【完結】黄金の檻、緋の鎖

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言霊

13.

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部屋の扉が静かに叩かれた。

「失礼します」

扉を開けると、銀盆を抱えたハーランが立っていた。
いつものメイドの姿はない。

「中へ入っても?」

室内はサンザとレオの匂いが色濃く残っていたが、それを隠したところで今さらだ。
レオはどうぞ、と身を横にずらして道を開けた。

「あなたのおかげで、以前の国王陛下にお戻りになりました。まずは礼を言わせていただきます」

シャツから垣間見える赤い口付けの跡を目にしながらも、ハーランは淡々とした声でそう言い、銀盆を片手に、レオに深く頭を下げた。

「あなたがいない間の国王はそれはもう酷いものでした。このまま国が傾くのではと、本気で案じたほどですよ」

「……あなたはご存知のはずだ。あの小瓶のことを。どうして陛下に伝えてくれなかったんですか」

責めるレオの声がわずかに上擦る。
ハーランは眉一つ動かさず答えた。

「報告しましたよ、もちろん。その結果がこれです。あなたが思い描いた結末そのままでしょう。――策略どおりだ」

「違う!僕は……小瓶の中身が媚薬だったなんて知らなかった!」

「知らなかったとは言え、です」

ハーランはレオに視線を落とす。逃げ場を塞ぐような静かな圧を感じる。

「あなたには責任を取る必要がある。あなたには一生を捧げてもらいます。国の存続がかかっている。王と離れる時は――どちらかが死ぬ時です」

「……僕は国のための道具じゃない」

「あなたは道具なのですよ。国王があなたを選んだ時点で。王すら道具なのです。国という巨大な生き物を永遠に生かすために必要な、犠牲なのです」

冷えた声で断じるハーランの言葉に、胸の奥が鋭く痛んだ。

そのとき――

「お前は口が悪い。あまりレオを脅してやるな」

諌める声とともに、ガウンを羽織ったサンザが浴室から部屋へ戻ってきた。濡れた前髪が額に張り付いているせいか、いつもよりずっと幼く見える。
家臣に道具だと言われても全く気にするそぶりもなく、悠然と歩いてきて、ハーランの持つ盆から果物をつまんで、そのまま当然のように口へ放り込んだ。

「ふむ。なかなか美味いな」

「ラドリヌ国からの祝いの品です。ラドリヌの名産の果物だそうですよ。あの国は農産物もですが、海産物も豊富でして」

「ほう」

「侵攻しますか?  それとも娶りますか? 使者としてラドリヌ国王が一番可愛がっているという第四王女を寄越していますよ」

ハーランは軽い口調で献策を述べる。
サンザはレオの顎を取り、くいと上向かせると、口移しで果実を含ませた。
甘い果汁が喉を撫で、レオはごくりと飲みこむ。

「却下だ。この通り、もう事足りている。王女にはそのままご帰国願え」

「かしこまりました。しかし後宮に寵姫はまだ増やせますよ?」

「不要だ。とりあえずの役目は果たしているはずだ。うるさいジジイどもにはもう口出しするなと伝えろ」

鼻で笑いながら手を払うと、サンザはレオへと向き直る。

「さて、昨日はわがままを通したせいで……今日のわたしは国王としての仕事に追われているわけだ。仕事など放っておいてお前を見張っていたいのだが、今までサボっていたツケがとうとう回ってきた」

レオは首を振り、真っ直ぐに彼を見た。

「……僕はもう逃げませんよ」

「どうだかな」

「本当に」

その声音に嘘はない。サンザの目がわずかに細まった。
レオをじっと見つめ、どこか満足げにふっと唇が緩む。

「……ところで、ハーランから聞いた話だが、お前はイナッド語を話せるのか?」

サンザは顎に手を当て、探るような視線をレオに向けた。

「商売に失敗した父が酒浸りになる前までは諸外国の商人相手に商いをしていたので。取り引き先にイナッド人がいて、商売に関わる会話を必要最低限ですが」

「ほう。他には?」

「ナライ語も日常会話程度なら少し。貧民街にはナライの密入国者もいましたので…」

ほう、とサンザは感心した顔で、自分の隣りに控えるハーランを見た。

「聞いたか、ナライ語も使えるそうだぞ。嬉しい誤算じゃないか」

ハーランは呆れたように苦笑した。

「密入国という聞き捨てならない単語も聞こえた気がしますがね」

「そこは今は耳を塞いでやれ」

サンザはそう言って、再びレオに向き直ると、流暢なナライ語で話しかけた。
レオがそれに淀みなく答えると、ナライ語がほとんど話せないハーランは「参りましたね」とでもいうように肩をすくめた。

「ナライ語が話せる者が不足している。手伝って欲しい」

「しかし僕には難しい会話は出来ません」

「相手の緊張を解す程度でいい。それ以上は専門の通訳がやる。給金は当然出す」

サンザはしばしレオを見つめた。暗い光を含んだ瞳が、どこか満足げに細められる。
国王はレオの肩を抱き寄せた。

「わたしの仕事を手伝え。わたしも常にお前を見張っていられるし、一石二鳥だ」

「……僕が、陛下のお仕事の手伝いを?」

レオは戸惑いを隠せなかった。貧民街育ちの自分が、王の政務に関わるなど、想像もしていなかった。

「ハーラン、こいつをお前と同程度とまでは言わんが、まともに使えるよう教育しろ」

ハーランは眉を上げて、レオを見下ろすと、ふっと笑った。それは面白い難題を与えられたような子どものような楽しげな笑みだった。

「……かしこまりました。主君のおおせのままに」

レオは心を定めた。これは言霊だ。
逃げないと言った以上、もう戻る道はない。自分で逃げ道を閉ざしたのだ。サンザの隣りに立ち、彼とともに進むと。
この男のそばこそが自分の居場所だ。
レオは自らの意思で決めたのだった。

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