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2-2.
しおりを挟む『あっ、あっ、いい、いい…っ!』
グチュ、グチュ、と、濡れた音が響く。
粘つく体液が混ざり合う、生々しい音が、枕元に転がしたスマホから流れてくる。
永井は息を詰め、ティッシュを箱ごとたぐり寄せて右手いっぱいに引き抜いた。
『敦志、もう駄目。駄目っ』
感極まった女の声が、男の名を呼ぶ。
『……まだだって』
声はかすれているが、口調は冷静だった。
ギシ、ギシ、とベッドが悲鳴をあげる。
ふっ、ふっ、と短く弾む男の呼吸。
永井は腹に当たるほど反り返った性器の先をティッシュに包みこみ、強く上下に擦った。
『もっと締めろよ。お前、遊び過ぎなんじゃねえの?』
『そんなひどいこと言わないで』
『本当のことだろ。もっと腰振れって』
一際激しくベッドが軋む。
『ああ、あああ…っ!』
女の絶頂の声に煽られて、永井は全身を震わせながら、何枚にも重ねたティッシュの中に精液を吐き出した。
間宮も遅れて達したらしい。
はあ、はあ、はあ、と、荒い呼吸が三つ重なる。
永井は汚れたティッシュを丸めて、床に落とした。膝下まで下ろしていたパジャマのズボンを引き上げる気力は、まだ戻らない。
剥き出しの永井のそれは、まだ興奮の余韻で硬さを保ったままだ。
他人のセックスを盗み聞きしながらの行為が、こんなにも強烈だとは。
薄く靄のかかった頭で、ぼんやりと永井は考える。
盗聴を始めて十日。
一度満タンに充電してしまえば数十時間もつとはいえ、残量を考えるとあまり無駄使いはできない。
盗聴するのは間宮の家に女性が訪ねて来た時だけに絞っている。それでも間宮は現在三股中で、以前にも増して節約が必要だった。
ベッドの上の間宮は意外なことに、とても饒舌だった。
それも甘い睦言ではない。辱めたり、貶める言葉を息をするように吐く。
女性は崇拝すべき生き物だと思っている永井には、到底口に出せないような類の言葉を平気で発するのだった。
『敦志、もう一度しようよ』
女が、甘えるような鼻にかかった声でせがむ。
間宮は加熱式タバコを吸い始めたらしい。その合間に女にキスをし……というのは永井の勝手な想像に過ぎないが、頭の中では鮮明な映像になっていた。
顔のない裸の女が、淫らな格好をして間宮を誘っている。
脚を大きく開いて、濡れたそこを誇示するように見せつけて、早く入れて、早く、早くとねだっている。
音だけで、こんなに妄想が膨らむとは思いもしなかった。
自分が、これほど想像力豊かな人間だとも。
『敦志、ねえってば』
『吸い終わるまで待てって』
『いや、待てない』
『じゃあ、吸い終わるまで咥えてろよ』
ベッドの軋む音がする。そして、止まる。
ふ……ん、と女が低い声でうめく。
クチ、プチュ、と、決して他人には聞かせられないような淫靡な濡れた音を、高性能マイクは拾いあげて、せっせと隣人の永井に送り届けてくれる。
再び、急速に熱が永井のそこへ集まり始めた。
想像する。
ガチガチに猛った男根を、全裸の女が這いつくばって、口いっぱいに頬張っている。
それはもはや間宮のものではない。
いつのまにか、永井のそれにすり替わっている。
これは病み付きになる。
初めて間宮の部屋を盗聴したときに抱いた予感は、正しかった。
どんなAVよりいい。なんと言っても圧倒的なリアルさがある。
今や自分の人生はこの盗聴のためにあると言っても過言ではなかった。
永井は底冷えのする狭い部屋で、薄っすらとこめかみに汗を浮かばせながら、二度目の射精を迎えた。
*****
充実した疲労感に包まれ、うつらうつらと心地良い眠りに沈みかけた、その時だった。
ドン、という大きな音とともに床が揺れ、壁に立て掛けていたコルクボードが倒れた。
飛び起きた永井は一瞬何が起きたのかわからず、辺りをきょろきょろと見回した。
だが、部屋の中に異常はない。
――隣りか?
どうやら、間宮の部屋で何かが起きたようだった。
枕元のスマホを手にしかけて、思いとどまった。
今日は決めておいた一回15分の盗聴時間をとっくに超えていた。
バッテリーの残量が頭をよぎる。
永井は壁に耳を押し当てた。だが、石膏ボードの向こうは不気味なほどに静まり返っている。いつもなら響くはずの、女の金切り声すら聞こえない。
いつもと何かが違う。
嫌な予感がした。
永井は自分に課していた決まりを苦渋の思いで破り、再びスマホに手を伸ばした。
『――いってえ……なんだよ、これ……まじかよ、冗談だろ……』
飛び込んできたのは、切れ切れの間宮の声。
イク時の声とよく似ているが、重苦しい響きを含んでいる。
永井は、微睡む直前までの状況を頭の中でなぞった。
女の声は途中で途切れ、しばらくした後に大きな音がした。
その後に走り去る足音。
今、聞こえてくる声には、ふざけた調子も余裕もない。明らかな混乱が混じっている。
いつものやり取りとは質が違っていた。
『死にたくねえ…、誰か、助けてくれ……』
低い呻き声。
それが自分に向けられている錯覚に襲われ、永井は反射的に通話を切った。
頭の中は真っ白い靄で覆われている。
そこに思考はない。けれど、隣で何か取り返しのつかないことが起きている、ということだけは直感でわかった。
沈黙を守る壁に眼を向ける。
この静かさの向こうで何が起きているのか。
いや、たぶん自分が想像しているとおりのことだろう。
永井はしばらく布団の上で正座をしたまま動けなかった。
(……仮にそうだとしても、自業自得じゃないか)
冷え始めた布団を急いでまくって潜り込み、ぎゅっと目を瞑った。
(おおかた女をまたこっぴどく振って、刺されたんだ。いい気味だ、ざまあみろ。
当然の報いだ。俺には関係ない。あいつがどうなろうが、俺にはなんの関係も……)
でも――
ふと目を開けて、色褪せた壁をじっと見た。
間宮は死にたくないと言っていた。助けを求めていた。
もしかして、傷がとんでもなくひどかったりするのか?
本当に死んでしまうのでは?
そこまで酷い傷を負っているのか?
でも…いやいや、まさか。
だが、そのまさかだって絶対にないとは限らない。
それに、もし警察が来たら? 現場検証であの盗聴器が見つかってしまったら……?
「ああ、もう……くそがっ!!」
永井は四つん這いで布団から転がり出た。
そして足につっかけを引っ掛けるのも忘れ、裸足のまま玄関を飛び出していた。
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