際、ヘザーも一瞬とはいえ油断していたので、かなり近くにまで刃の接近を許した。

 それなのに、どうしてヘザーの方が先に毒蛇の首を斬ることができたのか?

 答えは単純にして明快。ヘザーの方が、毒蛇より何倍も速いから。常人であれば、その動きを目で追うことすらできないだろう。

 そこで今更ながら、ヘザーが踊り子のような薄着をしている理由に気づく。……衣服というものは意外と重く、戦闘に向いた頑丈な服を着こんだ場合、簡単に数kgの重量になってしまう。

 そのたった数kgがスピードを殺し、身のこなしが鈍る。ヘザーそれを嫌って、ほとんど肌着同然の恰好をしているのだろう。自らの神速を活かすには最適の装備だわ。

 鈍重な剣ではなく、軽量な短剣を使っているのも合理的な判断である。まさにスピード全振りの殺人術。あまりの速さに、毒蛇は切られた後になってやっと、自分が致命傷を負ったことに気づいたことだろう。

 ヘザーは自らの顔に付着した毒蛇の血を、汚物を拭うようにして言う。

「ちっ。これだから悪党どもは油断ならないんだ。ついさっきまで、同情を引くような顔をして『頼むやめて許して』って泣き落としをしてたくせに、こっちが一瞬でも隙を見せたら牙をむいてくる。あたしとしたことが、首筋近くにまで刃を近寄らせるなんて、無様なもんだぜ」

 首を斬られた毒蛇は、もう何も話すことができそうにない。彼にできることは、絶命するまでの十数秒の間、金魚のようにパクパクと口を開閉することくらいだ。

 さっきまでこの家で、楽しく温かいもてなしをしてくれた毒蛇だったが、彼に対する同情心はなかった。私の心情も、ヘザーが述べたこととほぼ同じだから。

 何の罪もない人を大量に殺しておいて、今更安穏とした生活を送るなんて、許されていいはずがない。しかも彼は、殺人こそやめてはいるが、山賊としては今でもバリバリの現役なのだ。この立派な家も、人様から奪ったお金で建てたのだと思うと、ますます同情できない。

 ……だが、彼の息子。カールについては、やはり哀れだと思う。

 カールはその場に立ち尽くしたまま、何も言えずにいた。ショックのあまり、涙すら出ない様子だった。毒蛇の目は、死の間際で焦点が定まらず、カールと正反対の方に向いている。終わりゆく人生の最後に、愛する息子の顔すら見れないのは、彼が犯してきた罪に対する罰だろうか。
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