20 / 23
新しい幸せを
12.
しおりを挟む
城へ強制的に連れ戻されて数日。
久しぶりに訪れた貴賓室は、相変わらず豪奢な調度品で埋め尽くされていた。
レオの母は今も賓客として手厚く遇されていたようだった。
何よりも、母の顔色は見違えるほど健康的だった。貧民街での過酷な生活や、城に来てから常に晒されていた緊張と不安は、すっかり薄れていた。
「母さん」
「レオ」
母は立ち上がり、ほっとしたような表情でレオの手を握った。その手が温かく、力を取り戻していることが、レオの胸に小さな安心感をもたらした。
レオは数日前に偶然父に会ったことを告げた。
母は目を伏せ、かつての夫に対し、すでに感情の繋がりを持たない、ただ過去を思いやるだけのような遠い声で尋ねた。
「あの人は、元気だった?」
「うん、相変わらず酒は手放せないようだったけど」
母の表情にその一瞬だけ苦痛がよぎった。
二人のあいだに張り詰めた沈黙が落ちる。
互いに言いたいことは多すぎるのに、どれも口に出せない。
母が父という呪縛からようやく解放されつつあることを思うと、余計な言葉でその均衡を乱したくなかった。
その時だった。
コン、コン。
規則正しいノックが響き、扉がわずかに開いた。
「イリア様」
城での母の仮の呼び名が呼ばれ、一人の男性が入室した。ラウラ国の騎士団長の制服を身にまとったその姿は、一瞬にして部屋の空気を格式高いものに変えた。
騎士団長はレオの姿に気づき、わずかに驚いた表情を見せたが、すぐに礼儀正しく柔らかにお辞儀をした。
「すまない、先客だったか」
「いいえ、息子です」
母は嬉しそうに微笑み、答えた。
「これはこれは、では君がレオか」
騎士団長はレオを優しく見つめた。その眼差しに劣情のようなものはなく、ただ純粋に出会いを喜んでいるものだった。
「レオ、こちらは騎士団長のソナック様よ。先日から、わたしの警護をしてくれているの」
母は少しだけ誇らしげに騎士団長を紹介した。警護という言葉の裏に、深い信頼と、それ以上の親密さが漂っているのを、レオは敏感に察した。
ソナックは、後ろ手に持っていた大ぶりの花束を、ためらうことなく母に差し出した。
「私の屋敷の庭で咲いた薔薇がとても綺麗だったものでな。これをあなたに渡したくて持って来た」
鮮やかな深紅の薔薇。その光景は敬意と優しさに満ちていた。
「表で待機しているから、何か用があればいつでも呼んでくれ」
「ありがとうございます」
ソナックが深々と一礼して部屋を出ていく。
花束を受け取り、団長の背中を見送る母の頬が、ほんのりと少女のように赤らんでいるのをレオは見逃さなかった。
「とても優しそうな方だね」
「ええ。でも騎士団長様だから、とてもお強いのよ? 奥様を早くに亡くされ、おひとりでお嬢様をお育てになったそうよ。おかげで男勝りに育ってしまって、とおっしゃっていたわ」
母は笑った。
「いつか、お屋敷に来て欲しいとお誘いいただいたの……私のような者がいいのかしら?」
それは、一人の女性としての喜びと、守られている幸せに満ち足りた微笑みだった。
レオは胸の奥でじんわりと安堵を感じていた。
母が幸せを取り戻している。
母の静かな幸せこそ、レオが唯一望んだことだった。
自分は父から母を救うことも、守ることもできなかった。けれど、これからはソナックが母に愛を与えてくれるだろう。
レオは、その事実に寂しさを覚えつつも、どうかこれからの母が幸せに満たされるようにと、強く願うだけだった。
久しぶりに訪れた貴賓室は、相変わらず豪奢な調度品で埋め尽くされていた。
レオの母は今も賓客として手厚く遇されていたようだった。
何よりも、母の顔色は見違えるほど健康的だった。貧民街での過酷な生活や、城に来てから常に晒されていた緊張と不安は、すっかり薄れていた。
「母さん」
「レオ」
母は立ち上がり、ほっとしたような表情でレオの手を握った。その手が温かく、力を取り戻していることが、レオの胸に小さな安心感をもたらした。
レオは数日前に偶然父に会ったことを告げた。
母は目を伏せ、かつての夫に対し、すでに感情の繋がりを持たない、ただ過去を思いやるだけのような遠い声で尋ねた。
「あの人は、元気だった?」
「うん、相変わらず酒は手放せないようだったけど」
母の表情にその一瞬だけ苦痛がよぎった。
二人のあいだに張り詰めた沈黙が落ちる。
互いに言いたいことは多すぎるのに、どれも口に出せない。
母が父という呪縛からようやく解放されつつあることを思うと、余計な言葉でその均衡を乱したくなかった。
その時だった。
コン、コン。
規則正しいノックが響き、扉がわずかに開いた。
「イリア様」
城での母の仮の呼び名が呼ばれ、一人の男性が入室した。ラウラ国の騎士団長の制服を身にまとったその姿は、一瞬にして部屋の空気を格式高いものに変えた。
騎士団長はレオの姿に気づき、わずかに驚いた表情を見せたが、すぐに礼儀正しく柔らかにお辞儀をした。
「すまない、先客だったか」
「いいえ、息子です」
母は嬉しそうに微笑み、答えた。
「これはこれは、では君がレオか」
騎士団長はレオを優しく見つめた。その眼差しに劣情のようなものはなく、ただ純粋に出会いを喜んでいるものだった。
「レオ、こちらは騎士団長のソナック様よ。先日から、わたしの警護をしてくれているの」
母は少しだけ誇らしげに騎士団長を紹介した。警護という言葉の裏に、深い信頼と、それ以上の親密さが漂っているのを、レオは敏感に察した。
ソナックは、後ろ手に持っていた大ぶりの花束を、ためらうことなく母に差し出した。
「私の屋敷の庭で咲いた薔薇がとても綺麗だったものでな。これをあなたに渡したくて持って来た」
鮮やかな深紅の薔薇。その光景は敬意と優しさに満ちていた。
「表で待機しているから、何か用があればいつでも呼んでくれ」
「ありがとうございます」
ソナックが深々と一礼して部屋を出ていく。
花束を受け取り、団長の背中を見送る母の頬が、ほんのりと少女のように赤らんでいるのをレオは見逃さなかった。
「とても優しそうな方だね」
「ええ。でも騎士団長様だから、とてもお強いのよ? 奥様を早くに亡くされ、おひとりでお嬢様をお育てになったそうよ。おかげで男勝りに育ってしまって、とおっしゃっていたわ」
母は笑った。
「いつか、お屋敷に来て欲しいとお誘いいただいたの……私のような者がいいのかしら?」
それは、一人の女性としての喜びと、守られている幸せに満ち足りた微笑みだった。
レオは胸の奥でじんわりと安堵を感じていた。
母が幸せを取り戻している。
母の静かな幸せこそ、レオが唯一望んだことだった。
自分は父から母を救うことも、守ることもできなかった。けれど、これからはソナックが母に愛を与えてくれるだろう。
レオは、その事実に寂しさを覚えつつも、どうかこれからの母が幸せに満たされるようにと、強く願うだけだった。
0
あなたにおすすめの小説
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
主に交われば
かんだ
BL
楽しいことが大好きで欲望のためなら善悪関係なしな美しい悪人受けと、そんな受けに魅入られ受けを我が物にしたい善悪無関係な攻めの話。
魔法の世界にある学園での出来事。
妖精の生まれ変わりと言われるほど美しい少年が死んだことで、一人の少年の人生が変わる。
攻めと受けは賭けをした。それは人生と命を賭けたもの。二人きりの賭けに否応なく皆は巻き込まれ、一人の少年は人生さえ変えてしまう。
魔王さまのヒミツ♡
黒木 鳴
BL
歴代最年少で魔王の地位に就いたレイには隠し通さなければならない秘密がある。それは……「魔王もうやだぁぁぁ~~!!下剋上こわいよぉぉぉーーー!!!」その実態が泣き虫ポンコツ魔王だということ。バレれば即・下剋上を挑まれることは必至!なので先々代の魔王を父に持ち、悪魔公爵ジェラルドが膝を折ったという2枚看板を武器にクールな魔王を演じている。だけどその実力を疑う者たちも出てきて……?!果たしてレイの運命は……?!溺愛腹黒系悪魔×初心な小悪魔系吸血鬼。お茶目なパパんも大活躍!!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
