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ーーこの日のことは、たぶん自分の中に履歴として残ることになるだろう。
そして、一生、削除することは出来ない。
*****
パイプ椅子の上、後ろ手に縛られた徳村は、いまだに意識が朦朧としているようだった。
渡会勇司はそんな徳村を視界の端に入れながら、手にしていたビニール紐の塊を床に投げ捨てた。
床に落ちた眼鏡を拾ってかけ直し、先ほど殴られて出来た唇の端の切り傷をそっと舌先で舐めた。
ちりっと鋭い小さな痛みが走る。
くそっと悪態をついて机の足を蹴れば、ガタガタガタと大きな音がする。
それが渡会の苛立ちに、さらに拍車をかけた。
*****
今日は朝から天気が荒れていた。今年初の台風が、例年より二週間も早く日本列島を襲っていた。
嵐を思わせる強風は、餓えた肉食獣の咆哮に似た唸りを断続的に上げて建物を揺さ振り、大粒の雨はガラス窓を容赦なく殴りつけている。
遠くで轟く低い雷鳴が、風や雨の音に混じり、天井の電燈は時折、チカ、チカ、と短く点滅した。
(なんて絵に描いたようなシチュエーションなんだよ)
シャツの袖で唇の傷口を拭った渡会は、投げ遣りな笑みを浮かべて、生成りのカーテンを乱暴に引いた。
さらに部屋の唯一のドアの鍵もかけて、外界との繋がりを完全に遮断した。
壁時計の短針は五を指している。
大荒れな天候のせいで、学校の授業も午前で打ち切られ、正午前には全校生徒は強制的に帰宅させられていた。
渡会が通う成城高校だけでなく、こんな荒れに荒れた天候では、近隣の学校も同じ措置を取っていることだろう。
そのため、校舎内には人の気配が全くなかった。部活ももちろん中止になっているから、残っているのはおそらく、生徒会室にいる自分と、目の前にいるこの男、徳村昌弥だけだ。
今年の春まで生徒会長を務めていた渡会は、警備会社から派遣されている守衛が、午後七時を回ってから見回りに来ることを知っていた。
会長在任中は雑務に追われ、夜遅くまで居残ることが多く、老年の守衛とはよく顔を合わせていた。
だからもちろん守衛が巡回する順路も熟知している。先に北校舎を回り、次に西校舎、南校舎、最後にこの東校舎。
だから、まだ、時間に余裕がある。
ーー充分すぎるくらいに、時間はある。
壁際に置かれたパイプ椅子に拘束されている徳村は、置物のように微動だにしない。
先々代の生徒会長から受け継がれている、学校側には内緒で作られた生徒会室の合鍵をポケットに仕舞う。
渡会は硬い表情で一歩一歩、地を踏みしめるようにして徳村に近づいた。
レンガ色の髪の隙間から、肌色の頭皮が見えている。
反時計回りの、綺麗な渦を描いた旋毛が眼下にある。
徳村は上背がある。たぶん一八〇に近かったはずだ。だから今の高校生の平均身長に満たない渡会が、こうして彼を見下ろす機会は滅多になかった。
それに徳村は後ろからするセックスが好きだった。
だから達する時の彼の顔も、渡会は見たことがない。
遊ぶ毛先に隠れている両耳には、シルバーのピアスがそれぞれ三つずつ並んでいた。触れたくて思わず伸ばしてしまった手を、渡会ははっとしてすぐに引き戻した。
たった数十分前、徳村の口から吐き出された言葉が突然思い出されたからだった。
『気安く俺に触んな』
その言葉は渡会の心を容赦なく切り裂いた。
渡会は歯を食い縛り、下ろした右手をぐっと握り締めた。
『俺、本命が出来たの。お前はもう用無しなの。お前、賢いんだから、何度も言わなくても意味わかんだろ?』
握りこんだ爪が深く肉に食い込み、気付いた時には汗ばんだ手の平に赤い小さな弧を描いた跡が残っていた。
徳村が我儘で傲慢な男だということは、身に染みてわかっていた。
いつかは別れが来るだろうことも予感していた。
それでもこんな残酷な終わり方をするとは思いもしなかった。
そして、一生、削除することは出来ない。
*****
パイプ椅子の上、後ろ手に縛られた徳村は、いまだに意識が朦朧としているようだった。
渡会勇司はそんな徳村を視界の端に入れながら、手にしていたビニール紐の塊を床に投げ捨てた。
床に落ちた眼鏡を拾ってかけ直し、先ほど殴られて出来た唇の端の切り傷をそっと舌先で舐めた。
ちりっと鋭い小さな痛みが走る。
くそっと悪態をついて机の足を蹴れば、ガタガタガタと大きな音がする。
それが渡会の苛立ちに、さらに拍車をかけた。
*****
今日は朝から天気が荒れていた。今年初の台風が、例年より二週間も早く日本列島を襲っていた。
嵐を思わせる強風は、餓えた肉食獣の咆哮に似た唸りを断続的に上げて建物を揺さ振り、大粒の雨はガラス窓を容赦なく殴りつけている。
遠くで轟く低い雷鳴が、風や雨の音に混じり、天井の電燈は時折、チカ、チカ、と短く点滅した。
(なんて絵に描いたようなシチュエーションなんだよ)
シャツの袖で唇の傷口を拭った渡会は、投げ遣りな笑みを浮かべて、生成りのカーテンを乱暴に引いた。
さらに部屋の唯一のドアの鍵もかけて、外界との繋がりを完全に遮断した。
壁時計の短針は五を指している。
大荒れな天候のせいで、学校の授業も午前で打ち切られ、正午前には全校生徒は強制的に帰宅させられていた。
渡会が通う成城高校だけでなく、こんな荒れに荒れた天候では、近隣の学校も同じ措置を取っていることだろう。
そのため、校舎内には人の気配が全くなかった。部活ももちろん中止になっているから、残っているのはおそらく、生徒会室にいる自分と、目の前にいるこの男、徳村昌弥だけだ。
今年の春まで生徒会長を務めていた渡会は、警備会社から派遣されている守衛が、午後七時を回ってから見回りに来ることを知っていた。
会長在任中は雑務に追われ、夜遅くまで居残ることが多く、老年の守衛とはよく顔を合わせていた。
だからもちろん守衛が巡回する順路も熟知している。先に北校舎を回り、次に西校舎、南校舎、最後にこの東校舎。
だから、まだ、時間に余裕がある。
ーー充分すぎるくらいに、時間はある。
壁際に置かれたパイプ椅子に拘束されている徳村は、置物のように微動だにしない。
先々代の生徒会長から受け継がれている、学校側には内緒で作られた生徒会室の合鍵をポケットに仕舞う。
渡会は硬い表情で一歩一歩、地を踏みしめるようにして徳村に近づいた。
レンガ色の髪の隙間から、肌色の頭皮が見えている。
反時計回りの、綺麗な渦を描いた旋毛が眼下にある。
徳村は上背がある。たぶん一八〇に近かったはずだ。だから今の高校生の平均身長に満たない渡会が、こうして彼を見下ろす機会は滅多になかった。
それに徳村は後ろからするセックスが好きだった。
だから達する時の彼の顔も、渡会は見たことがない。
遊ぶ毛先に隠れている両耳には、シルバーのピアスがそれぞれ三つずつ並んでいた。触れたくて思わず伸ばしてしまった手を、渡会ははっとしてすぐに引き戻した。
たった数十分前、徳村の口から吐き出された言葉が突然思い出されたからだった。
『気安く俺に触んな』
その言葉は渡会の心を容赦なく切り裂いた。
渡会は歯を食い縛り、下ろした右手をぐっと握り締めた。
『俺、本命が出来たの。お前はもう用無しなの。お前、賢いんだから、何度も言わなくても意味わかんだろ?』
握りこんだ爪が深く肉に食い込み、気付いた時には汗ばんだ手の平に赤い小さな弧を描いた跡が残っていた。
徳村が我儘で傲慢な男だということは、身に染みてわかっていた。
いつかは別れが来るだろうことも予感していた。
それでもこんな残酷な終わり方をするとは思いもしなかった。
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