【完結】黄金の檻、緋の鎖

comacomainu

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戻れない場所

2-2.

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夜半近くになった頃だった。レオが母と夕食の片付けをしていると、家の扉が唐突に開かれ、数人の男が現れた。
煌びやかな鎧を身につけた屈強な男達だった。
国のパレードで何度も見たことがある。王直属の近衛兵だ。
レオはざっと血の気が引くのを感じた。

「何だ、お前らは?!」

レオの父が狼狽えながら問うと、壁のように立ちはだかる兵士をかき分けて現れた壮年の男が名乗った。

「わたしは、ハーラン・ヤナクという。国王サンザ・ランドルエ・ラウラ様の側近だ。淡いブラウンの瞳と亜麻色の髪をした、15、6歳くらいの少年を探している。背丈は160センチ程度で、この近辺に住んでいることまでは突き止めた。この家に似た風貌の息子がいるそうだな? 彼にぜひとも会わせていただきたい」

父はしきりに目を瞬かせた。





「はぁ、うちの息子が何か大それたことをやらかしちまったんで?」

「確認したいことがあるだけだ。用が済めば無事に送り帰してやるから安心しろ」

すると、父は卑屈な笑みを浮かべた。

「そうは言ってもねぇ、息子はちょうど今からわたしの使いに出すところだったんですよ」

ハーランは懐から小さな皮袋を取り出すと、父の手に握らせた。
その中身が銀貨であることを確かめた父は頬を緩ませ、「ほら、行け」と、レオの腕を掴んでハーランに差し出した。
母が不安げにレオを見つめる。
レオは胸の奥の震えを必死に押し隠し、安心させるように小さく微笑んでみせた。

荒んだ貧民街には不釣り合いな豪奢な馬車に無理やり押し込まれる。
レオは肩を縮め、視線を床に落とした。初めて乗る乗り合いではない馬車だというのに、吐き気を催すほどの緊張と恐怖で、流れる景色を楽しむ余裕など微塵もない。
対面に座るハーランは表情も変えず、口も開かなかった。

昨晩は硬く閉じられていた城門は、ハーランが車窓のカーテンを開いて顔を見せるだけで呆気なく開かれた。
斧槍を立てて畏まる門衛は、レオを追いかけ回した彼らではなかった。

細かな装飾と光沢のある大理石の門柱を潜る。
城門の扉が開放された時、その隙間からしか眺められなかった噴水と美しい女神像は、この日ばかりはレオの心を圧迫した。

馬車から降ろされ、歩みを緩めないハーランの後ろをレオは小走りになってついていく。
通されたのは王宮ではなく、家臣の住む離れの館だった。それでも狭く薄汚れた貧民街しか知らないレオにとっては夢のような豪華な建物だった。
不思議な組み合わせの2人をすれ違う家臣が何ごとかと振り返るたび、心臓の鼓動が耳に響いた。

「サンザ様、お連れしました」

「入れ」

通された部屋には、あの日、月明かりの下で見たのと同じ、雄々しくも美しい、聖像画に描かれた男神のような男が立っていた。





*****

あの夜、あれほどまでに欲したのが、今、目の前にいるこんなみすぼらしい子どもだったというのかーー

信じがたい気持ちでサンザは目の前の少年を上から下まで冷めた視線で観察した。
深酒のせいだと自分を納得させようとしても奥底に奇妙な違和感がくすぶる。
そもそもグラスに注いだ数杯の酒で深酒などあり得るはずがないのだ。
ワインに薬でも盛られていたのかと調べてみたが、毒味役を務めさせたハーランは瓶を平然と飲み干してしまった。
では香でも焚かれていたのかと考えたが、室内ならともかく屋外ではそんな手が通用するはずがない。
考えても考えても納得できる答えが見つからなかった。

「座れ」

引き締められた形の良い唇から放たれた無機質な声に、レオの体は強張った。
初めて直に耳にする国王の声は、強く、低く、人に命令することに慣れた者だけが纏う、抗えない威圧を帯びていた。
言葉どおり従うべきなのか、レオはハーランに窺う視線を送ると、こちらの意図を察したのだろう、ハーランがうなずいた。
レオはサンザの正面のソファに恐る恐る座った。

「……国王である私が、お前のような下賎な者に触れるなど、本来あってはならないことだ」

唐突に投げつけられたのはそんな言葉だった。
レオは身体を小さく震わせた。
視線を合わせることさえ畏れ多く、そして何より恐ろしく、思わず膝の上で指を固く握りしめる。

「先日のことは決して口外するな。親兄弟にもだ」

有無を言わせぬ強い語気に気圧される。
レオは言葉も紡げず、ただただ頷いた。

もし口外すれば、お前も、家族の命もないと思えーー

予想していた台詞だった。だが、激しい殺意をこめられた言葉がギリギリと胸を締めつけた。
息が浅くなり、握り締めた手のひらがじっとりと汗で湿る。

「ただでとは言わぬ。口止め料は払おう。取っておけ」

サンザの後ろに控えていたハーランが、布紐で固く縛られた布袋を差し出した。

「受け取りなさい」

ハーランの声は柔らかいが、断ればその先がないことを静かに示していた。
早くしろと言わんばかりの視線に促され、レオは呆然としながらも手を伸ばした。
ずしりとした重みが手のひらに落ちてきて、途切れていた意識を現実へ引き戻した。

「受け取ったならとっとと帰れ。もう用はない。ここを出たら今回のことは忘れることだ」

サンザはそれきり、レオに一瞥すらしなかった。


帰路の馬車にもハーランが同乗しており、約束どおりレオを家の前まで送ってくれた。
家に戻ると、父はとっくに酒でつぶれて眠りこけており、母がレオの無事な姿にほっとしながら迎え入れてくれた。
「何があったの?」と問う母に、人助けをしただけだよとあらかじめ考えておいた嘘をついた。
高貴な身分の方だったからお礼をもらえたんだ、と説明し、レオはサンザからもらったお金を袋ごと母に渡して、父には絶対に内緒だと強く念を押した。

部屋に戻ると、レオはようやく張り詰めていた心の糸が切れたように、静かに泣いた。

涙が頬を伝い、首筋をぬらす。
押し殺した嗚咽が暗い部屋に響く。
心の奥の痛みが波のように押し寄せた。
すまなかったと、悪かったと、そのひと言だけでも欲しかった。
怖かったのだ、痛くて苦しかったのだ。
堪えきれなかった悲鳴は男の無骨な手で塞がれた。服を剥がされ、体を無理矢理に開かれ、背後から力ずくでねじ入れられた。
何度も、何度も、何度もだ。
声が枯れ果てた頃、口づけを交わした。
舌を執拗に絡め取られ、こぼれる唾液をしつこく啜られた。
あの行為に愛情が欠片もないと知っている。
相手は王様だ。レオのことを知るはずも想うこともない。
だったらなぜ抱いたのか。
今日と先日とで、彼の態度はどうしてあれほど違ったのか。




ふと、倒れていたはずの小瓶が、いつの間にか元の位置に戻っていることに気づく。
光を反射して輝く瓶の中身は、かすかに揺れながら満ちていた。
空だったはずの瓶に液体が、コポコポと小さな呼吸のような音を立て、ゆっくりと満ちていく――

その異様さに、ぼんやりと目を向けながらもなお、レオは気づかなかった。
悲しみと疲れが何層にも積み重なり、現実と夢の境が曖昧になっていた。
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