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戻れない場所
2-1.
しおりを挟む昨晩買った父の酒瓶は全て割れてしまった。けれど、新しい酒を買う金はもう残っていない。
叱責される覚悟は出来ている。殴られることにも慣れている。
それでも、胸の奥に溜まる気まずさだけはどうにもならなかった。
ぎこちなく家の扉を押し開ける。
レオの帰りを待ち構えていた父の目がギラリと光り、地を這うような怒声が家中を震わせた。
「朝帰りとは大層なご身分じゃねぇか! 一体こんな時間までどこをほっつき歩いていたんだ!」
父の声で気づいて、隣室から母が顔を覗かせた。
そして、ひどく汚れたレオの姿を見て、息を呑む。
「レオ! あなた、どうしたの? 服がぼろぼろじゃないの!」
「ごめん、母さん。せっかく縫ってくれたのに。それで、その、上着もなくしちゃって……」
「そんなものは良いのよ! それより、あなた、怪我は? 顔も腕も擦り傷だらけじゃない!」
「怪我は……大したことないよ……」
そう、表面の傷はどうってことはない。
刃物で刺された訳でも、骨を折る大怪我をした訳でもない。
昨夜、記憶に深く刻みつけられた、無理矢理こじ開けられた、あのひりつく痛みに比べれば。
自分の身に何が起きたのか、順序立てて語ることは出来なかった。
包み隠さず打ち明けたところで、信じてもらえるとも思えなかった。
国王陛下に襲われただなんて。
それが自分の身に起きていなければ――もし他人の口から聞かされたのなら、なんてひどい世迷い言だと笑い飛ばしていただろう。
父の酒を買って家へ帰る、そこまではいつもの日常だったのに。
なぜか城の庭園を見に行こうと思い立って、足が城の方へ向かってしまった。
遅い時間だ。城門は閉まっていると頭の隅では分かっていたのに、だ。
そこからすべてが狂いはじめたのだ。
「おい! なにをぼんやりしてやがる! 酒はどうしたんだ!!」
「ごめんなさい、全部割ってしまいました……」
「なんだと! ふざけるな、お前は買い物すらまともに出来ないのか!」
頬に痛みが走り、声にならない呻きが口から漏れる。
床に倒れたレオに馬乗りになり、父は何度も何度もレオを殴った。
青ざめた母が飛び出して、「やめて! レオの様子がおかしいわ! お願い、殴るのはやめてあげて、許してあげて!」と懇願するが、父の怒りは止まらず、腕にすがりついた母の体は振り払われて壁に叩きつけられた。
啜り泣く母を守ろうと手を伸ばすと、さらに拳が自分に降りかかる。
息が詰まり、頭の中が白くなる。
(どうして、僕だけ……? どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないんだ)
今日ばかりは、そう思わずにはいられなかった。
なぜ、宮殿の門衛たちは急に態度を豹変させてレオに襲いかかってきたのだろう?
狩られる子鹿のように、逃げるたび、追われるたび、どんどん宮殿の奥へ奥へと追い込まれていった。
男たちが諦めてくれるまで、小さく息を潜めて隠れ続けた。
やがて男たちの気配が消え、今度は帰り道がわからなくなった。
周囲を警戒しながら、城の窓から漏れる明かりを頼りに進んだ。
毎日見ている城だ。方角さえ分かれば戻る道の予想はつく。
――そこにあの方が現れた。
なぜ、あの方が……?
下民である自分にとって、神にも等しい存在。国王陛下。
そんな尊い方と面識があるはずもない。当たり前だ。
街に貼り出される肖像画や、祭りのパレードで遠くから見ることがあるだけ。
一方的に顔を知っているだけの、手の届かない、遠い幻のような存在。
遥か彼方に在す天上の人。
そんな方がなぜレオにあのような不埒な狼藉を働いたのか。
夢であって欲しかったのに、つかまれた腕に残った跡も、体の節々の痛みも、サンザの熱を受け入れた下肢の疼きまでも――紛れもなくあれが現実に起きたことだと訴えてくる。
この記憶には蓋をして閉じ込めてしまいたい。
思い出したくない。信じたくない。
何もかもわからないことだらけだった。
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