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大陸の宝石
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「大陸の宝石」とまで称される今のラウラ王国は、建国から二百余年の長い歴史の中でも、かつてない繁栄を迎えていた。
だが、光が強ければ強いほど、足元に落ちる影もまた濃く、深く、どこまでも静かに広がっていく。
王都の北区画、華やかな大通りから一本外れ、迷路のように入り組んだ路地を抜けた先には、地図にも載らない腐敗した場所がある。
貧民街の空気はいつだって暗く淀んでいた。
賢王と名高い若き王が治めるこの国においても、そこだけは王の威光も慈悲も届かない、見捨てられた一角だった。
建物はあちこちがひび割れて崩れかけ、窓の代わりに打ち付けられた木の板が、光を拒む盲目の瞳のように通りを見下ろしている。
長い年月をかけて積み重なった諦めと絶望の臭いが、黒いシミとなってこの場所には染み付いていた。
息を吸うたびに、鼻腔の奥に錆びた鉄とカビの臭いがこびりつく。
「はぁ……はぁ……ッ!」
荒い息遣いが、静まり返った路地に反響する。
レオは、底が擦り切れて小石の感触さえ直に伝わってくる薄汚れた靴で、地面を蹴り続けていた。 ぬかるんだ水たまりを避けて飛び越えるたびに、痩せた太ももの筋肉が悲鳴を上げる。
亜麻色の髪は埃にまみれて灰色にくすみ、黄ばんだシャツの袖口はボロボロにほつれていた。肌は病的なほどに白く、走るたびに浮き出る鎖骨が、彼の酷い栄養状態を物語っていた。
「早くしろ、酒が切れる前に買って来い!この役立たずが!!」
レオの耳を乱暴に引っ張り上げながら怒鳴り散らす父の声。
酒焼けでしゃがれ、聞く者の鼓膜をやすりで削るようなあの不快な声が、今も耳の奥でがんがんと反響している。 乱暴に耳を引かれた感触と、その付け根の熱い痛みがじくじくと蘇った。
家計を支えているのは、先月十六になったばかりのレオだった。
かつては働き者だった父だが、母が流行り病にかかり病に伏せるようになってからは酒に溺れ、働くことすらやめてしまった。
家の手伝いに、市場の荷運び、酒場の皿洗い。どんなに働いても稼いだ端金は父の酒代へと消えていく。
今や母の薬を買う金すら隠しておかなければ奪われるのが常だった。
*****
商店まであと少しという所だった。
角を曲がったその時、光の届かない路地の陰から音もなく現れた人影に勢いよくぶつかった。
「ご、ごめんなさい!!」
慌てて見上げると、そこには頭から足先まで夜の闇を切り取ったかのような深いマントを被った男が立っていた。顔の輪郭すら判然としない。ただ、フードの奥からこちらを射抜くような鋭い視線だけを感じた。
「……す、すみません、ちゃんと前を見ていなくて……」
後退りするレオの腕を、男の骨ばった冷たい指が掴む。
「これはこれは、すまなかったね」
発せられたのは、しわがれた、けれど奇妙に甘い響きのある声だった。
「痛い思いをさせてしまったお詫びにこれをあげよう」
「え?」
「さあ、手を出して。受け取りなさい。これは必ず君を幸運に導くはずだ」
男はレオの掌に固い何かを押し付けた。
困惑したレオが呼び止める隙もなく、男は煙のように路地の闇へと消えていった。
残されたレオの手には、透き通ったガラスの小瓶が握らされていた。中には粘り気のある液体が揺らめいている。月明かりもないはずなのに、小瓶そのものが微かな燐光を放っているように見えた。
(なんの液体なんだろう? すごく綺麗だ)
レオはその美しさに一瞬だけ現実を忘れた。
宝石など見たこともないが、きっとこんな風に美しく輝くのだろう。
次の瞬間、レオの脳裏に浮かんだのは「お金」のことだった。
液体の得体は知れないけれど、このまま封をしておけば問題ないはずだ。
透明度の高いガラスは高級品だし、これを質屋か古道具屋に持ち込めば、銀貨の数枚にはなるかもしれない。
(……売れれば母さんの薬代の足しになるかもしれないし、栄養のある果物のひとつだって買えるかもしれない)
わずかな迷いの後、レオはそれをポケット深くに押し込み、再び走り出した。
*****
帰宅したレオを待っていたのは、父の叱責と容赦のない拳だった。
殴られた頬を押さえながら、買ってきた安酒をテーブルに置く。
父が酒瓶の栓を抜く音を聞きながら、レオは逃げるように自室としている屋根裏の狭い物置部屋へと潜り込んだ。
今日の父の怒鳴り声は、普段より数段荒かった。
いつも行く商店で安い酒が売り切れていて、村外れの店まで何キロも走ったのだが、それでも「遅い」と殴られたのだ。
言い訳をする気力もなかったし、聞く耳を持たない父には届かないことも知っていた。
見知らぬ男からもらった小瓶を枕元に置くと、疲れ切っていたレオは着の身着のまま泥のように眠りに落ちた。
空が白みはじめた頃、寝返りを打ったレオの手が、無意識に小瓶を転がした。
しっかりと塞がっていたはずのコルク栓が外れ、中の液体がどろりとこぼれ出した。
奇妙なことに、液体はベッドを濡らすことも染み込むことも広がることすらなく、瞬く間に気化していく。
それは淡く輝く赤い霧となり、意志を持った生き物のようにうねり、渦を巻き、眠るレオの身体へと吸い寄せられていく。
甘く、痺れるような芳香が狭い部屋に充満した。
肌から、鼻腔から、じわじわと染み込み、毛穴の一つ一つに入り込むそれは、男の理性を焼き切り、本能の獣を引きずり出す呪いの媚薬だった。
眠りにつくレオはそれを知るはずもなく、ただただ深く息を吸い込んだ。
*****
「おい起きろ!」
父に脇腹を蹴られた衝撃でレオは飛び起きた。
再び蹴られる前にレオは激しく喘ぎながら転がるようにしてベッドから飛び降りた。
「酒だ! 酒がねえぞ、買ってこい!」
前回酒を買いに走ったのはたった5日ほど前だ。
だからといってここで逆らえば、母に被害が及ぶのがわかっていたから、レオは上着をつかみ、痛む脇腹を押さえながら夜が深まりはじめた街へと飛び出した。
顔見知りの酒屋の女主人に同情を含んだ視線で見送られ、購入したばかりの安酒の瓶を両手で抱えたレオは王都を貫く大通りに出た。
そこは貧民街とは別世界のように広く、夜でも眩い灯りが途切れることはない。
大通りの両脇には高級店が所狭しと立ち並び、その突き当たりには巨大な城門があった。
門の向こうには月光を浴びた高い主塔が静かにそびえ立っている。国王サンザの居城・ブリダール城だ。
父が待っているから急いで家に帰らないといけない、そう頭ではわかっているにも拘わらず、レオは抗いがたい衝動に突き動かされるように城門へ向かって足早に歩いていた。
サーリッシュ大陸随一の富国ラウラは、国土の大半が険しい山岳地帯ではあるが鉱山資源に溢れ、北部には肥沃な大地が広がり、南部は穏やかな海に面して貿易が盛んであった。
先王が崩御したのは今から七年前。若くして即位した現国王は今年二十六歳になる。
隣国から正室を迎え、周辺国とは長く友好関係が続いていた。
(そう言えば、少し前にお妃のマデナ様が懐妊したって、酒場で誰かが話しているのを聞いたような気がするな。結婚して随分経つのになかなか子宝に恵まれなかったから待望の第一子だって)
固く閉じられた城門の前には2人の衛兵が立っていた。
レオが遠巻きに頭を下げて挨拶をすると、観光に訪れた旅人に慣れた衛兵は、手にしていた槍斧を持ち上げて挨拶を返してくれた。
彼らが守る門の向こうには大通りから続く石畳が真っ直ぐ居館まで繋がっている。その途中には美しい前庭と女神像、そして噴水があり、開門時に門扉の隙間から見えるその景色が観光名所のひとつとなっていた。
時刻も遅かった為、門は当然しっかり閉ざされている。次に開くのは明日の朝だ。
仕方ないから帰ろう。レオは踵を返して大通りを引き返そうとした。
その時、地面が震えた。
続けざまに蹄の音が突風のように押し寄せた。
「どけ! 急使だ!!」
門が勢いよく開き、早馬が矢のように駆け出してくる。
レオが何気なく顔を向けた瞬間、視界がぐらりと揺れた。思考が一瞬遅れる。
脳が警告を出すより先に、巨大な影が目前まで迫る。
「危ない!」
反応が遅れた。
門衛の怒鳴り声とともに、強い腕がレオの身体を突き飛ばす。安酒の瓶が宙を舞い、石畳の上に砕け散り、レオと門衛は地面の上に転がり込んだ。
「気をつけろ!」と馬上から怒声が降ってくる。
馬の嘶きが聞こえると、すぐさま蹄の音は消え去っていった。
「無事か、少年!」
人の良さそうな顔をした門衛が息を切らしながら手を差し伸べてくる。
土埃にまみれた顔には本気の心配が浮かんでいた。
「怪我はないか?」
レオを助け起こそうと門衛が手を伸ばした。
その時だった。
レオの襟元からふわりと甘い香りが漂い、門衛の動きが突然止まる。
レオの様子を窺うように細められていた瞳が、一瞬にして濁り、焦点が合わなくなる。
荒い息遣いと共に、門衛の顔が紅潮した。
「……いい、匂いがする……」
「え?」
助け起こされるはずの手が、乱暴にレオの手首を掴み、のしかかってくるや否や強引に地面に押し付けてきた。
男の荒い息がレオの頬にかかり、高揚した顔が異様に近づく。
理性の歯止めが外れた獣の目で、門衛はレオの首筋に顔を埋めようとした。
「な、何してるんだ貴様!」
相方の異変に気づいたもう一人の門衛が駆け寄ってきた。
「一体どうした!?」
異常な行動に走る錯乱した同僚を羽交い絞めにして、目の前の少年から引き剥がすのになんとか成功した。
しかしその門衛自身も、レオの周囲に漂う香りを吸い込んだ瞬間に膝から崩れ落ちた。
「な、なんだ、これは……あ、頭が……」
彼もまた、熱に浮かされたようにレオを見つめ、震える手を伸ばしてくる。
「や、やめろ!」
恐怖に駆られたレオは、門衛に掴まれた上着を脱ぎ捨てると、シャツ1枚の姿で走り出した。
「待て!!」
野太い男の声と複数の足音が背後から追ってくる。
膝から崩れ落ちそうになりながらも、レオは開け放たれたままの門扉をくぐり抜けた。
何が起きているのか、さっぱりわからない。
彼らはなぜ急に変貌したのか、どうして自分に襲いかかってくるのか。
男たちの息遣いから逃れるため、レオは死にものぐるいで足を動かし続けた。
そして気がつけば、下民が決して足を踏み入れることは許されない国王の居城へ迷い込んでしまっていた。
だが、光が強ければ強いほど、足元に落ちる影もまた濃く、深く、どこまでも静かに広がっていく。
王都の北区画、華やかな大通りから一本外れ、迷路のように入り組んだ路地を抜けた先には、地図にも載らない腐敗した場所がある。
貧民街の空気はいつだって暗く淀んでいた。
賢王と名高い若き王が治めるこの国においても、そこだけは王の威光も慈悲も届かない、見捨てられた一角だった。
建物はあちこちがひび割れて崩れかけ、窓の代わりに打ち付けられた木の板が、光を拒む盲目の瞳のように通りを見下ろしている。
長い年月をかけて積み重なった諦めと絶望の臭いが、黒いシミとなってこの場所には染み付いていた。
息を吸うたびに、鼻腔の奥に錆びた鉄とカビの臭いがこびりつく。
「はぁ……はぁ……ッ!」
荒い息遣いが、静まり返った路地に反響する。
レオは、底が擦り切れて小石の感触さえ直に伝わってくる薄汚れた靴で、地面を蹴り続けていた。 ぬかるんだ水たまりを避けて飛び越えるたびに、痩せた太ももの筋肉が悲鳴を上げる。
亜麻色の髪は埃にまみれて灰色にくすみ、黄ばんだシャツの袖口はボロボロにほつれていた。肌は病的なほどに白く、走るたびに浮き出る鎖骨が、彼の酷い栄養状態を物語っていた。
「早くしろ、酒が切れる前に買って来い!この役立たずが!!」
レオの耳を乱暴に引っ張り上げながら怒鳴り散らす父の声。
酒焼けでしゃがれ、聞く者の鼓膜をやすりで削るようなあの不快な声が、今も耳の奥でがんがんと反響している。 乱暴に耳を引かれた感触と、その付け根の熱い痛みがじくじくと蘇った。
家計を支えているのは、先月十六になったばかりのレオだった。
かつては働き者だった父だが、母が流行り病にかかり病に伏せるようになってからは酒に溺れ、働くことすらやめてしまった。
家の手伝いに、市場の荷運び、酒場の皿洗い。どんなに働いても稼いだ端金は父の酒代へと消えていく。
今や母の薬を買う金すら隠しておかなければ奪われるのが常だった。
*****
商店まであと少しという所だった。
角を曲がったその時、光の届かない路地の陰から音もなく現れた人影に勢いよくぶつかった。
「ご、ごめんなさい!!」
慌てて見上げると、そこには頭から足先まで夜の闇を切り取ったかのような深いマントを被った男が立っていた。顔の輪郭すら判然としない。ただ、フードの奥からこちらを射抜くような鋭い視線だけを感じた。
「……す、すみません、ちゃんと前を見ていなくて……」
後退りするレオの腕を、男の骨ばった冷たい指が掴む。
「これはこれは、すまなかったね」
発せられたのは、しわがれた、けれど奇妙に甘い響きのある声だった。
「痛い思いをさせてしまったお詫びにこれをあげよう」
「え?」
「さあ、手を出して。受け取りなさい。これは必ず君を幸運に導くはずだ」
男はレオの掌に固い何かを押し付けた。
困惑したレオが呼び止める隙もなく、男は煙のように路地の闇へと消えていった。
残されたレオの手には、透き通ったガラスの小瓶が握らされていた。中には粘り気のある液体が揺らめいている。月明かりもないはずなのに、小瓶そのものが微かな燐光を放っているように見えた。
(なんの液体なんだろう? すごく綺麗だ)
レオはその美しさに一瞬だけ現実を忘れた。
宝石など見たこともないが、きっとこんな風に美しく輝くのだろう。
次の瞬間、レオの脳裏に浮かんだのは「お金」のことだった。
液体の得体は知れないけれど、このまま封をしておけば問題ないはずだ。
透明度の高いガラスは高級品だし、これを質屋か古道具屋に持ち込めば、銀貨の数枚にはなるかもしれない。
(……売れれば母さんの薬代の足しになるかもしれないし、栄養のある果物のひとつだって買えるかもしれない)
わずかな迷いの後、レオはそれをポケット深くに押し込み、再び走り出した。
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帰宅したレオを待っていたのは、父の叱責と容赦のない拳だった。
殴られた頬を押さえながら、買ってきた安酒をテーブルに置く。
父が酒瓶の栓を抜く音を聞きながら、レオは逃げるように自室としている屋根裏の狭い物置部屋へと潜り込んだ。
今日の父の怒鳴り声は、普段より数段荒かった。
いつも行く商店で安い酒が売り切れていて、村外れの店まで何キロも走ったのだが、それでも「遅い」と殴られたのだ。
言い訳をする気力もなかったし、聞く耳を持たない父には届かないことも知っていた。
見知らぬ男からもらった小瓶を枕元に置くと、疲れ切っていたレオは着の身着のまま泥のように眠りに落ちた。
空が白みはじめた頃、寝返りを打ったレオの手が、無意識に小瓶を転がした。
しっかりと塞がっていたはずのコルク栓が外れ、中の液体がどろりとこぼれ出した。
奇妙なことに、液体はベッドを濡らすことも染み込むことも広がることすらなく、瞬く間に気化していく。
それは淡く輝く赤い霧となり、意志を持った生き物のようにうねり、渦を巻き、眠るレオの身体へと吸い寄せられていく。
甘く、痺れるような芳香が狭い部屋に充満した。
肌から、鼻腔から、じわじわと染み込み、毛穴の一つ一つに入り込むそれは、男の理性を焼き切り、本能の獣を引きずり出す呪いの媚薬だった。
眠りにつくレオはそれを知るはずもなく、ただただ深く息を吸い込んだ。
*****
「おい起きろ!」
父に脇腹を蹴られた衝撃でレオは飛び起きた。
再び蹴られる前にレオは激しく喘ぎながら転がるようにしてベッドから飛び降りた。
「酒だ! 酒がねえぞ、買ってこい!」
前回酒を買いに走ったのはたった5日ほど前だ。
だからといってここで逆らえば、母に被害が及ぶのがわかっていたから、レオは上着をつかみ、痛む脇腹を押さえながら夜が深まりはじめた街へと飛び出した。
顔見知りの酒屋の女主人に同情を含んだ視線で見送られ、購入したばかりの安酒の瓶を両手で抱えたレオは王都を貫く大通りに出た。
そこは貧民街とは別世界のように広く、夜でも眩い灯りが途切れることはない。
大通りの両脇には高級店が所狭しと立ち並び、その突き当たりには巨大な城門があった。
門の向こうには月光を浴びた高い主塔が静かにそびえ立っている。国王サンザの居城・ブリダール城だ。
父が待っているから急いで家に帰らないといけない、そう頭ではわかっているにも拘わらず、レオは抗いがたい衝動に突き動かされるように城門へ向かって足早に歩いていた。
サーリッシュ大陸随一の富国ラウラは、国土の大半が険しい山岳地帯ではあるが鉱山資源に溢れ、北部には肥沃な大地が広がり、南部は穏やかな海に面して貿易が盛んであった。
先王が崩御したのは今から七年前。若くして即位した現国王は今年二十六歳になる。
隣国から正室を迎え、周辺国とは長く友好関係が続いていた。
(そう言えば、少し前にお妃のマデナ様が懐妊したって、酒場で誰かが話しているのを聞いたような気がするな。結婚して随分経つのになかなか子宝に恵まれなかったから待望の第一子だって)
固く閉じられた城門の前には2人の衛兵が立っていた。
レオが遠巻きに頭を下げて挨拶をすると、観光に訪れた旅人に慣れた衛兵は、手にしていた槍斧を持ち上げて挨拶を返してくれた。
彼らが守る門の向こうには大通りから続く石畳が真っ直ぐ居館まで繋がっている。その途中には美しい前庭と女神像、そして噴水があり、開門時に門扉の隙間から見えるその景色が観光名所のひとつとなっていた。
時刻も遅かった為、門は当然しっかり閉ざされている。次に開くのは明日の朝だ。
仕方ないから帰ろう。レオは踵を返して大通りを引き返そうとした。
その時、地面が震えた。
続けざまに蹄の音が突風のように押し寄せた。
「どけ! 急使だ!!」
門が勢いよく開き、早馬が矢のように駆け出してくる。
レオが何気なく顔を向けた瞬間、視界がぐらりと揺れた。思考が一瞬遅れる。
脳が警告を出すより先に、巨大な影が目前まで迫る。
「危ない!」
反応が遅れた。
門衛の怒鳴り声とともに、強い腕がレオの身体を突き飛ばす。安酒の瓶が宙を舞い、石畳の上に砕け散り、レオと門衛は地面の上に転がり込んだ。
「気をつけろ!」と馬上から怒声が降ってくる。
馬の嘶きが聞こえると、すぐさま蹄の音は消え去っていった。
「無事か、少年!」
人の良さそうな顔をした門衛が息を切らしながら手を差し伸べてくる。
土埃にまみれた顔には本気の心配が浮かんでいた。
「怪我はないか?」
レオを助け起こそうと門衛が手を伸ばした。
その時だった。
レオの襟元からふわりと甘い香りが漂い、門衛の動きが突然止まる。
レオの様子を窺うように細められていた瞳が、一瞬にして濁り、焦点が合わなくなる。
荒い息遣いと共に、門衛の顔が紅潮した。
「……いい、匂いがする……」
「え?」
助け起こされるはずの手が、乱暴にレオの手首を掴み、のしかかってくるや否や強引に地面に押し付けてきた。
男の荒い息がレオの頬にかかり、高揚した顔が異様に近づく。
理性の歯止めが外れた獣の目で、門衛はレオの首筋に顔を埋めようとした。
「な、何してるんだ貴様!」
相方の異変に気づいたもう一人の門衛が駆け寄ってきた。
「一体どうした!?」
異常な行動に走る錯乱した同僚を羽交い絞めにして、目の前の少年から引き剥がすのになんとか成功した。
しかしその門衛自身も、レオの周囲に漂う香りを吸い込んだ瞬間に膝から崩れ落ちた。
「な、なんだ、これは……あ、頭が……」
彼もまた、熱に浮かされたようにレオを見つめ、震える手を伸ばしてくる。
「や、やめろ!」
恐怖に駆られたレオは、門衛に掴まれた上着を脱ぎ捨てると、シャツ1枚の姿で走り出した。
「待て!!」
野太い男の声と複数の足音が背後から追ってくる。
膝から崩れ落ちそうになりながらも、レオは開け放たれたままの門扉をくぐり抜けた。
何が起きているのか、さっぱりわからない。
彼らはなぜ急に変貌したのか、どうして自分に襲いかかってくるのか。
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