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徳村は渡会を給水塔の影に引き摺り、キスを仕掛けてきた。
あまりに悔しくて、押し倒されるのを必死で拒んだけれど、じゃあ別れるか?と冷めた口調で問われると、どうしようもなかった。
泣きそうになりながら抱かれていると、鬱陶しい顔をするなと怒鳴られた。
それからも、徳村は女と関係を続けた。
あの日以来、渡会に隠そうとすらしなかった。
セックスの最中に女から電話がかかってきても、セックスを中断して女の電話に出ても、渡会を置いて部屋を出て行ったきり帰ってこなくなっても、渡会は何も言わなかった。
離れられなかったからだ。
どんなにひどい言葉を投げつけられても、どんな無体なことをされても、何もかもを黙って許した。
本気だったから、渡会は徳村を許したのだ。
*****
「……う……ん……」
徳村が小さな呻き声をあげた。
渡会は、肩をわずかに揺らしながら息を吸い、吐いた。
徳村に別れを言い渡されたのは昨日のことだった。
ここ何日か、毎晩届いていたメールが来なくなっていたけれど、まさか彼の口から『本命が出来た』などと聞かされるとは思いもよらなかった。
ーー本命。
それは自分じゃない。今までの遊びとも違う。
その本命のために、使い古された自分は用済みだと呆気なく捨てられる。
誰なのか教えて欲しいと、しつこく食い下がる渡会に徳村は面倒臭そうに吐き捨てた。
『誰が言うかよ』
なんて、殺意と愛情は似ているんだろう。
殺してやりたいくらい憎くて憎くて仕方がないのに、胸が焦げてしまいそうなほど、この男が好きで好きで堪らない。
「う、ん……」
徳村がまた小さく呻く。
長い脚がぴくんと動く。
渡会は徳村の前に立った。
『別れる前に、貸していたお金を返して欲しいんだけど』
昨晩遅く、渡会はそうメッセージを送った。
『お前、ケチくせえな。明日持っていくから』
しばらくして返って来た返信に、じわじわと視界が滲んで、やがて涙はとめどなく溢れた。
そして今日、徳村はちゃんとお金を持って、呼び出した生徒会室に現れた。
差し出された千円札を渡会が受け取ると、「じゃあな」とあっさり身体を翻した。
ーーそれだけか。これが最後なのに。さよならも、ありがとうもないのか。
渡会は愕然とした。
思い返せば、嘘でも好きだと言われたことがない。
二人きりでいる時も、抱かれている時でさえも、優しい甘い言葉のひとつすらかけてもらったことがない。
一日、二日の付き合いじゃない。徳村にとって、自分は単なる性欲の捌け口かもしれない。数多いるセックスフレンドの一人かもしれない。
けれど自分はいつだって徳村の恋人のつもりでいた。徳村に好かれたくて、愛されたくて、抱かれたくて、自分なりに精一杯努力してきた。
けれどその想いはひとかけらだって、この男には届かなかった。
「ーー待てよ、徳村」
腕を掴んで呼び止めた渡会を、徳村はまるで汚いゴミ溜めを見るかのような目つきで睨みつけた。
「俺に触んじゃねえよ」
徳村は酷い男だ。
最後の最後まで、本当に酷い男だ。
渡会の腕を振り払おうとして、その拘束が思ったより強いものだと気付くと、徳村は苛立ったように渡会を突き飛ばす。
眼鏡が吹き飛ぶ。
机の角で腰を打ちつける。
痛みに声をあげても、徳村は眉ひとつ動かさない。
「俺、本命が出来たの。わかった? すがりつくなんて気色悪い真似やめてくれねえと、俺、本気で殴っちゃうよ? いいの?」
渡会に背中を向けて、徳村は出て行こうとする。
数え切れないくらい、何度も身体を重ねたこの生徒会室を、渡会を置いて出て行こうとする。
きっと今日を境に、徳村はこの部屋に足を踏み入れることは二度とない。
「……昌弥」
「やめろ。名前で呼ぶな」
「昌弥、待ってよ……」
「呼ぶなっつってんだろっ」
振り返った徳村が大股で引き返してくる。
怒りに紅潮した顔で、自分に真っ直ぐ突き進んでくる。
繰り出された拳が頬を直撃する直前、渡会はズボンのウェストに差していたスタンガンを抜き取り、徳村の首元に押し当てた。
左頬に激痛が走る。徳村の拳が掠めたのだ。
けれど、これくらいの痛みは我慢出来る。
初めて貫かれた時の痛みに比べれば何倍も軽い。
この心の痛みに比べれば、いくらでも耐えられる。
膝を折り、ドスンと徳村は床に崩れ落ちた。
渡会は力を失った徳村の身体をなんとか持ち上げて、パイプ椅子に座らせた。
そして腕を背中に回して、ビニールテープで身動き出来ないよう、ぐるぐると縛りつけた。
ーー無力化した。
けれど、その先の計画は全くなかった。
離れていってしまった心がたやすく戻って来るわけがないことくらい知っている。
いや、徳村はもとから自分に心をくれなかったのだから、戻るも何もない。
こんなことをして、もしかすると徳村は渡会を憎むかもしれない。
けれど、それならそうでいい。嫌って、憎んで、渡会という男がいたことを一生その胸に残してくれればいい。
跡形もなく忘れられてしまうより、その方がずっといい。
あまりに悔しくて、押し倒されるのを必死で拒んだけれど、じゃあ別れるか?と冷めた口調で問われると、どうしようもなかった。
泣きそうになりながら抱かれていると、鬱陶しい顔をするなと怒鳴られた。
それからも、徳村は女と関係を続けた。
あの日以来、渡会に隠そうとすらしなかった。
セックスの最中に女から電話がかかってきても、セックスを中断して女の電話に出ても、渡会を置いて部屋を出て行ったきり帰ってこなくなっても、渡会は何も言わなかった。
離れられなかったからだ。
どんなにひどい言葉を投げつけられても、どんな無体なことをされても、何もかもを黙って許した。
本気だったから、渡会は徳村を許したのだ。
*****
「……う……ん……」
徳村が小さな呻き声をあげた。
渡会は、肩をわずかに揺らしながら息を吸い、吐いた。
徳村に別れを言い渡されたのは昨日のことだった。
ここ何日か、毎晩届いていたメールが来なくなっていたけれど、まさか彼の口から『本命が出来た』などと聞かされるとは思いもよらなかった。
ーー本命。
それは自分じゃない。今までの遊びとも違う。
その本命のために、使い古された自分は用済みだと呆気なく捨てられる。
誰なのか教えて欲しいと、しつこく食い下がる渡会に徳村は面倒臭そうに吐き捨てた。
『誰が言うかよ』
なんて、殺意と愛情は似ているんだろう。
殺してやりたいくらい憎くて憎くて仕方がないのに、胸が焦げてしまいそうなほど、この男が好きで好きで堪らない。
「う、ん……」
徳村がまた小さく呻く。
長い脚がぴくんと動く。
渡会は徳村の前に立った。
『別れる前に、貸していたお金を返して欲しいんだけど』
昨晩遅く、渡会はそうメッセージを送った。
『お前、ケチくせえな。明日持っていくから』
しばらくして返って来た返信に、じわじわと視界が滲んで、やがて涙はとめどなく溢れた。
そして今日、徳村はちゃんとお金を持って、呼び出した生徒会室に現れた。
差し出された千円札を渡会が受け取ると、「じゃあな」とあっさり身体を翻した。
ーーそれだけか。これが最後なのに。さよならも、ありがとうもないのか。
渡会は愕然とした。
思い返せば、嘘でも好きだと言われたことがない。
二人きりでいる時も、抱かれている時でさえも、優しい甘い言葉のひとつすらかけてもらったことがない。
一日、二日の付き合いじゃない。徳村にとって、自分は単なる性欲の捌け口かもしれない。数多いるセックスフレンドの一人かもしれない。
けれど自分はいつだって徳村の恋人のつもりでいた。徳村に好かれたくて、愛されたくて、抱かれたくて、自分なりに精一杯努力してきた。
けれどその想いはひとかけらだって、この男には届かなかった。
「ーー待てよ、徳村」
腕を掴んで呼び止めた渡会を、徳村はまるで汚いゴミ溜めを見るかのような目つきで睨みつけた。
「俺に触んじゃねえよ」
徳村は酷い男だ。
最後の最後まで、本当に酷い男だ。
渡会の腕を振り払おうとして、その拘束が思ったより強いものだと気付くと、徳村は苛立ったように渡会を突き飛ばす。
眼鏡が吹き飛ぶ。
机の角で腰を打ちつける。
痛みに声をあげても、徳村は眉ひとつ動かさない。
「俺、本命が出来たの。わかった? すがりつくなんて気色悪い真似やめてくれねえと、俺、本気で殴っちゃうよ? いいの?」
渡会に背中を向けて、徳村は出て行こうとする。
数え切れないくらい、何度も身体を重ねたこの生徒会室を、渡会を置いて出て行こうとする。
きっと今日を境に、徳村はこの部屋に足を踏み入れることは二度とない。
「……昌弥」
「やめろ。名前で呼ぶな」
「昌弥、待ってよ……」
「呼ぶなっつってんだろっ」
振り返った徳村が大股で引き返してくる。
怒りに紅潮した顔で、自分に真っ直ぐ突き進んでくる。
繰り出された拳が頬を直撃する直前、渡会はズボンのウェストに差していたスタンガンを抜き取り、徳村の首元に押し当てた。
左頬に激痛が走る。徳村の拳が掠めたのだ。
けれど、これくらいの痛みは我慢出来る。
初めて貫かれた時の痛みに比べれば何倍も軽い。
この心の痛みに比べれば、いくらでも耐えられる。
膝を折り、ドスンと徳村は床に崩れ落ちた。
渡会は力を失った徳村の身体をなんとか持ち上げて、パイプ椅子に座らせた。
そして腕を背中に回して、ビニールテープで身動き出来ないよう、ぐるぐると縛りつけた。
ーー無力化した。
けれど、その先の計画は全くなかった。
離れていってしまった心がたやすく戻って来るわけがないことくらい知っている。
いや、徳村はもとから自分に心をくれなかったのだから、戻るも何もない。
こんなことをして、もしかすると徳村は渡会を憎むかもしれない。
けれど、それならそうでいい。嫌って、憎んで、渡会という男がいたことを一生その胸に残してくれればいい。
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